第21話 歌音(カノン)③
『ノンの店』の前には、開店前からかなりの人数が集まっていた。
この店は、昼の部と夜の部の二回に営業時間が分かれている。昼の部はランチをメインに、夜の部はアルコールと酒の肴をメインに、といった具合だ。
そして現在は、少し早めのランチにありつこうとする客が開店を待っている――そんな時間帯だ。
しかし、いつもは家族連れ客層が多いこの時間帯だが、なぜか今日は、あまりお近付きになりたくないような、そのような人相の者が多い。そんな連中が店の前でたむろしているため、一般客はやや遠巻きに開店を待っている。
「いいか、暴れるのは一般客が入ってからだ」
「で、でもよ、自警団が来るんじゃねえか?」
「馬鹿野郎。あの金縁眼鏡に狙われるくれえなら、捕まって何日か臭い飯食った方がマシだ」
「そ、そうだな!」
一般客には聞こえない声量で、店の前にたむろしている男達がヒソヒソと打ち合わせをしていた。
「「お待たせいたしましたー! 昼の部、開店でーす!」」
やがて、中から二人の少女が扉を開いて元気に声を出した。ナナとリンネである。片や栗毛のセミロング、そして巨乳の正統派美少女。片や、ショートカットで健康的な魅力に溢れる快活な美少女。
タイプの違ういずれも劣らぬ美少女が二人、彼女らを目当てに店に通う常連客も多い。また、良心的な値段で美味い料理を出すことから、昼の部は家族連れで賑わうのであるが――
「? 今日はなんかガラの悪いお客さん多いね、ナナちゃん」
「そうだね。いつもはああいうお客さんは夜の部に多いんだけど」
「でも、たまにはこういう日もあるよー」
「うん、そだね!」
二人はいつも違う雰囲気に戸惑いながらも客の受け入れを始めた。しかしその後も二人は困惑する事態に直面する。
明らかに仲間と思われるガラの悪い男達が、それぞれ分散してテーブルについてしまったのである。完全に予想外だ。おかげで席に付けずに待たされる客もいる。
「あのう、お客様? あちらの方々はお連れ様ではないのでしょうか?」
ナナがそう聞くが、
「あん? 知らねえなぁ? ヒヒヒ」
明らかに嘘と分かる下卑た笑みを浮かべながら否定されてしまう。しかし彼らも客だ。そう言われては引き下がるしかない。
「すみませんお客様、相席よろしいですか?」
「あん? やだね! 俺は一人で食いてえんだよ! そんな事よりはやく料理持ってこいや!」
別のテーブルでは、リンネが果敢に相席するよう交渉しているが、けんもほろろに断られてしまっている。
そんな状況を見て、帰り始める客もちらほらと出始めた。当然、ナナもリンネも謝罪に追われていく。
「おいおい! 帰るヤツなんざほっといて、とっとと料理を持ってこいや!」
「あーん? なんだこの料理、虫が入ってんぞコラァ!」
そのタイミングを見計らうかのように、ガラの悪い客たちが突如としてクレーマーと化した。それは段々とエスカレートしていき、食事中の他の客にも迷惑行為を働くようになっていく。
必死に止めようとするナナとリンネだが、テーブルをひっくり返され、椅子は投げつけられる。皿やコップなどの食器は料理ごと散乱し、一般客は逃げ出していく。
騒ぎを聞きつけて出てきたノンもナナ達と一緒に男達を諫めようとするが、腕力で屈服させられる。
その時、ノンに手を上げた男が横に吹っ飛んだ。
「てめえらぁ~、ここまでやってくれたからには、
いつもの間延びした口調ではなく、完全にスイッチが入っている状態のスイカ。目尻は吊り上がり、瞳孔は縦に細長くなっている。
「ぶっ殺してやるから覚悟しな」
そう言ってスイカが超重量の小太刀二刀を抜き放つ。
「お、おい! 俺達は客だぞ!? こんなことしてウゴァ!?」
スイカにモノ申そうとした男の一人が、目にもとまらぬスピードで懐に入られ、鳩尾に蹴りを喰らい吹き飛んだ。
「客ぅ? 誰がだ? アタシには迷惑な害虫がいるようにしか見えねえなぁ?」
その時だ。店内に数人の自警団が突入してきた。
「これは何の騒ぎだ! 大人しくしろ!」
(おかしいわね……自警団が来るのが早すぎる?)
このタイミングでの自警団の登場に、ノンは激しい違和感を感じた。誰かが通報したにせよ、男達が暴れ始めてから自警団の登場までが、明らかに早すぎるのである。まるで騒ぎが起こるのを待っていたかのように。
「おい貴様、暴行容疑で逮捕する!」
「ああん? 営業妨害してきたのはこいつらだぞ?」
「黙れ! 大人しく連行されろ!」
――嵌められた。
そんな思いがノンの心に渦巻く。問答無用な自警団の態度に、この場では何を言っても無駄だろうと思い、抵抗しようとするスイカに無言で頭を横に振って見せた。
それを見たスイカも小太刀を鞘に納め、大人しくなった。
「よし、全員連行しろ!」
店のスタッフであるノン、スイカ、ナナ、リンネはもちろん、暴れた男達も連行されていく。しかし男達はニヤニヤしていた。それに気付いた者はいなかった。ただ一人を除いては。
店の梁の上からじっと様子を見ていたネズミである。
***
「なるほどね」
ノンの店からかなり離れた、今は無人となった廃墟の中。テンはノンの店で起こった一部始終を
梁の上から見ていたネズミは、テンが作り出した『式』である。その式の目を通して、ずっと見ていた訳だ。そしてもう一つ。
「なんだよ。自警団の奴ら、金縁眼鏡とズブズブじゃねえか」
自警団に連行されていった連中の中で、暴れた男達だけが早々に釈放されて出てきたのである。これを見ていたのは、いつぞやスイカを探してリンネの元まで案内した、マロ眉の仔犬だ。テンはその仔犬が見ている光景も、リアルタイムで見ていた。
明らかに加害者であるはずの男達はさっさと釈放され、被害を受けたノン達はいまだに拘留されたまま。裏で金縁眼鏡のオーナーが糸を引いているのは明白だろう。
「さて……」
テンは立ち上がって廃墟を出て、いずこかへと去っていった。その背中から、濃密な怒りのオーラを立ち昇らせて。
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