時間捜索員 アンドロイド お蘭
佐藤万象
1 A級アンドロイドお蘭誕生
若き天才物理学者一ノ
朔磨にしてみればアンドロイド、しかも女性型のものをというのは、彼にとっても初めての試みでもあった。
朔磨は意気込んで制作にあたっていた。どうせ造るのなら、世界に二体とない完璧なボティのものをと心がけていた。では、なぜ朔磨がそのようなアンドロイドを制作しているのかというと、彼の父親である歴史学者の一ノ瀬光太郎の依頼によるものだった。この時代、西暦二一〇〇年代にはロボットとともに、アンドロイドも一般化が進み市場に出回っていて、市販のものオーダーメイドのものと、多種多様なものが台頭して行った。また、ロボットに関しては二十世紀後半になると、日本でも工業用を中心としたロボットの開発が進んでいた。二十一世紀初頭になると、骨格の付いたシリコン製のドールにAIが組み込まれた、オートマトンと呼ばれるものが販売され、簡単な会話が楽しめるようになって行った。しかし、アンドロイドのほうはというと、〝より一層人間に近いもの〟という制約が付けられていたため、二十一世に入り本格的に開発製造が開始された。
アンドロイドも二十一紀後半になって、ようやく市場に出回るようになったが、その外観や仕様によってA級・B級・C級と区分されていた。
さて、女性型アンドロイドの制作にあたり、一ノ瀬朔磨が一番留意した点は、造るからにはどこにでもいるような、ありきたりのものは造りたくないという一念だった。
そこで朔磨は古今東西絶世の美女と謳われ、歴史的に語り継がれてきた、美女たちのことをことごとく調べ上げて行った。
それでもなお、朔磨は納得ができなかった。美人の基準というものは、その時代その時代で移ろうものであって、確たる美女美人とはこういうものである。という、明白な証しのようなものは、何ひとつ見つけることはできなかった。
五十年代から六十年代にかけて、世界のセックスシンボルとして、世の男どもを熱狂させたと言われている、マリリン・モンローでさえ朔磨にしてみれば、大した肉体の持ち主とは思えなかった。
そんな理由から、過去の歴史から美女の典型を割り出すことを諦め、自分自身の信念に基づいた、最も理想とする女性像を造ることに決めた。
ここまで来るまでには、朔磨もさんざん試行錯誤を繰り返してきたが、三一〇〇年代の最先端のロボテックス技術を駆使して、ついに一体の女性型アンドロイドを完成させたのだった。骨格と動力部以外は、特殊人工皮膚でできており頭部には髪も蓄えられている。バスト九九・ウエスト五六・ヒッブ九八という、どこから見ても非の打ちどころがない、ほぼパーフェクトに近いボディだった。
さらに朔磨の拘りぶりは徹底していた。アンドロイドの身体機能からすれば、いささかの意味も持たない心拍音はもとより、人間のが呼吸するような人工的な器官までつけ加えた。
「よし、できた。これで完成だ。あとは始動させるだけだ…」
朔磨は、始動用電磁波照射器のスイッチを、軽くタッチした。すると、次の瞬間アンドロイドはピクンと痙攣のようなものを起こし、身体の表面がゆっくりと上下運動を起こし始めた。アンドロイドの瞳が静かに見開かれ、人間とほとんど変わらない仕草で上体を起こした。
アンドロイドは、朔磨の研究室をひと通り見渡すと、最後に朔磨と視線が合うとニッコリと微笑んで、ゆっくりとした動作で寝台から降り立った。
その姿を見た時、朔磨は自分で造りあげたものの思わず息を呑んだ。全体的に均整の取れた肢体は、あまりにも見事過ぎるほどだった。
「わたしはA級アンドロイド名前は蘭。あなたはわたしを造られた、一ノ瀬朔磨博士ですね」
朔磨の造ったアンドロイド蘭は、たわわに実った巨大な果実のような乳房を、ゆさゆさと揺らしながら近づいてきた。身近で見ると蘭のうなじから肩にかけて、うっすらとうぶ毛が生えているのが分かった。
「これはますます大成功だ。ここまで完璧にできるとはな…、これがまさかアンドロイドとは、誰も気づかないだろう…。まして、昔の人間にはな…」
朔磨は独り言のようにブツブツと言った。
「父さん、完成しました。ちょっと来て見て頂けませんか…」
研究室内に取り付けられている、マイクに向かい父親に話しかけた。
『おお、もう出来たか。今行くから、しばらく待っててくれ…』
しばらく間が空いて、研究室のドアが勢いよく開いて朔磨の父親である、歴史学者の一ノ瀬光太郎教授が飛び込んできた。
「おお…、これか…。実に見事なアンドロイドじゃないか、わが息子ながらお前の才能には、ほとほと感心するよ…。いや、実に見事じゃ…」
一ノ瀬教授は、アンドロイド蘭の周りを何回も歩き回りながら言った。
「初めまして、あなたが朔磨博士のお父上の一ノ瀬光太郎教授ですね。わたくしは朔磨博士に造って頂いた、アンドロイドの蘭と申します」
蘭はゆっくりと腰を屈めて挨拶をした。
「おお、何んと…、もう話せるのかね。君は…」
「もちろんですよ。父さん、蘭は数十ヵ国語以上の言語を話せますし、その他われわれの知り得る限りのデータは、すべて蘭のAIに組み込まれていますからね。どうです。父さん、ご満足いただけましたか…」
「うむ、予想以上の出来じゃわい。それに、よく見るとうぶ毛まで生えてるじゃないか…、何もここまで凝る必要はなかったんじゃないのか…。朔磨」
「どんな些細なことでも、完璧にやらないと気が済まないという、私の性格は父さんが、一番よく知ってるじゃありませんか。それにうぶ毛だけではありません。父さん、あなたの手で直に蘭の体に触れてみてください。そうすれば、蘭は父さんの要望以上の出来であることが判るはずです…」
「ほう…、そうかね。どれどれ…。しかし、何だね…。これたけ艶めかしいとなると、これに触れることも、悪いことでもしているような気もするが、それだけ人間らしく見える証しなんだろうねぇ…」
そう言いながら、光太郎は蘭の見事に突き出た乳房に触れてみた。光太郎の指先から人工皮膚とは思えない、柔らかな肌触りとほんのりとした温もりが伝わってきた。
「や…、蘭のこの温もりはどうしたんだ…。朔磨」
「いや、どうもしませんよ。ただのサーモスタットを応用したまでですよ。父さん、それに、蘭に付属しているのは温もりだけではありません。鼓動や脈拍も感じますし、呼吸音も聞こえるはずです。嘘だとお思いでしたら、ご自分の耳で確かめてみてください」
「本当か、それは…」
光太郎は、朔磨に言われるまま蘭の胸に耳を押し当ててみた。すると、確かに規則正しい心臓の拍動音が伝わってきた。
「こりゃァ、驚いた…。これは確かに人間と同じ拍動音だが、本体の動力音はまったく聞こえないのはどうしたことなんだ…」
アンドロイドの蘭の胸から耳を離すと、信じられないという表情で朔磨に訊いた。
「父さん、今時の動力はみんな静音になっていて、人間の耳ではほとんど聞き取れないほどなんですよ。父さんは歴史学が専門のほうだから、知らないのは当然かも知れませんがね…」
「しかしな…。朔磨、私がお前に人間により近いアンドロイドを造れと頼んだのは、歴史の裏側に葬り去られた闇の部分に陽を当てて、閉ざされたままになっている歴史の、真実をあからさまにしたいと願ったからだ。
歴史というものは、その時代の権力を握っていた者や、そのことが明るみに出ることに、都合の悪い者たちの手によって、闇から闇へまたは改ざんされたものに違いないと、私は若い時分から考えてきたのだが、お前がこのアンドロイド蘭を造ってくれたお陰で、やっとこれらの闇に覆われた歴史の謎を明らかにできる。
礼を云うぞ。朔磨よ。ところで、念のために訊くが例のTTS(時間移動システム)は、蘭の体内に忘れずに組み込んでくれたんだろうね…」
「もちろんですよ。父さん、あれを組み込まなかったら、蘭を造った意味がないではありませんか…。その辺は抜かりありません。安心してください」
「うむ、そうか。それならいいが…、とにかくだ。蘭になにか着物でも着せてやったほうがいいぞ。何か裸のままでいられると、私の目の置き場所に困るのでな。私も年は取ったと云えどもやはり男だからな…。いくらアンドロイドとはいっても、蘭のような妙に艶めかしい女体を見せつけられると、どうもいかんでな…。朔磨、お前は何とも思わんのか…」
「いやですよ。父さん、蘭は私が創りあげたものですよ。云わば自分の娘みたいなものですよ。その娘に欲情する親がいると思いますか…」
そんな話のやり取りを終えると、朔磨はかねて用意してあった着物を蘭に手渡した。
蘭は受け取った着物を、実に器用な手つきで身にまといは始めた。とても初めてとは思えない見事な着付けであった。
「うむ、実に見事なものだな…。これもAIにプログラムされた、データの成せる技なのかな…」
一ノ瀬教授は感心しきりと頷いていた。
「これで私の役目も終わりですね。父さん、それでこれから、蘭をどうなさるおつもりなんですか…。父さんは…」
そこへ着替えを終えた蘭がやってきた。
「どうでしょうか。これでよろしいでしょうか」
蘭は袂を持つと、くるりと体を一回転して見せた。
「お…、なかなか似合うじゃないか。やはりスタイルがいいと、何を着ても似合うもんだなぁ…」
「ところで、さっきの話の続きなんだが…」
満悦感に浸って蘭の着物姿に見とれている、朔磨に光太郎が言った。
「実はな。朔磨、お前のその腕を見込んで、もう一体アンドロイドを造ってもらいたいんだ…。今度はな、男のアンドロイドだ…」
「お、男…ですか…。一体、どのような…」
「うむ、蘭のように凝った仕組みは一切いらん。あまり手の込んだものは造らんでいいぞ…。どうせ、あまり精巧なものを造ったとしても、完成後には間もなく死に行く運命にあるのだからな…」
「ちょ…、ちょっと待ってください。父さん…、どうせ造っても死に行く運命だなんて、私には何のことやらまったく解かりません。
それに第一、アンドロイドは人間と違って、絶対に死んだりしませんよ…」
「まあ、まあ、少しは落ち着きなさい。朔磨、これから詳しい理由を話すから、よく聞きなさい…」
光太郎は蘭を手招きしながら言った。
「実はな…。お前も知っておると思うが、東京がまだ江戸だった頃の遠い昔、近代日本を造ろうとする、勤皇の志士たちの集団があった。その中に坂本龍馬という男がおってな…」
傍に寄ってきた蘭を光太郎は、自分の膝の上に腰をかけさせた。
「私は、この龍馬という男の私欲のないところが大好きでな…」
光太郎は膝に座った蘭の襟元から、右手を滑り込ませると乳房を揉み始めた。
「おお、蘭はアンドロイドなのに、人間並みに感じているらしいな…」
「父さん、やめてくださいよ。こんな時に、こんなところで…」
「何を騒いでおる。お前にとって娘同然なら、私にとっても孫のようなものだ。おう、よし、よし…。お前のあっちのほうはどうなっているのかな…。後で調べてやろうな…」
「やめてくださいよ。本当に…、それより坂本龍馬がどうとか云ってましたけど、龍馬がどうかしたんですか…」
「おう、そうだった。蘭を構っているうちに忘れておったわい…。あの男をあのまま死なせてしまうのは、日本国家にとって大きな損失だと思ったのだよ。そこでお前に相談だが、龍馬と瓜ふたつのアンドロイドを一体造ってもらいたいんだ。当時は土葬だから、骨格部はカルシュウム成分の素材を使ってくれ。それからな、すぐ死んでしまう役回りだから、凝った造りはいらんぞ。言語は土佐弁で頼む。それからな、史実では龍馬は額を横一文字に切られて絶命とあるから、額を切られた瞬間に、アンドロイドが停止するように細工しておいてくれ。頼んだぞ…。さあ、あっちへ行こう。蘭おいで…」
「ちぇ…、いい気なもんだよな。父さんは…、スケベ親父め…」
朔磨はそれから三日がかりで、C級以下の簡易アンドロイドを造り上げた。
その翌日、朔磨は簡易アンドロイドの龍馬を光太郎に見せた。
「こんなものでいかがですか…。父さん」
「うむ、上出来だ。それこそ、まさしく天下に名だたる坂本龍馬だ。よくやったぞ。朔磨」
「父さん、これはあくまでもレプリカで、必要最低限度の言葉と行動しか取れませんので、そのおつもりで…」
「おお、それで充分、充分。可哀そうだが、間もなく死に行く運命にあるのだからね…」
「それでは、さっそく蘭と一緒に慶応三年の京に発ってもらいましょう…。蘭、慶応三年十一月十五日京・近江屋の検索はできているな…」
「はい、わたくしに組み込まれております、AIデータの中よりすべて検索済みにございまする」
「おう、もう蘭はすっかり時代劇モードに切り替えておるな。だが、その髪型はいかんな…。日本人は江戸時代から近代に至るまで、日本髪というものを結っていたのだ。もう一度データを検索して、それらしく見える髪型に結い直しなさい。それから、その着物もいかん…、その着物は主に近代に着用されていたものだ。時代考証は正確に行わなければならん。すぐに骨董屋に連絡して、江戸時代末期頃に使用されていた、着物や帯その他小物類を二・三点持ってこさせなさい。例え古い物であったとしても修復は可能だ。今すぐ連絡を取り寄せなさい。朔磨…」
さすがに光太郎は歴史学者らしく、細々とした指示を出していた。
蘭はAIに組み込まれたデータの中から、〝島田〟という髪型を検索して自らの手で結い始めていた。一方、朔磨から連絡を受けた骨董屋は喜び勇んでやってきた。
「えー、こちらがご依頼の品々でございます。これらの品は、すべて重要文化財にも値するものでありまして…」
などと、恩着せがまいしいことを言いながら、朔磨の研究室で持参した品々を並べ始めた。着物、襦袢、腰巻、帯、帯留め、下締め、櫛、簪(かんざし)etc、ひと通り江戸時代の女性が身に付けていた、品物一式が研究室のデスクの上に並べられた。
「ほう…、ずいぶんと色々なものがあるものですね。これは何ですか…。この紐の付いた布切れみたいなものは…」
「なんだ、そんなことも知らんのか…。これはな、お腰といって江戸時代の女性が腰に巻いていた、下着…つまりパンツのようなものだ」
「ほう、ほう…、これがそうでしたか。父さんは歴史学が専門だから、そうおっしゃいますが、私は実物を見るのはこれが初めてなんですよ…」
「骨董屋さん。着物と小物一式みつくろってください。お代はクレジットのほうからお支払いしますので請求してください。さて、お蘭や、さっそくこの着物を身に付けて見なさい。よく似合うはずだから…」
「はい、かしこまりました。おじいさま…」
蘭も光太郎に合わせて芝居がかった調子でいうと、今まで着ていた着物を脱ぎ始めていた。たちまち蘭は、一糸まとわぬ裸身を骨董屋はの前に曝け出して行った。
「おや、まあ…。こちらのお嬢さまは、何んというお見事なお身体をしてらっしゃるのやら…」
骨董屋はため息まじりに、蘭の肢体を眺めていた。
「骨董屋さん、用が済んだら帰ってもらって結構ですよ…」
夢中で蘭の裸身に見とれている、骨董屋に光太郎は渋い顔つきで言った。
「あ…、はい。かしこまりました。毎度ありがとうございました…」
骨董屋は埃をかぶったまま、倉庫に放り込んでおいた古着が売れて、鼻歌まじりの上機嫌で帰って行った。
「さて、準備も整ったようだ。お蘭は簡易龍馬をとともに、直ちに慶応三年十一月十五日だから、西暦では一八六七年十二月十日になるが、本物の龍馬は京都の近江屋という宿に身を潜めているはずだ。史実では龍馬は風邪気味とあるから、恐らく体も衰弱気味なんだろう。
そこで、龍馬は「腹が減った」と云い出して、峰吉という男に
「はい、それでは… 」
蘭は簡易龍馬とともに立ち上がりかけた。すると、光太郎が蘭を呼び止めた。
「あ…、それからな。これだけは注意しておく。お前は坂本龍馬と、その簡易龍馬をすり替えてくるだけでいいのだぞ。まかり間違っても、歴史に直接介入するようなことだけはしてはいかん。歴史とは、その時代時代の時間の中で、確定された事象のことを云うのだ。
それだから、一度確定された歴史を覆すようなことはあつてはならんのだ。もし、確定された歴史がまるで違うものと置き換えられたら、後々の世の…、つまり私たちの世界にも影響を及ぼすだ…。
例え、歴史が従来のものと変わっても、現在こうして生活している人間たちには、まったく気づかないのも確かだろうがね…。然るに、われわれがごく普通に考えている歴史だって、今より遥か未来の人間の手によって、すでに書き換えれていないとは誰にも云い切れないのだからね。
とにかく、そういうことも考慮に入れて、くれぐれも歴史に直接関係していることには、極力手出しをしてならんぞ。云うことはそれだけだ。もうそろそろ行くがよい…」
「はい、かしこまりました。おじいさま、さあ、まいりましょう…。龍馬どの」
「分かったぜよ。それじゃ、行ってくるでよ…」
こうして、アンドロイドお蘭は簡易龍馬とともに、一八六七年十二月十日の京都近江屋に向けて、光太郎はと朔磨の前から姿を消して行った。
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