第22話 オークション
初めての王都から1週間。
竜血茸のオークションが行われる日になった。
私はオレンジに染まった地力石を転移装置にはめて、移動の準備を整える。
「本当に便利なもんだなぁ」
興味深げに転移装置を見ながらティガスが言った。
この装置のおかげで、村の生活はより楽になってきている。
何せ王都まで魚を売りに行く時、旅費がかからない。
費用を抑えられるということは、それだけ利益が増えるということだ。
何よりも旅で疲れることがないしね。
魚を売りに行ったみんなが、その町の地力石を持ってきてくれるおかげで、転移先も増えている。
こりゃ、私のアイテムボックスが無くても、魚を腐らせることなく届けられてしまうなぁ。
「じゃあ行ってきまーす。【転移】」
視界が真っ白になり、そして次の瞬間、私は王都の門の前に立っていた。
前回来た時よりも、心なしか人が多いな。
ふと、城壁の前にある掲示板が目に入る。
そこには「オークション開催! 今回は目玉商品が多数!」と書かれた大きなチラシが貼られていた。
このチラシの効果もあって、人が多いのかもしれないね。
参加者が多ければ多いほど、オークションの金額も競って高くなるはず。
出品した側としては嬉しい限りだ。
「【
私は転移装置をアイテムボックスにしまうと、商業ギルドへと歩き始めた。
王都は規則的に設計されていて、通りがきれいに並んでいる。
まるで歴史の教科書で見る“何たら京”みたいだ。
だからそうそう道に迷うことはない。
そもそも商業ギルドは、北門からまっすぐ歩けばいいだけなので、迷うはずがないんだけど。
「こんにちは~」
商業ギルドに入ると、ここはこの間より人が少なかった。
でもピノがカウンターにいたので、近づいて話しかける。
「ピノ、こんにちは」
「あ、ミオンさん。こんにちは。いらっしゃったんですね」
「うん。この間よりずいぶんと人が少ないね」
「職員は大部分が、オークションの準備に出払っていますからね。でも商業ギルドを利用したい人はいるので、私が留守番ってわけです」
「オークションには行かないの?」
「いえ、オークション本番の時間は当番じゃないので行きますよ。といっても、係ではないので見物するだけですけど」
「じゃあ一緒に行こうよ。仕組みとか教えてほしいし」
「もちろんいいですよ。あ、すみません。お客様が……」
気が付けば、私の後ろに男性が1人立っている。
お仕事の邪魔をしてはいけないので、私は商業ギルドの休憩スペースに座って時間を潰すことにした。
いくつか置かれているパンフレットの中から、「王都で商売をするには」というものを選んで手に取る。
こういうのをちゃんと読んどかないとね。
何かルールに違反して、営業停止だの逮捕だのになったらいけない。
パンフレットを読んだり、うとうと居眠りをしたりしていると、あっという間に時間になった。
仕事を終えたピノと一緒に商業ギルドを出る。
「ミオンさんは王都で商売をされるんですか?」
「え? 何で知ってるの?」
「さっきパンフレットを読んでらしたのが見えたので」
「見られてたのか。そうだよ。ちょっとやってみたいことがあって。今日のオークションで手に入るお金を元手にね」
「それはどんなお店ができるのか楽しみですね」
ピノと一緒に王宮の方へと歩き、広場へとやってきた。
たくさんの人でごった返している。
前方にはステージが設営されていて、司会らしき人が立っていた。
「あの方が商業ギルドの本部長サイマスさんです」
「へえ、本部長自ら司会をやるんだ」
「目立つのが好きな人なので」
「あー、なるほど」
サイマスは右手で握った拡声器を口元へ持っていく。
そして声を張り上げた。
「さあお集まりの皆様方! ただいまより商業ギルドによるオークションを開催します! 今回は目玉商品が多数ですよ! 準備はよろしいですか!?」
会場から大きな歓声が上がる。
ピノいわく、大多数の客が購入はせず見物だけの人たち、いわゆる野次馬だそうだ。
「まずは1点目! 約800年前、アリジア文化初期の器です! 当時の美意識を反映した色使いが素晴らしい! 100,000Gから始めましょう!」
うわー、いわゆる骨董ってやつだ。
私はまだ楠木美音だったころ、「ニャンでも鑑定団」という番組をよく見ていた。
どこの世界にも、愛好家っていうのはいるものだね。
見てる分には面白かったけど、私は欲しいとは思わない。
順調にオークションは進んで行き12品目。
ステージ上に紅のキノコが運ばれてくると、会場は今日一番のどよめきに包まれた。
サイマスの司会にも気合が入る。
「さあさあ今回のオークション最大の目玉商品! 何とびっくり竜血茸です! それも2本の出品! ですが競合は1本ずつとさせていただきます!」
2本まとめてだと買えないという人も、1本ならオークションに参加できる場合もある。
買い手の母数が増えれば、競争が激しくなり価格がつり上がるというわけだ。
それに1本目を買えなかったけど絶対に欲しいという人が、2本目にさらに気合を入れて臨んでくる。
これまた価格が跳ね上がるってわけ。
さすがは全商人のリーダーに立つサイマス。
ちゃんと考えてるね。
「ご存じ竜の血からしか生まれない竜血茸! 解毒剤に使うもよし! 研究材料にするもよし! 美食家の方々、純粋に食材として味わってみるのもよし! 2,000万Gから始めましょう!」
「にににににしぇんまん!?」
私は驚いて声を上げる。
でもまあそうだよなぁ。
さっき読んだパンフレットには、開業資金として1,000万Gが目安と書かれていた。
ミョン爺は店が2軒できるって言ってたから、2,000万Gというのは妥当な金額かもしれない。
「2,100万!」
「2,300万!」
「2,600万!」
あわあわあわ……。
どんどん金額が跳ね上がっていくぅ……。
この金額から10%を手数料として引かれたとしても、莫大なお金が入ってくるのだ。
脳汁がはんぱない。ドバドバだ。大洪水だ。
「3,000万!」
「3,200万!」
「5,000万で買う!!!!!」
会場が一気にどよめく。
いきなり金額が大きく上がった。
「隣国、アスナン王国の貴族ウィブルム家の当主タングル様です。そういえば奥様が、蛇経茸の毒に苦しんでおられるという噂が……」
「それは大変だね。どうしても竜血茸が必要なわけだ」
サイマスはしばらく呆然としていたが、我に返って司会を再開した。
「5,000万がでました! 他にありますか!?」
会場からは金額をコールする声は響かない。
大きく息を吸い込むと、サイマスは手元の木槌でベルを叩いた。
「5,000万でタングル・ウィブルム様が落札です!」
会場から拍手が沸き起こる。
本当に必要とする人に買ってもらえたなら、私としても良かったな。
「さあ! 竜血茸はもう1本ありますよ! 再び1,000万から始めましょう!」
会場にサイマスの元気な声が響き渡った。
5,000万で売れたなら、冒険者協会に入るのは500万。
しかも自分たちが労したわけじゃない。
ぽっと500万が持ち込まれたようなもんだ。
ウハウハが止まらないのが声に出てるなぁ……。
※ ※ ※ ※
結局2本目の竜血茸は、最初を上回る6,000万Gで決着した。
2つの合計は1億1,000万G。
ここから10%が引かれて、9,900万Gが私の手元に入ってくる。
どうしよう。こんな大金、元の世界でも手にしたことがない。
……当たり前か。働かないでゲームしてたんだから。
「いやあ! あなたが竜血茸を持ち込んでくださったんですね! ありがとうございました!」
上機嫌のサイマスが、豪快に笑いながら私にお礼を告げる。
竜血茸だけで、商業ギルドも1,100万Gを儲けたわけだ。
笑いが止まらないらしい。
「また何か面白いものを手に入れたら、ぜひオークションに出品してくださいよ!」
「そうだね。手に入ったらね」
さーてと、一度村に帰ろう。
サイマスの精神状態もなかなかだけど、私の精神状態も異常なんだ。
こんな大金を急に手にしたら、普通におかしくなる。
宝くじ当たった人の人生が狂うわけだよ。
今日はゆっくり休むとしよう……。
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