第十一話 コンテスト当日 受付嬢の悲運

「ほほう。にぎわっているね」

「ひ、人が、い、い、い、いっぱいです、師匠!!! 」

「何このくらいの人混みで慌ててるんだ」


 軽くボクのローブを引っ張り震える体を寄せるニア。

 カーヴもかなり過保護に育てたようだ。

 このくらいの人混みならば王都に行けばいくらでも体験するだろうに。


 しがみつく弟子に溜息ためいきをつきながら隣にいるバトラーに目をやる。


「何やら視線を感じますね」

「……君もその姿。何とかならないのかね? 少なくとも町に出る姿じゃないと、ボクは思うのだが」

「これは私のアイデンティティですから」

「最初にこの服装を選んだのが間違いだったかね」


 キリッとした表情のバトラーに呆れつつも前を向く。

 ほとんどが観客だろうか。様々な服の者がいるな。

 所々ところどころ作業服の者もいる。恐らく職人だろう。


「バトラー。そっちは任せたよ」

「かしこまりました」

「バ、バトラーさんはどこかに行くのですか? 」

「なぁに。ちょっとしたおつかいさ。さぁ行こう。時間が迫っている」


 服にしがみつくニアをはががして前に進む。


「次の方どうぞ」

「は、はい! 」

「こちらに記載きさいをよろしくお願いします」


 受付嬢だろうか。目の前の彼女が木製の会場の入り口で手続きをうながした。


 しかし何だね。

 これほどに敵意てきい、というか侮蔑ぶべつのような視線を受けるのは久しぶりだ。

 周りの者を全て見下している感じがするね。

 本人は隠しているつもりだろうけど。

 受付としてどうだ、とおもうね。

 まぁあのゴミ商会の手の者だろうけど。


「……魔技師工房『カーヴ』。まだあったのですか? 」

「おや。あったら何か不都合でもあるのかい? 」

「貴方は? 」

「君は馬鹿かね。人に名前を聞くときは自分から名乗るのが礼儀れいぎだとならわなかったのかね? いやもしかしたら教えなかった君の親か所属する組織や商会に責任があるかもしれない。出品者や観客を不快ふかいにさせる言動げんどうをするのだ。後から苦情くじょうでも入れておこう。そうだな。それが良い。そうすれば接客の何たるかがわかるはずだ」


 彼女のまゆがピクリと動き苛立いらだちが見える。

 しかし接客せっきゃくが出来ないのに受付に彼女をおく商会も悪い。

 ここはビシッと言っておくべきだ。

 きっと今後に生かせるだろう。ま、商会が残っていたら、の話だけれど。


「……申し遅れました。私リリアともうします」

「へぇ。ボクは彼女が経営する魔技師工房『カーヴ』の……まぁかり従業員のようなものだ」

「新しい従業員が来るとは。潰れそうな工房に……。ご愁傷しゅうしょうさまです」

「はは。潰れることがまるで確定しているかのような言い方だね。なんだい? 心当たりでもあるのかい? 」

「……いえそのようなことは」

「まぁ君が何者で、本当はどこに所属しているなんて興味はないのだけれど一つ忠告するのならば、君のその態度をあらためないと今後厄介なことになるよ? 」

「……ご忠告ちゅうこく感謝します」

「ああ感謝したまえ。これでも人生の先輩だ。おおいに感謝したまえ」


 ひたい青筋あおすじが見えて体中を震わせている。

 ふふ、怒りがまっている。


 それにしても感情というものを制御できないなんて本格的にあの商会は人材不足と見た。

 彼女は周りに一般客がいるというのを完全に忘れているね。

 これは商会にとってマイナスだ。


「で、出品しゅっぴんしたいのだけれども、構わないかな? 」

「……特にございません。では出品を」


 カーブの工房を侮辱ぶじょくされてかニアが怒りで震えている。

 そんな中一つの指輪を取り出した。

 瞬間受付がまとっていた雰囲気が変わる。


「こ、これは……。コホン。受付完了しました。では席にてお待ちください」

「さぁニア行くよ」

「……はい」


 こうしてボク達は出品者席とやらへ向かった。


 ★


「まさかカーヴ工房からこのような物が出てくるとは」


 受付を交代したリリアはニアが提出した指輪を運営者室で見ていた。

 そこには様々な出品しゅっぴん物がある。

 そんな中でもニアの指輪は異彩いさいを放っていた。


 銀色の指輪にはめられた青い宝石。

 宝石の中には横に四つ、縦に二つの魔法陣が書かれている。

 それぞれが立体的に配置され魔導線ラインつながれていた。


「これほどのもの。恐らくカーヴが残したものでしょうね。あんな小娘こむすめが作れるはずがない」


 そして右に左に辺りを見渡す。


「誰もいないわよね……。ふふ。どうせ潰れる工房。なら有効活用してあげようじゃない」


 そう言い指輪を職員服のポケットに入れようとした瞬間――悪寒おかんを感じた。


「え? 」


 体中から冷や汗が出る。

 周りを見渡す。

 しかし誰もいない。


「き、気のせいよね」


 そう言いつつ再度指輪をポケットに入れようとすると全身の鳥肌とりはだが立ち吐き気がした。

 ガクガクと足が震える。

 何が起こっているのかわからない。

 だが、ただ気持ち悪い。

 吐きそう。


「い、一体何がぁ」


 彼女は横に倒れて指輪がポロリと床に落ちた。


 体調不良にさいなまれるリリアがいる中、他の職員が部屋に入ってくる。


「あれ? リリアどうしたの? 」

「これ何? 」

「わぁ綺麗きれい


 倒れる彼女を放って床に転がる指輪を手に持つ。

 そしてある女性職員が出品表を見つけた。


「カーヴ工房? 」

「昔あった工房の名前だよね」

「そうそうなんか最近話に聞かなかったけど……これカーヴ工房の出品? 」

「娘かな? 」

「確かカーヴさんが自慢じまんしてたよね」

「そうそう。稀代きだいの天才だって」

「あそこから親ばかっていうのがバレて」

なつかしいねぇ」


 そう言いつつ彼女達は指輪を机の上に置きその場を去ってしまった。

 倒れるリリアを置いて。


 リリアは他の職員とは異なりランド商会の職員だ。

 そもそもこのコンテストはランド商会がこの地にできる前からあり、ルーカスの町の数少ない娯楽ごらくの一つでもある。

 よって多くの客が入るのだが、同時に、一時的に町で運営職員をつのり人をやとうという昔ながらの運営方法が行われていた。

 運営には多くの地元民がいる訳なのだが横柄おうへいな態度を取るランド商会の職員は――彼らは気付いていないが――嫌われている。


 彼女が倒れていても手を貸さないあたりが証明しているだろう。


 ある程度体調が戻った彼女はあの職員達が向かった先をうらみがましく見つめつつ決心けっしんをした。


「もうこれに関わるのは止めておきましょう」


 そう言いながら指輪も一緒に審査しんさに回した。


 ★


「え? あの人ランド商会の人だったのですか?! 」

「……わからなかったのかい? 如何いかにもカーヴ工房を敵視てきししていたじゃないか。あれほどまでに分かりやすい敵対者というのはそうそうお目にかかれないと思うけれど」

「だ、大丈夫なのでしょうか……」

「なぁに。大丈夫だともニア君。きっと彼女は今頃地獄を見ているだろうよ」


 出品者席にて座りそう言うとニアが可愛らしくコテリと首をかしげた。

 彼女が何かしようとすると透明化したバトラーが威圧でも放っているだろうね。

 そっちは任せたよ、バトラー。


「さぁ、始まるよ。ニアの晴れ舞台だ!!! 」

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