人から見れば同病相憐

「だから、またいつか。あの頃のように話をしようね。恵」



 高下慧はずっと祈っている。古市恵の幸福を、安寧を、祝福を。誰よりも何よりも祈り続けている。

「きみのそれは呪いにもなりかねないってこと、いい加減理解した方がいいよ。慧」

 すぐそばの気配に敢えて気づかないふりをしていたらこれだ。慧はうんざりした空気を微塵も隠さず、短いため息と共に零す。

「あなたには関係のないことでしょう。……紗月」

「関係はあるでしょう、私たち、似たもの同士じゃない」

 仲良くしましょう?と嘯く女に吐き気がする。たいていのことには頓着しない性質の慧だが、どうにもこの女だけはだめだった。生理的な嫌悪感とでも言おうか、とかく相性が悪いのだ。

「可哀想ね、あの子。恵くん」

「どの口で仲良くするって? 自分で言ったことも忘れるなんて、あなたの頭こそ可哀想」

「ふふ、かぁわい。めぐくんも慧も、可哀想なところが好き」

 だって凄く可愛いから。

 嫌味でも皮肉でも、どころか悪意すらないまま嫣然と笑む紗月にこれだからこの女は嫌なのだ、と何度目になるかも分からないことを思う。もっともそこはお互い様なのだけど。

「でもね、慧」

「なに」

「きみのその祈りは間違いなく呪いだ。きみの記憶だけを喪って、きみの姿だけが見えなくなって、きみの声だけが聞こえない。めぐくんから大切なきみ自身を奪うことは、本当に彼の幸福かな?」

「……分かってる」

「いいや、分かってないよ。きみのそれは、きみ自身が考えるめぐくんの幸福だ。まるきり彼の意思を無視した、ね」

「…………」

「都合が悪いと黙りの癖はまだ治らない?」

「あなたのお喋り癖もね」

「ふふ。これでもね、思うところはあるんだよ。きみを欠いた幸福を何も知らずに甘受させられているめぐくんのことを想像すると、ね」

 他でもない紗月の言葉は、だからこそ慧に響く。大事な恵の裏返し。

 奪った慧と、奪われた紗月。慧は紗月に、紗月は慧に。互いを通して大切なものを見て、その度に傷つけあっている。どうしようもない自傷行為。祈りのかたちをした呪いは、今なお四人を縛ったままだ。

 それでも慧はどうする気もない。例え紗月の言う通りだとしても、だ。この祈りが呪いだというなら、あのとき、慧の心からの願いが、祈りが、叶ったあの瞬間。もう果たされてしまった。

 ──呪いはすでに、完成されている。

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