第10話 竜血茸のスープ
日の出と同時に現れた2体の巨竜に、村人たちは腰を抜かした。
私は
結果、奴隷として働かされていた人たちも一時的に村へ受け入れることが決まった。
何せ、健康状態は明らかに良くないからね。
「よくぞ無事に帰ったもんじゃ。正直、五分五分じゃと思っておった」
村人たちが総出で、元奴隷たちに食べさせる食事を作ったり、怪我の手当てをするのを見ながらミョン爺が言った。
「私が絶対って言ったら絶対だよ」
私はにっこり笑うと、竜の血を取り出す。
「しっかり持って帰ってきたよ。これをどうすればいいの?」
「うむ。わしの家に来るんじゃ」
ミョン爺と一緒に歩き出すと、そこへニナが駆け寄ってきた。
彼女は竜を倒して私が帰還したことは知っているけど、父親のことはまだ何も知らない。
「ミオンさん!」
「ニナ。もう少しだからね」
「はい! 本当に……ありがとうございます……!」
「ふふっ。お礼の言葉は、フェンリアがちゃんと治ってからにしようか」
3人でミョン爺の家に入る。
するとミョン爺は、木の蓋で栓がされた小瓶を取り出した。
中には何やら赤っぽい粉が入っている。
「これは?」
「竜血茸の胞子じゃ。偶然にも旅商人から手に入れてな。ただ胞子だけあっても、竜の血が無いことには、生育することができんかった。さあ、竜の血にこれを加えるんじゃ。あとは暗いところで一晩ほど……」
「あ、ちょっと待って」
私は小瓶の栓を抜いたミョン爺を制止する。
そして胞子を半分くらい収納すると、竜の血もまた半分くらい収納した。
一晩待つよりも、アイテムボックスの中で合成してしまった方が速い。
でもキノコを育てるのは初めてなので、万が一にも失敗した時に備えて材料は半分だ。
「【
私は脳内にアイテムボックスの中身を思い浮かべる。
さっき入れた竜の血、そして胞子はなく、代わりに傘から軸まで強烈な紅色をしたキノコだった。
よーし、上手くいってる。
「【
私が竜血茸を取り出すと、ミョン爺とニナは目を丸くした。
ただ運ぶ それだけじゃないよ アイテムボックス(字余り)。
驚く2人を前に、私は次のステップへと進む。
「それで、これをどうすればいいの?」
「そ、そうじゃな。これを細かく刻んでスープを作る。ニナ、薬草のスープは何度も作っているからやり方は分かるな?」
「はい。分かります」
「うむ。母親の命を救うスープじゃ。おぬしが作るといい。キッチンは使っていいからな」
「ありがとうございます」
ニナは大事そうに両手で竜血茸を受け取ると、キッチンへ向かった。
2人きりになったところで、私はミョン爺に告げる。
「実はさ」
「何じゃ」
「ティガスのことなんだけど」
「ニナの父親がどうかしたか?」
「生きてたよ」
「何ぃっ!?」
ミョン爺がこれまでで一番大きな声を出す。
腰を抜かして尻もちをついた。
ちょっとちょっと、その歳の老人の転倒は心配になるよ。
「事情としてはね……」
私はガンたちから聞いた話、そして自分の目で見た闘技場でのことを話す。
全てを聞き終えた時、ミョン爺の目には涙が浮かんでいた。
「ティガス……ティガス……。全く無茶な男じゃわい……。生きていてくれて本当に良かった……」
「ニナに伝えたら喜ぶよね?」
「もちろんじゃ。して、奴は今どこに?」
「アイテムボックスの中。結構な傷だから、私は先にニナの家に行って手当てしてるよ。だからスープができたら、ニナと一緒に来て」
「うむ。分かった」
「じゃあそういうことで」
私はミョン爺の家を出て、ニナの家に入る。
誰もいない家。
でもこれからは、また家族3人、みんな揃って暮らすことができる。
「【
まずはティガスをベッドに寝かせる。
どうやら完全に意識を失っているみたいだ。
ミョン爺の家からここへ来る途中にもらっておいた傷薬を、あっちこっちに塗ったくる。
栄養状態も相当悪いね。何か食べさせないと。
しばらくすると、スープを持ったニナがミョン爺と一緒にやってきた。
私もフェンリアを出して、ベッドに横たえ準備を整える。
「お母さ……」
母親にスープを飲ませようとしたニナが、その隣に横たわっているティガスを見て固まる。
目の前で手をぶんぶん振っても全く反応がない。
そりゃ、そうなるよね。
「なん……で……。おと……う……さん……?」
ティガスがいなくなった時、ニナはまだ4、5歳だ。
記憶も曖昧だろうけど、ちゃんと分かるもんなんだね。
「ミオンさん……? これは一体……?」
「あとで説明してあげる。さあ、まずはフェンリアにスープを」
「は、はい!」
混乱状態のまま、ニナは母親の状態を起こしてスープを体内に入れられるようにした。
やはりフェンリアは、苦し気にあえいでいる。
しかし意識らしい意識はない。
たぶん、夫はおろか娘が横にいることも気付いていないだろう。
「治りますように……」
ニナは震える手で、スープをスプーンですくい流し込んでいく。
すると徐々に顔の斑点が消え、呼吸も落ち着いてきた。
竜血茸、とんでもない即効性だ。
「あとはそのまま寝かせておけば、次に目を覚ます時には毒は消え去ってるじゃろう」
「うう……!」
ニナが流す涙が、わずかに残った竜血茸のスープへとこぼれ落ちていく。
母親の安らかな寝顔を見るのも、彼女にとっては久しぶりなんだろう。
「ティガスにも何か栄養のつくものを」
「そうじゃな。待っておれ」
ミョン爺は一度家を出ると、やはりスープを持ってきた。
点滴ってものはこの世界にはないみたいだからね。
これを変なところにはいったり、のどに詰まらせたりしないように上手く飲ませるのが、この世界における治療法みたいだ。
「んぅ……」
「ニナ!?」
ふと、ニナがばたんと床に倒れ込んだ。
慌てて近寄ると、すやすや寝息を立てている。
あ、あれ? ただ寝てるだけ?
「おぬしが村を出てから、ずっとそわそわしておったからな。不安だったんじゃろう。そしておぬしが帰ってきたばかりか、竜の血、そして父親まで……。混乱でどっと疲れたんじゃ」
「寝かせてあげるのがいいね」
「うむ」
私はニナをフェンリアの横にそっと寝かせる。
ここまでくれば、もう私がやることは何もない。
「さて、おぬしも疲れたじゃろ。何か食べるなり飲むなりするといい」
「そうだね」
考えてみれば、村を出てから全く寝ないまま走って飛び降りて戦ったんだ。
こんなことしてたら、今度は過労死するぞ、私。
「ん~っとぉ。あー、達成感」
私は大きく一つ伸びをすると、ミョン爺と一緒にニナの家をあとにするのだった。
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