第20話 歌音(カノン)②

 テンはとあるレストランの席に座っていた。相対するは金縁眼鏡の奥に、爬虫類を思わせる視線を纏わせる細身の男。そして男の背後にはガタイのいい男が二人立っている。ボディーガードの類だろう。


「さあ、遠慮しないでどうぞ。当店自慢のメニューでございますよ」


 テーブルに並ぶ豪華な料理の数々。自慢のメニューと言っているが、普段はこのような豪華なメニューなど出す事はない。


「それじゃあ遠慮なく」


 テンはナイフとフォーク、それにスプーンや箸をとっかえひっかえ、片っ端から料理を胃袋に流し込んだ。

 お世辞にも上品とは言えない食いっぷりに、オーナーは眉間に皺を寄せながらも、黙って食事が終わるの待っている。


「……いかがですかな?」


 テンがテーブルの上の料理を平らげたところで、オーナーが聞いた。


「美味いな。でもこりゃあアレだろ? 普段のメニューじゃねえだろ? 普段出してるやつを食ってみてえなぁ」

「……依頼を達成してくだされば、永久無料にてご提供させていただきますよ」

「ふん。話を聞こうか」

「ええ。実は商売敵がいましてねえ……」


 こうして、金縁眼鏡のオーナーが依頼内容を話し始める。

 商売敵の店をどうにかして潰したいが、合法的な手段ではどうにもならないほど繁盛しているし、街の人々から愛されている。少々荒っぽい手段も使ってみたが、なかなか手強い用心棒がいてそれもままならない。


「で、俺はその用心棒をやればいいのか? 話を聞いた限りじゃ、その商売敵ってのは全然悪くねえみたいだが」

「ふふふ。あなたは報酬次第でどんな仕事もこなすと聞いていますよ?」

「まあな。で、そのマトにする店と用心棒の話を教えてくれ」


 そして、オーナーが説明を始めた。

 料理は美味く、値段も良心的。以前は女将が一人で切り盛りしていたが、最近になり年若い娘が働くようになり、以前にも増して繁盛するようになっている。

 自分のチェーン店を出店したのはいいのだが、その店のおかげで思ったより収益が上がらない。少々強引な手段も使ってはみたものの、その店で働いている女の中にやたらと腕の立つ者がおり、用心棒も兼任しているようだ。


「その女用心棒というのが、かなりの怪力で、双剣を扱うそうでして」 

「……へえ~。あ、これとこれ、それからこいつとこいつを頼む」


 テンはオーナーの話を聞いているのかいないのか、適当な相槌を打ちながら次々とメニューを見ながら注文している。


「……掃除屋殿?」

「ん? ああ、聞いてるぞ。うん、これはうめえな。もう一皿くれ」


 続々と運ばれてくる料理を胃袋に流し込みながら、テンは相変わらず適当な返事をしている。


「で、俺はその用心棒を殺ればいいのか?」

「いえ。いっその事、女将もやってもらいましょうか。女将がいないとなれば、店を開くこともできないでしょうからね。ククク」


 オーナーは金縁眼鏡のポジションをツイ、と直しながら、口角を吊り上げて言った。


「……で、報酬はいくら出す?」


 声のトーンは変わらない。しかし、視線の温度は明らかに下がっている。そんなテンの異変を肌で感じ取ったオーナーは、背中にうすら寒いものを感じた。


(こ、これが『掃除屋のテン』……視線だけで人を殺せそうだ)


 それでもオーナーは、冷や汗を流しながらも胸のポケットから一枚の紙とペンを取り出した。それをテンの方へ突き出しながら言う。


「それにお好きな金額を」

「ふん」


 それを受け取ったテンは、つまらなそうな顔でさらさらと数字を書き込んでいく。


「ほれ」


 数字の記入を終えたテンが、紙を放ってよこす。ひらひらと舞ったその紙は、オーナーの前へと降下し、ピタリと止まる。


「なっ!? これはいくら何でも!」

「ま、確かにそれ払うくれえなら、真っ当な商売してた方がいいだろ」

「しかしこれでは……依頼をする意味が……」


 避難めいた視線でテンに食い下がるオーナー。しかし、テンは構わず料理を口に運ぶ。その態度にたまりかねたボディーガードの二人が、腰から何かを抜こうとする仕草を見せる。その一瞬、テンの身体から『気』のようなものが発せられた。


「――!?」


 ボディーガードの二人は、それ以上動くことができなかった。動けば死ぬ。そんな殺気が放射されたのである。


「食事中だろ? 無粋な真似すんなよな。で、オーナーさんよ。どうすんだ?」

「……この条件はあまりにも無茶だ」

「こっちも罪のない女を殺すって仕事だからな。ビタ一文負けねえよ? それが嫌なら自分でやるんだな」

「く……」


 オーナーは、眼鏡の奥から明らかに憎悪を籠った視線を投げかける。


「ん?」


 その視線を真正面から受け止めたテンは、食事の手を止めて、ツカツカとオーナーの前まで歩み寄る。


 ――ビシ!


「ふぐぉう!?」


 突如オーナーの額に浴びせられるデコピン一閃。


「い、一体何を!」


 オーナーが涙目で額を押さえながら抗議する。


「いや、だって今、デコピンして欲しそうな目で見てたろ?」

「見てない!」


 いつもの病気が炸裂だ。


「そうか、違ったのか。悪かったな」

 

 そう言って、テンはテーブルの料理に向かって左手を翳した。するとどうだろう? まるで左手に吸い込まれるように、食器ごと料理が消え去ってしまった。


「な……」


 その光景に唖然とするオーナーやボディーガードの二人、そして給仕のスタッフ。


「悪かったな。これは謝罪だ」


 次いでテンの左手からは、何もなくなったテーブルの上に何かがドサリと落とされた。いかにも重そうな革袋から覗いているのは金色に輝くもの。


「金、ですか……」

「食ったモンの倍くらいはあるだろ。で、今回の話はどうすんだ?」

「もちろん……」


 そんなテンの問いかけに、一拍おいてオーナーが答える。


「破談ですよ」

「そうか。そりゃ残念だ。じゃあ、俺はこれで」

「……後悔しますよ?」


 そうオーナーが返した時には、テンはすでに背を向けて部屋を退出していた。

 彼は憎々し気に、テンの書いた紙を見つめた。


【お前の店の経営権全部】


 金額を記入する欄にはそう書かれていた。


「達筆だな……クソがぁ!」


 やけに美しい字体がオーナーの感情を更に逆撫でする。まさかテンもそこまで計算していた訳ではないだろうが。

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