第6話 七枝(ナナシ)⑤

「さて、お前、働くとか言ってたけど、アテはあんのか?」


 服屋で会計を済ませたテンが店から出てきて、ナナシに尋ねた。


「ううん、全く。そもそも、この町がどこかも分からないし、知り合いだっていないよね。でも、そこら辺のお店を手当たり次第に当たって、住み込みで働かせてくれるトコを探すよ!」


 ナナシはそう言って、ニッと笑った。


(コイツ、バイタリティはあるが、危機感が足りてねえ。また攫われちまうぞ? そもそも自分の容姿を客観的に評価できていねえのか?)


 テンは感心半分、呆れ半分といった、微妙な表情になる。


「な、なによその微妙な顔?」

「はぁ……付いてこい」


 最終的に呆れ十割になったテンは、スタスタと歩き始めた。


「あ、ちょ? どこいくの?」


 テンは、ナナシの問いに答える事なく歩を進めた。

 仕方なしにテンの後を追うナナシだが、彼らの進行方向で騒めきが起こり、道行く人々が左右に割れていく事に気付く。

 離れたところで、子供と母親と思しき声がした。


「お母さん、あの馬車、どうして檻の中に人がいるの?」

「あれはね、悪い事をした人が、奴隷になるんだよ」


 数人の自警団が馬車を護送している。檻の中には老若男女問わず、十数人が手枷を嵌められていた。そして馬車が目の前を通り過ぎる時、ナナシは一組の男女と視線が交錯する。


「――!!」


(父さん。母さん……)


「ナナシ! ナナシじゃないのかい!?」

「てめえ、ナナシ! なんで逃げやがった!? 」


 その男女は、ナナシを見た途端に騒ぎだした。周囲の視線がナナシへと集まる。そして、檻の中で騒ぎ立てる男女を咎めるため、自警団が馬車を停止させて檻に詰め寄った。


「ええい! 静かにせんか!」


 自警団の男が腰に差していた鉄の棒で檻を叩きつけながら叱責する。しかし、檻の中の男女も食い下がる。


「ま、待ってくだせえ! あそこの娘、あれは俺達の娘なんですぁ! 金ならあれが工面しますから!」


 すると、男の視線がナナシへと向き、カツカツと長靴ちょうかの音を響かせながら近付いてきた。


「おい、娘! あの二人が言っていることは本当か!?」

「……あの二人は、どうして檻の中に?」


 居丈高いたけだかに問う男に対し、ナナシは静かに返した。


「うむ。あの二人の娘が人買いから逃げ出したとかでな。金をだまし取られたと、人買いから訴えが上がっていたのだ」

「……そうでしたか。ですが人違いですね。見た事もない人達です。そもそも、自分の娘を人買いに売るなんて、そんな親がいるんですね」


 ナナシは努めて冷静に答えた。痛烈な皮肉を込めて。

 感情を押し殺しているのか。それとも何の感情も湧かないのか。


「それは本当か!」


 尚も問い詰める男に、今度はテンが割って入った。


「本当だよ」

「なんだ貴様は!」


 突然横槍を入れられた男は、面白くなさそうにテンに向かって怒鳴り散らす。


「この娘は、俺が人攫いから助けたんだ。昨日の昼頃だな」

「人攫い……だと? 証拠でもあるのか?」


 今度は男の顔が侮るような表情に変わった。

 ナナシを攫った連中は、自警団がずっと追っていた指名手配犯だった。それでも足取りすら掴めずに、行方不明となる女子供が後を絶たなかったのである。それを、このような若い男がたった一人で被害者を助けたなどと、俄かに信じられる話ではなかったのだ。


「証拠か……あるにはあるが、ここで出しても構わないか? できれば人気のない場所の方がいいと思うが」


 そう言ったテンの言葉に、男がニヤリといやらしい笑みを浮かべた。

 見たところ、テンは背中に長刀を背負っているだけで手荷物の一つも持ってはいない。証拠などあるものか。人気のない場所に行きたがるのは恐らく平謝りするためだろう。男はそう高を括った。


「構わん! 出せるものならここで出せ!」

「……そうか、気が乗らないんだがなぁ」


 心底気が進まない。テンはそんな顔で左の掌を下に向けた。

 何が起こるかと、自警団のみならず野次馬も注目していたが、程なくして辺りは悲鳴に包まれた。


 ――ドサッ、ドサドサ、ドサッ、ドサドサッ。


 テンの掌から落ちてきたのは六人の男の死体。中には首と胴が生き別れになっているものもある。

 悲鳴と共に遠巻きになり、パニック寸前の野次馬を気にする風でもなく、テンは言った。


「だから言ったのによ。手配書くらい持ってんだろ……あらためてみろ」

「その左手の技……そして赤髪に背中のカタナ……貴様は、いや、貴方はもしや!」

「いいから早く確認しろって」


 テンが何者なのか思い当たった男は、顔色を青くし脂汗を流している。しかし当のテンの方は、ただ面倒だ、早く終わらせろ、そんな顔だ。


「はっ! おい!」


 脂汗を滴らせながら、男が部下に命じて人相を検めさせる。


「隊長! 間違いありません。全員手配されていた人攫いです!」


 部下の男が上官に報告を終えたところで、テンが言う。


「もう、いいだろ? この娘は俺が人攫いから助けた。人買いから逃げたのは別の娘だろ」


 周囲の人間は、人買いから逃げた娘が人攫いのところにいた。そういう風には繋がらないようで、怪しさ満載のテンの言葉に特に疑問を挟む者はいなかった。


「それじゃあ、そういう事で。お勤めご苦労さん」

「はっ! ご協力、感謝します!」


 テンの言葉に、ビシッと敬礼で返す男達に振り返ることもせず、テンはその場を離れるのだった。

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