さながらシンデレラの雲隠れ
音原よこ
「君ってこんなに分かりやすかったのに」
馬鹿だよね。
どこまでも突き放した言い方は、それでもやさしく奏の中に響いた。手遊びをしながらの言葉は一見すると無関心や、あるいは嘲笑にも映るだろう。だが結人の癖を知っている奏にはそれが不器用な慰めだと分かった。どうしていいか分からないとき、自分の中の感情を上手く言葉にできないとき。優しくする方法が分からないと言っていた、結人の癖。こんなに優しい人、奏は他に知らないのに。
「本当、馬鹿だよね」
繰り返す言葉は結人にしては珍しい。気を遣わせている。そのことを申し訳なく思うのに、嬉しいと感じてしまう。何せ奏は失恋の真っ只中だ。それも告白した末の玉砕ですらない。一人で浮かれて舞い上がって、想いを伝える暇もなく失恋した。救いようのない一人相撲。
「一応、聞くけどさ。それってどっちのこと?」
奏自身のことか、それとも相手の方か。自らの傷口を抉るような真似をしてみせるのは、結人だけは絶対に奏を傷つけないと知っているからだ。甘えているし、頼りすぎている。それでも一度口にした言葉は戻らない。
「両方」
にべもない態度だ。らしいと言えばらしい。だけど今はもっと優しさがほしいと勝手なことを思い、そんな自分に自己嫌悪する。心がつらい。一番奏に甘くて優しい結人でさえこれなら、奏はそれほど救いようがないということだ。世知辛すぎるだろ、現実。
「あいつも君も、どっちも馬鹿だよ。大馬鹿だ」
「そんなに馬鹿馬鹿連呼するなよ。本当に馬鹿になった気分になってくる。……いや、実際馬鹿だけどさ」
「君の方がしてるだろ。……君ほど分かりやすい人間いないのに、どうして気づかないかなって不思議だったよ」
「単純で悪うございましたね!」
「いじけるのは勝手だけど、これの消費、手伝わないよ」
「ごめんなさい」
失恋のショックで大量に買ったものを指して言う結人に大人しく頭を下げる。自分でもさすがにやりすぎたと思っているのだ。
部屋の中を見渡せば、炭酸飲料にテイクアウトのファーストフード。スナック菓子に甘いものから辛いものまでといった無節操ぶりだ。といってもその大半は奏の傷心を笑う強盗どもに盗られたが。身内の容赦のなさは時としてとんでもない凶器だ、暴力だ。染みついた上下関係が恨めしい。
「……ん? あれ、もうひとつの馬鹿の理由は?」
「ようやく頭が回ってきたみたいで安心したよ。帰っていい?」
「いやこの流れで何で帰れると思ったのさ!? 両方つったじゃん!?」
聞くまで絶対離さないぞ、とばかりに帰り支度を始めた結人の服を掴む。これ伸びたら後でものすごく怒られるな、と理性は判断したが、こうも濁されては気になって夜しか眠れない。
「らしくないぞ、結人。ほらほら、もうひとつの理由」
「自分の馬鹿の理由を知りたがるなんて、君もたいがい酔狂だよね。あいつと気が合うだけはある」
「そんな言葉じゃこの奏さんは誤魔化されないかんね! さあ吐け、きりきり吐け!」
失恋の痛手も今だけはどこかに吹っ飛んだのか、一周回ってやたらと楽しくなってきた。ある種のランナーズハイだろうか。
はあ、とため息を吐いたかと思えば、結人の手が奏の髪をさらりと撫でる。そのまま頬まで下りてきて、その優しい手つきに安心するのに、近すぎる距離が落ち着かなくて安心できない。というより普通に落ち着かない。こいつこんなに柔らかかったっけ。そんなことを思う自分にも混乱する。何だこれ。何だこれ!?
「あの、結人さん。……ちょっとさ、近くないかな、なんて」
「そう?」
「お前自分のキャラ思い出してみ? ほらほら、クール系ミステリアスビューティーの結人さんはどこいっちゃったのさ」
「そんなのになった覚えはないけど」
「はぁ~? これだから顔面偏差値カンストは! でもそういう飾らないとこも好き!」
「知ってる」
へ、と思う間もなく顔が近づいてくる。ぎゅ、と目を閉じると、ふっと笑い声が降ってくる。座っている奏に対して、結人は膝を折っている状態だ。いつもなら奏が見下ろす側なのに。
「キス、されると思った?」
とんとん、と結人が自分の唇を叩く。その仕草が色っぽくて、思わずどきりとする。
「は、…………はぁ!? 別に思ってないですし!? ていうかそんなの役得っていうか!?」
心臓がバクバクして、自分でも何を言っているか分からない。ひとつ分かるのは、お前は自分の可愛さをもっと自覚しろ、ということだけだ。それにしてもおかしい、今日は自分の失恋パーティーのはずで、なんで自分は親友とちょっとよく分かんない、いや分かりたくないけどそういう雰囲気になってるんだ。
はあ、と結人がもう一度ため息を吐く。先とは違った心からの、とばかりの深いそれに、奏は妙に居心地が悪くなった。
「そんなお馬鹿な君にひとつ宿題を出そう」
「……何だよ」
拗ねた声色に、ますます奏はどうしていいか分からなくなる。帰る場所が分からずにうろうろする迷子みたいだ。
「例えばさ、僕に恋人ができたら祝ってくれる?」
「は、……そりゃ、親友だし。祝うんじゃないの」
「じゃあ失恋したら?」
「ありえない」
間髪入れずの即答だった。
「お前に好かれて振るやつなんかいない。いたとしたらそいつの目は節穴だ、ありえない」
「……うん。その評価は素直に嬉しい。じゃあ、どうしてそう思うかは分かる? さすがに親友の贔屓目を抜いても無茶苦茶なことを言ってるって分かるよね?」
「…………どうして、って」
そんなの結人だからだ、としか言えない。でもそれでは納得しないのだろう。
「全く、君ってこんなに分かりやすかったのにね。なんであいつは気づかなかったのかな」
ま、君の鈍感さには負けるか。
「ちなみにあいつ、君に片想いしてたし、君はそれを無自覚だろうけど降った側だからこの失恋パーティーはあいつに向けたもの。お姉さんたちが笑うわけだよね」
最後の最後、爆弾発言をして、結人は本当にそのまま帰ってしまった。宿題、忘れないでよねと言い添えて。
「…………つまりどういうことだよ」
2021.05.16
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