第29話・約束

 ネットの力が凄いというべきか。想像以上に、エミシのネットへの影響力が凄かったというべきか。

 殆ど炎上と思うほどの勢いで、情報は拡散されていった。拷問屋敷について、怖いと思っていたけれど表に出さなかったという人が存外多かったというのもあるのだろう。

 ツイッターのトレンドには、いつの間にか逆打優や、愚者の行軍、拷問屋敷といった関連キーワードがずらずらと並んでいる。


「なんだか複雑です」


 サービスエリアでうどんの注文待ちをしながら、エミシがためいきをついた。現在、自分達はとあるサービスエリアで晩御飯を食べようとしているところである。フードコートで朝が三人分のご飯を注文しに行っていて、杏樹とエミシが席で待っているといった具合だった。

 なんて暢気なと我ながら思うが、道が混んできてしまったのでやむなくサービスエリアに入ったというのもあるのである。これは早めに一般道に降りた方が良いだろうか、と朝と相談していたところだった。

 幸い、帰り道では今のところ二人とも獄夢の世界に飲まれてはいない。


「いつもの凝った動画より、今日車の中でちょっと撮影したショート動画の方がやたら回ってるんですが。なぜに」

「あ、はは……そういうもんかもですね。小説家とかでもあるみたいですよ、すごく頑張って練った作品より、隙間時間に書いた作品のが評価されてしょんぼりするようなこと」

「タイミングとかもありますから、しょうがないのかもしれませんけどねえ。はあ」


 多分、杏樹に気を使ってくれているのだろうなと思う。自分のせいでエミシのピンチを招いた、と杏樹がショックを受けていることを知っているからだろう。本当は、こっちが彼を気遣うべきなのに本当に申し訳ないと思う。


「今回の事件が終わったら、今回のよりもっともっと凄い動画をアップして、挽回したいものです」


 コップの水を飲みつつ、エミシは言う。


「なんなら、杏樹さんと朝さんも出演しますか?紹介しますよ、今回共に戦った戦友ですって」

「か、勘弁してくださいよ!そう思っていただけるのは嬉しいですけど、朝はともかく私なんかブスだし……」

「そんなことないですって。杏樹さんは可愛いですよ、自信持ってください」

「そ、そうかな……」


 いくつになってもかっこいい男性、を体現したような人に言われるとなんだか照れてしまう。杏樹は誤魔化すように鼻先を掻いた。


「そ、その。……そういうこと言っちゃうと、フラグになってしまいますし。とにかく今は、事件を解決させることを考えないといけないですってば」


 この戦いが終わったら結婚するんだ、っていうのは最も有名な死亡フラグの一つだと言われている。あとはここは俺に任せて先に行け!とか。こんな奴は俺一人で充分だ、とか。まあようするに相手を侮ったり油断するようなことをしたら足元をすくわれるんだぞ、ということなのかもしれない。ド派手な攻撃をくわえて“やったか!?”と言ったら大抵相手が攻撃をかわしていて反撃を喰らうのと一緒だ。


「死亡フラグって言いますもんね。油断は確かに禁物です。……でも、辛い試練を乗り越えたあとのことを考えるのって、悪い事ばっかりじゃないと俺は思うんですけどね」


 フードコートの中は存外混んでいる。どうやら、たまたま観光バスが停まったのとタイミングが被ったらしい。妙に年輩の人が多いのは、きっと同じツアー客か何かなのだろう。自分達が席を取れたのはかなり幸運だった。

 旅行を楽しむような人は、基本的に心に余裕がある人だと杏樹は思う。実際、近くの席でお喋りをしている年輩の女性たちはみんな笑顔だ。これから楽しい場所に向かうのか、それとも楽しい場所で思い出を作ってきたあとなのか。

 お笑いライブの観客と一緒だ。笑うためにそこにいる、という人達は大抵心にキラキラとしたものを持っている、良い顔をしている。無論、ごくごく一部にマナーのなっていない客がいるのも否定はしないが。


「この試験が終わったら焼肉食べにいくぞ!でもいいんです。そういう希望を持つことが、試練を乗り越える力になる。だから、俺はその先のこと、を考えることも嫌いではありません。……共に乗り越えましょう。なんとしてでも共に、拷問屋敷を抜け出して生き残るんです」

「……エミシさん」

「大丈夫、俺は死にませんから」


 顔を出すようなユーチューバーなんて、みんな目立ちたがりやのチャラい人ばかりなんじゃないか。正直、杏樹もどこかでそう思っていた。実際、目立つためなら悪いことを平気でするという迷惑な人がいるのも事実なのだから。

 でも、少なくとも。目の前の人は違う。そりゃ、最初は動画を作ってお金を稼ぐために拷問屋敷の話に手を出してしまったのかもしれないが――本物の正義感や優しさを持たない人が、自分のような見ず知らずの女を助けるために命なんて賭けられないはずだ。


「……夢の中で。助けにきてくれて、本当にありがとうございます」


 杏樹は改めて、頭を下げた。


「今度は、私がエミシさんを助けますから。絶対、拷問屋敷を抜け出して……獄夢を終わらせる方法を見つけ出します」

「それは頼もしい」

「ええ。私だって、やる時はやるんですから!」


 朝はまだ戻ってくる様子がない。レジがだいぶ混んでいたようなので仕方ないだろう。本来なら運転していない自分が注文を取りに行くべきだったかも、と今思っても仕方ないが。


「ツイッターも大型掲示板も、拷問屋敷と逆打優の話でもちきりみたいですが……なかなか、愚者の行軍を読んだ事がある人が現れないですね」


 もう一度スマホを取り出し、マークしている掲示板をリロードする。普段からは考えられないほどの速度で書きこみが進んでいるが、愚者の行軍を読んだ事があるという人は一向に出現する気配がなかった。本当に、僅かとはいえ一般市場に流通したことのある本なのだろうか。確かに検索したらISBNも出て来たし、イヅナ出版という出版社も実在はしたようなのだが。




243:現代の文豪を語る名無し@元気なめろん

久し振りに胸糞悪い名前を聴いた

その出版社から自費出版で本出したことがあるのに、全然宣伝もしてもらえないし本屋にも並ばないしで、金払い損になったアマチュア作家です

倒産してたことも知らなかったんですけど


244:現代の文豪を語る名無し@元気なめろん

ていうか、そこ詐欺が疑われてたんじゃなかったっけ

自費出版で本売りますよーってすごい人集めたのに、実際は全然本を刷らなかったし本屋にも流通させなかったっつー




――これ、なんか本当みたい。ネットで調べたら、嫌な話が結構出て来たし。


 自費出版をやっている出版社は、今時珍しくもない。だが、それを使って詐欺をやるなんてのは論外だ。自費出版は作者がお金を払う代わりに本を出してもらって、それをきちんと売り込んでくれることが大前提なのだから。

 無論、アマゾンだけで本を売る前提ですよ、とか。少部数だからお安くしますよ、という契約で本を作ることもあるだろう。場合によっては、本人が思い出づくりのため、身内に刷る少部数だけお願いするということもあるかもしれない。ようは、同人誌の延長ようなものだ。

 だが、一般市場にも出回りますとか、本屋にも下ろしますとか、大量の部数を刷って広告もバンバン出して売りますよとか――そういう耳触りの良い言葉を並べまくったあげく、それらを全部すっぽかしたのだとしたら。それはもう、詐欺以外の何だというのだろう。


――しかも、大御所作家に盗作を疑われて、明らかに濡れ衣なのに二作目以降を干されたって。そんなことあったら、私だったら完全に心が折れちゃうよ……。


 ひょっとしたら。

 自分の本を出してくれる出版社がどんどんなくなっていって、困っている時に、甘い言葉をかけてきたのがそのイヅナ出版だったのではなかろうか。

 そうだ、朝はこう言っていた。




『逆打優は、デビュー作“七鏡の呪い歌”で吾妻ホラー賞を受賞した。それで一躍有名になったけど、その後が続かなかったのよね。いくつか本を出したけど、どれも七鏡ほど売れなくてかなりスランプに苦しんでいたって話。……“愚者の行進”は、そんな彼が再起をかけて出したホラー小説だったみたい』




 本人としては、小さな出版社から出そうが、人に読んでさえもらえればきっと評価してもらえる――逆打優の名を再び轟かせられるようなものを書いたつもりだったのかもしれない。だから、藁にも縋るような気持ちで、その出版社から本を出したのかもしれなかった。

 ところが、イヅナ出版は自費出版による詐欺を繰り返すようなあくどいところで、逆打優の本もほとんどまともに市場に出回らなくて――。


「……あ」


 そこまで考えた時、杏樹の脳裏に一つの可能性がよぎった。

 もう一度ツイッターを見る。更新しても変わらずトレンドに上がっている“逆打優”の名前。ツイート数はこうしている間にも増え続けている。


「ひょっとして」

「どうしました?」

「……わかったかも、しれません。この事件を起こした動機。その、もしこれが本当ならば……あまりにも無茶苦茶で、許しがたいことではあるんですけど」


 本来は実力のある作家。それが、本人にはどうしようもない理由で業界を干され、しかも酷い出版社のせいで再起をかけた本まで潰された。さらには本人は事故で昏睡状態になるという状況。

 悔しい、理不尽だ、許せない。そう思う人間が、世間への復讐や――もしくは、どんな手段を使ってでも彼の知名度を再び上げようと願うことは、充分に考えられるのではないか。

 実際、現状はその通りになっている。拷問屋敷の事件が、逆打優の小説とそっくりな状況だと自分達が突き止めて情報を流したことで、トレンドには彼の名前が上がり、僅かな部数しか刷られなかったその本をみんなが手にしようと躍起になっているのだ。彼の名前を上げたい何者かがいるとしたら、ヘタな広告よりよほど宣伝になっているではないか。

 無論、この推測が正しいという保証はないが。


「……エミシさん。逆打優さんには……恋人とかご兄弟とか、そういう親しい間柄の人がいたかどうか、ご存知ありませんか?」


 確かめる必要は、ある。

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