第九話 え―――っと……
ある日、
「よしっ、今日から、『大借り物競争実行委員会』、始動だ!」
「……」
「ん—――?声が聞こえないけどぉ—――?」
……テンション高ぇな、琉斗……。
「ほらっ、
「おー……」
「なんかイマイチ盛り上がりに欠けるけど、ま、いっか」
盛り上がりなど要らん。それに、盛り上がれるわけないだろ、この状況で。
—――ここは体育準備室。
体育祭の大借り物競争の実行委員のために、体育教師が明け渡してくれたものだ。
だが……。
「なんっでこんなに仕事があるんだ—――—――ッ!!!!」
おーっと……、と琉斗が耳を塞ぐのが、視界の端に見えた。
そりゃ、叫びたくもなる。
—――机の上には書類の山。部屋の外には、大借り物競争の参加希望者。おまけに俺の手にあるのは、大借り物競争の参加者を募るポスター。
まだ貼ってもいないのに、なんでこんなに参加希望者が来るんだ……?
「いいじゃん、いいじゃん。それほど人気あるってことだよ」
どんなに人気があっても、
「あ、大丈夫だよ。それについてはもう手を打ってあるから」
む……。
「それより、今は外にいる参加希望者をどうにかしなきゃ」
琉斗は、俺が手に持っていたポスターを取り上げ、部屋を出た。
「すいませーん、皆さん。せっかく来てくれたところ、悪いんですけど、今年は、お題に
琉斗が掲げたポスターには、こう書かれている。
『大借り物競争開催!
今年は恋愛スペシャル!参加資格があるのは、好きな人、恋人、幼馴染がこの学
校にいる人のみ!参加したけりゃ告白しろ!
※お題に嘘はつかないでください。「好きな人」というお題が出たら諦めて好きな人を連れてゴールしてください。』
—――やっぱりこれ、ちょっと滅茶苦茶すぎるよな……。借り物競争として成り立つのか?
ポスターを見た参加希望者たちは、ええっ、と声こそ上げたが、そこで辞退する人はほとんどいなかった。
この学校、好きな人いる奴どれだけいるんだ……?
流石の琉斗も動揺してるじゃないか。
「え、この人数……?」
ザッと数えて五、六十人はいる。全員出るならすごいことになるぞ……。
しかし、数秒で動揺をねじ伏せた琉斗はにっこり微笑んで言う。
「大丈夫ですよ、皆さん。ここにいる人は全員出場できるように先生に掛け合ってみますから」
おいおい……。適当に確証のないこと言うな。
「ですから、今日のところは引き取っていただけませんかー」
琉斗の声で、ぞろぞろと参加希望者たちが引き上げていく。
「おいっ、琉斗。本当にあの人数が出られるのか?」
「うーん……、わかんないけど、過去には百人以上が出場した例もあるみたいだよ?大丈夫じゃないかな」
調べたのか……。さすが委員長。
「とりあえず、さすがにこの量の仕事、二人では
ああ、そういえばいたな、そんな奴……。
「おー、陸也と琉斗じゃん、久しぶりー」
放課後。俺たちは尚を大借り物競争実行委員の勧誘に行った。
「お前たちさー、高校に入ってから全然声かけてくれなくなったよな」
寂しかったんだぞ?と唇を
「あー、悪い、こっちもちょっと忙しかったんだよ」
俺はぞんざいに答えた。
「寂しかった、とか言ってる割に、小泉さんに告ったりしてなーんか高校生活エンジョイしてる気がするんですけどぉ?」
笑みを浮かべる琉斗。だが、その瞳の奥は笑っていない。
怖えぇ……。
「もっ、もう諦めたから!ガチ拒否されたんだよ、『好きな人いる』って」
その言葉を聞いた途端、琉斗の肩が跳ねた。俺たちから顔を背ける琉斗。
あれっ、琉斗、顔赤くないか?
「なんだよ。お前、照れてるの?」
照れてる琉斗なんて珍しいから、ちょっとからかってみる。
「えぇっ?!まさか、琉斗と小泉さん、付き合ってたりするのッ?!」
鼻息荒く、興奮気味の尚。
超いいリアクションじゃねーか。
「つっ、付き合ってる、よっ?」
ところどころ噛みながらも、琉斗はきっぱり宣言した。
おおー、勇気あるぅ。
「っていうか、なんで恋バナに発展してんだよ」
「あっ、そうだね」
琉斗も本題を忘れていたようだ。
「今日はね、尚を勧誘に来たんだ」
「は?勧誘?」
琉斗が、そうだよ、と微笑む。
「大借り物競争実行委員にならない?」
「あー、やるやるー」
お、おいっ。適当すぎないか?
「本気だよ。俺、この学校に入ってからずっと興味あったんだもん」
へ―、意外。
「なんでやりたかったの?」
俺も抱いていた疑問を琉斗が聞いてくれた。
「だってさ。俺さ、結構中学の時も委員会とか入ってたじゃん?でもさ、この髪のせいか、立候補してもみんなに止められるんだよ」
あー、そういうこと。要するに、高校デビューを狙って染めた髪色が
「実行委員なら、普通の委員会とは違うから俺でもできるかなーって思って」
ふーん。
「って事で、喜んで引き受けるよー?」
「あっ、じゃあ今日からお願いしまーす」
「おふこーす!」
親指をグッと立てる尚。
なぜ英語……。
体育準備室に来た尚は、仕事の量に、思っていたより驚かなかった。
「兄ちゃんが、仕事量ヤバいから実行委員はやめとけ、ってめっちゃ言ってたから」
でもこの量だぞ。流石に三人は無理だろ。
「まあまあ、陸也。ほら、『三人寄れば文殊の知恵』っていうしね?」
この三人が集まっても、ゲーセンに行く計画くらいしか出ねーぞ。
「僕は、口を動かすより手を動かした方がいいと思うけどなぁ」
おぉ、怒ってる、怒ってる。
琉斗の視線が「無駄口は叩くな!」と言っている。
仕方ない、やるとするか。
「そういえば、忘れてたけどこれ、陸也のためにやってることだからね」
あ、そうだった……。
「えー、どういう事情?」
琉斗が、よくぞ聞いてくれました、っていう顔で答える。
「陸也が香鈴ちゃんへの恋心をや—――っと自覚したから、体育祭でいい雰囲気にするためだよ☆」
「へー、陸也。お前、やっと自覚したの?」
尚がニヤニヤと冷やかしてくる。
なんで皆、こんなに知った風なんだ……?
「それでか、今回の異例の参加資格の導入は」
「そうそう」
この仕事、こんなんで本当に終わるのか……?
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