第八話 なんで僕……?

「……」

「――……」


 沈黙が気まずい。

 ちょっと整理しよう。

 僕は、小泉こいずみさんの悩み相談を聞いていた。そうだよな……。

 で、なんでこんな気まずい雰囲気になったかというと……?

 ――僕の発言のせい。


「あ、あの、寺内てらうち君……?」

「あ――、ちょっと今なにも言わないで。自己嫌悪に陥りそう」


 なんでこのタイミングで言っちゃったかなぁ……。この「人間関係に関してはエキスパート」の僕が。

 いつも計算的に動いて、絶対に告白を失敗しない状況と信頼を築きあげてから告るのにな……。

 もしかして嫉妬? 話に出てきた先輩に? 僕が?


「ねえ、寺内君」


 さっきの弱々しい声と違い、はっきりと決意を持った声が呼びかけてきた。


「何?」

「あの、私……」


 ――うん、フラれるな。

 第一、僕と小泉さんは、知り合って間もない。もうちょっと友達としても株を上げてから告る予定だったんだけど……。

 ――仕方ないか。


「私も、多分、だけど……寺内君のこと、好きよ?」

「うっそでしょぉ?!」


 僕の情けない声が体育館裏に響く。


「え――っとぉ……?」


 ヤバい。多分、自分が思ってるよりずっと、僕は混乱してる。


「私が恋愛相談を寺内君にしたのは、信頼できる人だからよ」

 

 えっとつまり……?

 

「僕と小泉さんは両想い……?」

「まあ、そうなるわね……」


 いやなんでそんなに落ち着いていられるの小泉さん!

 えーっと両想いってわかったら何かすることあったよね。

 

「あ、あの、小泉さん。僕と付き合ってください」

「はい」


 小泉さんが、滅多に見せない笑顔を見せた。

 ――いつもそうやって笑ってたら可愛いのに。

 少しだけ、そういう考えがよぎったが――……。


 ……いや、他の男に取られたくないな。

 




 翌日。


「あの……陸也りくや……?」


 登校してきた陸也に、僕はおずおずと話しかけた。


「なんだ、琉斗りゅうと。お前にしては珍しく自信なさそうじゃん」


 え、もしかして僕、「いつでも自信満々です!」っていう風に見られてる?

 でも今は、そんなこと言ってる場合じゃなく。


「あのぉ……えっと、僕、小泉さんと、付き合うことに、なりました……」

「へぇー」


 おっと、意外と普通の反応。まさか、僕が狙ってたの、バレてた?


 「お前と小泉さん、か……、へぇー……、えぇぇぇぇぇぇぇ—――—――!?」


 あれ、びっくりしすぎて反応が遅れただけみたい。まあ、陸也ごときに僕の好きな人がバレるわけないけど。


「……琉斗。なんか言ったか?」

「え、僕、なんか口に出した?」

「いや、なぜか俺の悪口聞こえた気がしてな」


 なーんで自分の悪口には鋭いのかなぁ。

 香鈴ちゃんが絡むとめちゃくちゃ鈍感なくせに。


「っていうか、どうやったら付き合えるの」

「んー、普通に両想いだったってだけだけど?」

「えー。もっとさ、コツとかないわけ?」

「ない。なんで付き合えたか、僕自身が不思議なくらい」


 なんで小泉さんは僕のことが好きになったんだ?


「へぇ。友達として近づいて、徐々に自分に落としていくあの悪質な手法はやめたのか?」


 痛いところを突かれるなー。


「それがさー、小泉さんに前の男の話されて。まあ、恋愛相談的な感じだったんだけど、気づいたら口にしてた」

「好き、って?」

「そう」

「それ、嫉妬じゃね?」

「……そう、なんだろうね、きっと」


 陸也がはぁー……、とため息をついた。


「まさか、俺を差し置いて琉斗が付き合いだすなんてなぁ」

「なに偉そうなこと言ってるの、好きな子もテキパキ落とせないくせに?」

「うぐッ」


 はい、論破ー。


「まぁ、まずは大借り物競争実行委員を頑張らなきゃねー」

「あぁ、それがあったか……」


 項垂れる陸也。





「ねぇ、香鈴かりん。ちょっといい?」


 ある朝、真剣な面持ちの沙百合さゆりに呼び止められた。

 なんだろー。珍しく沙百合、緊張してる?


「いいよー」 


 腕をつかまれ、体育館裏に引っ張っていかれる。

 コンクリートの地べたに、ペタン、と腰を下ろした沙百合は、口を開いた。


「私、寺内君と付き合うことに、なったみたい」

「えっ、何、『みたい』って」

「え、そこ?」


 まあ、確かにそうだよね。話の中心はそこじゃない。

 私は沙百合が言った言葉を、もう一度心の中で反芻した。

 ――私、寺内君と付き合うことに、なったみたい。


「はぁ—――—――っ!?」


 沙百合は、やっと気づいたか、とばかりに苦笑している。


「琉斗君と? 何でッ!?」

「ん、まあ、両想い、らしいから?」


 だからその「みたい」とか、「らしい」とか、何なの、その曖昧な感じは!?

 でも――


「さすが先輩っ」


 そう言って少しおどけてみると、沙百合は沈んだ顔で言った。


「私、そんなんじゃないのよ。本当は」


 そう前置きして沙百合は語り始めた。自分は恋愛ができなくなっていたと――。




 

「そう、だったんだ……」

「そう。失望した?」


 自虐的に笑う沙百合。


「そんなのっ、するわけないよ! 私だって苦手なことはあるし、ほら、勉強とか。沙百合は単にそれがスキンシップだった、ってだけのことだもん」


 一瞬、呆気にとられたような顔をした沙百合は、次の瞬間ポロポロと涙をこぼし始めた。


「えっ!? なんで泣くの?」

「嬉しくて……。恋愛ができないのにアドバイスしてたんだ、って香鈴に嫌われるのが怖かったから」


 沙百合の感情の波は、徐々に落ち着いていった。


「本当に、ありがとう。そばにいてくれて」

「な、なに急にっ!」


 お礼を言われると素直になれなくなるのは、香鈴の性格だ。

 それがわかっている沙百合は微笑んで言った。

 

「私、香鈴のそういうところ、好きよ」

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