第9話 投票(2)

◎デスゲームのルール

1:あなたたちの中に1匹、狼が紛れ込んでいる。狼に噛まれた場合、あなたは死亡する。

2:制限時間以内にこの建物から脱出できなかった場合、あなたは死亡する。

3:建物から出る方法は2つ。正しい鍵を見つけるか、狼を死亡させるか。その他の方法で出た場合、あなたは死亡する。

4:左腕に配布されているツールで全ての生存者を“招集”し、狼と疑わしき者を“告発”することが出来る。ツールを体から外した場合、あなたは死亡する。

5:“告発”の際、生存者は処刑対象を選択することが出来る。過半数の生存者が対象を選択し、かつあなたが最も多人数に選択された場合、あなたは死亡する。



「はっ、ハハッ、ざまぁ見ろ!これでテメエも終わりだ!」


 開口一番、ギャル系女子は叫んだ。

 その視線から、テメエというのは女子高生を指しているようだった。

 当の女子高生はといえば、目を見開いてギャル系女子を見返していた。


「おい、ガキ!あの女が“狼”だ!さっさと投票してアイツを殺せ!」


 今度は雅史に向かって、ギャル系女子が絶叫する。

 唾が飛ぶのも気に留めず叫ぶ姿に、興奮状態にあるのが見て取れた。

 雅史はといえば、あまりの展開の速さについていけていなかった。

 茫然自失で恐怖に打ち震えていたのはつい数秒前のことだ。

 鼓動が収まらず、乱れた呼吸を整えるので精一杯だった。


「テメエ、聞いてんのかボケ!あの女が“狼”だっつってんだよ!早くやれや!」

「ち、違います!私は違う!」


 無反応な雅史に苛立ちを隠さず、ギャル系女子は再度雅史を急き立てる。

 それに対して、女子高生は初めて聞くような声量でギャル系女子の言葉を否定した。

 それほど切羽詰まった状況というこということだろうか。


(どちらかが、ボタンを押した、ってことか……?)


 再びここに飛ばされてきたということは、誰かが左腕の端末を使って全員を“招集”したということだろう。

 そしてそれは、彼女たち2人の内のどちらかなのは間違いない。

 少なくとも、雅史以外の“call”ボタンは使用できたということなのだろう。

 最悪の事態は避けられたという事を理解して、雅史はひとまず安堵した。

 まだ絶望するには早かったようだ。

 だがそれはそれとして、“正しい鍵”を再び探し始めてからまだそれほど時間は経っていなかったというのに、その短い間に一体何があったというのだろうか。


「ちょ、ちょっと待ってください。な、何が……。何があったんですか?」


 状況を把握しなければ、どちらに味方することも出来ない。

 ようやく呼吸が落ち着いてきた雅史は、事情を聞き出すべく質問を投げかけた。


「この部屋にいてしばらくしたら、ソイツが何も言わずに突然近づいてきやがったんだ!あたしは殺されるところだった!」

「そ、そんなの、知らない!私は何もしてない!」

「はぁ!?大嘘こいてんじゃねえよてめえ!ビビってるふりして、急に本性現しやがって!」

「う、嘘つきはそっちでしょう!?」


 言い争う2人の主張は、大きく食い違っているようだった。

 自分が襲われかけたというギャル系女子に対して、女子高生は目に涙を浮かべながらそれを否定している。


(どちらかが、嘘をついている、ってことか……?)


 互いが互いを嘘つきだと糾弾しあっている。

 嘘をついているのは、おそらく“狼”に違いない。

 “狼”ではない人間が、ここで嘘を付く必要はないはずだ。


(問題は、この短い残り時間で嘘を見抜かなきゃならないってことだ……!)


 モニターに目を落とすと、残り時間は5分弱になっていた。

 前回多数決を行った時もそうだったが、これはゲーム全体の残り時間ではなく、多数決を終えるまでのタイムリミットを表しているようだ。

 それはつまり、5分足らずの間に誰を処刑するかを雅史が決めなければならないという事を意味している。

 ギャル系女子と女子高生の対立ぶりを見る限り、2人は互いに票を入れ合うことになるだろう。

 だとすれば、処刑対象の決定は雅史の投票次第なのだ。


(くそっ、こんな展開になるなんて、考えてなかったぞ……。)


 雅史の予想では、ボタンを押すのは女子高生の方だと思っていた。

 “狼”と思しきギャル系女子が、しびれを切らして女子高生に襲いかかり、女子高生が“call”ボタンを押して投票が開始される。

 そうなれば、やはりギャル系女子が“狼”だったと判断しやすくなって、投票に踏み切れる。

 それが、雅史の考えていた筋書きだった。

 しかし、どうやらボタンを押したのはギャル系女子の方だったらしい。

 これではどちらが“狼”なのか、見極めるのが難しくなってしまった。

 まして今の雅史は、死の恐怖に怯えていた動揺がまだ抜けきっていない。

 冷静な判断が出来るかどうか、自分に自信が持てなかった。


「何してんだよ!さっさと投票しろ!」

「やめて!嘘をついてるのはこの人なんです!お願い、信じて!」

「……!ちょ、ちょっと待ってくれって!いきなりそんな事言われても、何が本当なのか俺には全然分からないんだ!」


 互いを糾弾し合う2人に急き立てられて、雅史はたまらず仲裁に入った。

 このまま言い争いを続けていても、真相が明らかになることはあるまい。

 雅史が自ら嘘を見抜く以外に、解決の糸口を見つける方法はなさそうだった。


「まずは幾つか質問させて下さい!じゃないと、このままじゃ何も判断できない!いいですね!?」


 出来る限り声を張り上げて2人を制止すると、ギャル系女子は不承不承ながら口をつぐんだ。

 元々言い争いの大半はギャル系女子の罵声だったので、彼女が黙れば自然と辺りは静寂に包まれた。


「ありがとうございます。まず、端末の“call”ボタンを押したのはあなたってことでいいですか?」


 ギャル系女子の目をまっすぐに見ながら、最初の質問を投げかける。


「……そうだよ、あたしが押した。」

「それまではずっと、この部屋にいたんですか?」

「テメエがそう言ったんだろうが!だから仕方なくここで大人しくしてたら、急にアイツが黙って近づいて来たんだ!」

「だから、私はそんなことしてない!嘘つかないで!」


 ギャル系女子が声のトーンを再度上げると、女子高生もまた涙混じりに反論した。

 それならばと、今度は女子高生に向けて質問する。


「大丈夫だから、落ち着いて。君にも聞いていいかな?君も、この部屋からは一切動いていないんだよね?」

「そ、そうです!私はこの場所から少しも動いてなんかいません!」

「あの人も、ここからは動いていなかった?」

「……はい。でも、突然何かわめいたと思ったら、急にボタンを押したみたいで……。」


 必死に訴える女子高生の目は、涙で溢れていた。


「ああん!?よくそんな嘘がスラスラ出てくんなぁ!オイ騙されんなよ!こいつはこんな見た目して平気で嘘つくタイプだぞ!」

「や、やめて!そっちこそ嘘つきじゃないの!」


 再び言い争いを始める2人をよそに、雅史は額に手を当てて今の会話を反芻していた。

 “call”ボタンを押したのは、ギャル系女子で間違いないようだ。

 その点で2人の証言に食い違いはない。

 問題なのは、女子高生がギャル系女子に近づいていったという話が本当かどうかだった。

 これまでの経緯を考えれば、雅史が信じるのは女子高生の方だ。

 少なくとも彼女には、作業着の男が死んだ時の完璧なアリバイがある。

 その女子高生の言い分を信じるならば、ギャル系女子は自らボタンを押した上で女子高生に襲われかけたと嘘をついていることになる。


(でも、多数決に持ち込めば不利になるのは分かってるはずだ。それなのに、“狼”である彼女が自分からボタンを押したりするとは正直考え辛い……。)


 その疑問が、ギャル系女子を“狼”と断定しきれない要因となっていた。

 雅史が女子高生の方を信用している事は、既に宣言してある。

 多数決に持ち込めば、処刑されるのはギャル系女子の方だろうとまで警告したのだ。

 それでもあえてボタンを押したという事実は、彼女が嘘をついてないのではないかと思わせるのに一役買っていた。

 あるいは、不利なはずの投票に逆張りすることによって、雅史を混乱させるようとしているのだろうか?


(そんなリスクの高い駆け引き、こんな土壇場で出来るもんか……?)


 その考えは、あまり現実的だとは言い難い。

 率直に言って、彼女にそんな知恵が働くとも思えなかった。

 では、嘘をついているのは女子高生の方なのだろうか?

 雅史にとっては、その考えこそ現実味に欠けていた。

 先にも挙げたように、女子高生には作業着の男を殺すのは不可能だったというアリバイがある。

 その点だけでも、彼女を疑う余地がほぼ無いと言えるのだ。

 それに、万が一彼女が“狼”だったとしても、同じ嘘を付くなら自分からボタンを押してしまった方が彼女には有利な気がしてならない。

 彼女の方からギャル系女子に襲われかけたと聞けば、雅史はためらうこと無く信じていただろう。


(くそっ、これじゃあ“狼”を断定するには弱すぎる。このまま投票に持ち込むのはマズいんじゃないのか!?何か……何か見落としていることはないか……。)


 焦燥感で頭が真っ白になりかけながら、雅史は必死で考えを巡らせていた。

 “狼”がこの2人のどちらかなのは、恐らく間違いない。

 その事は、目の前のモニターを見れば確認できた。

 雅史を含めた3人以外の画像に大きくバツ印がつけられており、恐らくこれはその人物が既に死んでいることを表しているからだ。

 そもそも、死んでしまった3人は、自分の目でその死体を確認している。

 生き残っているのは、確実にここにいる3人だけだ。

 その内の1人が、他に人間を殺し回っている殺人鬼なのだ。


(本当に、そうなんだろうか?この2人のどちらかに、本当にそんな事が出来るのか?)


 言い争いを続ける2人を見据えながら、雅史は根本的な疑問を抱いていた。

 今は2人共感情が高ぶっていて、互いを罵る攻撃的な姿を見せてはいる。

 しかしそのどちらにも、人を殺せるだけの異常性があるようには思えなかった。

 ギャル系女子は、作業着の男の死体を発見した時や、目の前でスーツの青年の首が落ちて死亡した時、本気の絶叫とともに本心から驚いていたように思えた。

 あれが演技だとしたら、アカデミー賞も狙えるレベルなのではないだろうか。

 対して女子高生はと言えば、終始一貫して何かに怯えているようで、まるで人畜無害の小型動物のようだった。

 この少女に、人を殺せるような胆力があるとはいくらなんでも思えなかった。


(でも、この2人じゃないんなら、一体誰が“狼”だってんだ。他には誰もいない……。)


 そこまで考えたところで、雅史は自分が大変な思い違いをしているのではないかという予感に駆られた。


 もし、定められたルールが嘘っぱちだったとしたら?


 雅史達をこの建物に連れてきた連中は、問答無用で人を誘拐して殺すことを厭わないような非道な人間だ。

 公正なルールを宣言したところで、それを厳守する義務は連中には一切無いのだ。

 もしこのゲームが参加者の生き残りをかけたデスゲームではなく、騙された哀れな犠牲者が殺されていくのを楽しむような見世物なのだとしたら。

 提示された嘘のルールに右往左往しながら、無駄な努力を重ねる我々をあざ笑っているのだとしたら。


(俺達3人の他に誰かがいて、そいつが人を殺して回ってる可能性だってある……のか……?)


 そんな大前提が覆るようなことがあるとすれば、ここで誰かを処刑してしまうのは“狼”やその裏にいる連中の思うツボではないのか。

 ここは1度仕切り直して、再び頭を冷やして考えるべきではないのだろうか。

 いや、そもそもそんな事が本当に有り得るのだろうか。

 追い詰められて自分の思考がおかしな方向に飛躍してしまっているのではないか。

 あまりに辛い現状に嫌気が差して、都合のいい妄想に縋ろうとしている可能性は否定できなかった。


(駄目だ、わからん!もう何にもわかんねえ!)


 疲労感も相まって、もはや何が正しくて何が間違っているのか、雅史には判断できるだけの精神力が残されていなかった。


「おい!いい加減にしろ!なんであたしの言うことを信じねえんだよ!」

「お願い!あの人に騙されないで!」


 激高するギャル系女子と、悲鳴に近い涙声で訴える女子高生。

 2人の訴えに、雅史にかかるプレッシャーはもはや限界だった。


「ちょっと黙っててくれ!もう何がなんだか全然わかんねえ!こんなんじゃ下手に結論なんか出せねえよ!」


 2人に負けない声量で、雅史が怒鳴り返す。

 なぜこんなにも追い詰められなければならないのだ。

 苛立ちも相まって、雅史の口調も自然と荒いものになった。


「はああ!?意味わかんねえ!今アイツを殺さないと、お前もあたしもアイツに殺されるって言ってんだよ!なんで分かんねえんだ!」

「まだ時間はある!もう少し考えさせてくれ!一旦落ち着きたいんだ!」

「寝言は寝て言えぼけえええ!」


 ギャル系女子の絶叫が部屋に響き渡る。

 それでも迷いが振り切れない雅史には、残り僅かな時間で結論を出すのはもはや不可能だった。

 だが、多数決を行うチャンスはまだあるはずだ。

 今回使用されたのはギャル系女子の“call”ボタンだった。

 女子高生の端末はまだ使えるだろうし、もしかしたら雅史の端末も再び使えるようになるかも知れない。

 ここで無理に結論を出して、“狼”と1対1になるリスクを冒す必要はない。

 雅史の心は既に決まっていた。


(ギリギリまで考えるんだ……!どうするのが正解なのか!)


 モニターに目を落とすと、カウントダウンはもう間もなくゼロになるところだった。

 やがてモニターが赤い光を放つ。

 眩しいほどの明るさが収まると、画面には再び“参加者”たちの写真が並んでいた。

 幾つかの写真の下には、小さい丸が付記されている。

 丸があったのは、ギャル系女子と女子高生に1つずつだった。

 それぞれに1つ、票が投じられたことを意味しているのだろう。

 しばらくするとその表示も薄れていき、画面には1つの単語が現れた。


『Failure.』


 それはおそらく、多数決の不成立を示す言葉だった。

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