第21話・推理

 まだみぞる村のモデル、かもしれない溝地村に到着するには時間がある。考えるべきことは山ほどあるのだ。作戦会議をするのに、杏樹としても異論はなかった。

 昨晩の夢の中で、杏樹とエミシは合流することができなかった。しかし、お互いに得られた情報は少なくないのである。


「あたしの方でもわかったことはあるけど、まず二人の夢の話からいきましょうか」


 運転しているので、振り返ることなく朝が言う。


「やっぱり一番気になるのは、その館から脱出する方法があるのかどうかよ。エミシさん、玄関に鍵はかかってなかったって言ってたわよね?」

「はい。女の子は飛び出していきましたけど、鍵を開けている様子はありませんでした。ちなみに、一階の窓は何か所かチェックしましたけど、やはり窓はどこか開く様子はありませんでしたね」

「ってことは、出るだけなら庭に出ることはできる、と。問題は、庭に出てきた猿みたいなバケモノよね。あれ、人間の手で退治できると思う?」

「厳しいでしょう。一匹ならまだしも、何匹も同時に襲ってきたわけですから」


 エミシはあっさりと首を横に振る。


「仮にあれが、一般的な野生動物の範疇に収まる生き物だったとしましょう。……だとしても、個人的には下手な猛獣より、猿の類はよほど危険だと考えています。知恵を持っている、それを使って獲物を追い詰める術を知っている。その上で、力技で子供の両足を引きちぎるだけの腕力を持っている。仮に一匹で、あの場にいたのが俺であったとしてもやっつけられたかはかなり怪しいです。重火器でもあって初めて対処できたかと」


 つまり、何の対策もなしに庭に出るのは非常に危険ということだろう。

 ただ、エミシの話では、彼女が門に辿りつくまでは猿たちが出てくる気配はなかったというではないか。とすれば。


「その、猿みたいな怪物は、門をよじ登ろうとした相手を襲うように命令されてるって可能性は?」

「ありえますね」


 杏樹の言葉に、エミシは頷いた。


「つまり、この館の黒幕の命令を忠実に守っているということになる。それだけの知能を持っていることでもあり……門に近づかなければ襲って来ない可能性もあるということでもある。ただ、門を登らなければ本当に大丈夫なのかどうか試すのはリスクが高すぎる。やはり、庭に出ないのが最も確実な安全策かと」


 ついでに、壁は高くて登れそうになかったです、と彼は付け加える。やはり、簡単には脱出させてもらえそうにないらしい。

 無論、最終手段としては一気に庭を駆け抜けて、猿が来るよりも前に門を登ってしまうというのもあるのかもしれないが。基本的に、人間より猿の方が木のぼりは得意だ。多少高いところまで追いかけてくる可能性は高く、ヘタをしたら門を乗り越えても襲ってくるということも考えられる。あまりにも無謀だろう。


――ただ、何故そんなバケモノを庭に配置しているのか?という点が気になるといえば気になるな。


 門には鍵がかかっていた。乗り越えようとするとモンスターが襲ってくるということならば、門を超えると本当に脱出できるということでもあるのかもしれなかった。

 人間、本当に大事な宝箱の前には門番を配置して守りたがるものだ。

 庭を守られている、門を超えようとする相手を集団で攻撃する、というのなら充分に可能性はあるだろう。無論、だからこそそのままでは脱出できないということにもなるのだが。


――ていうか、もし門を乗り越えられるのが困るなら、もっと乗り越えられにくい門にしておけばいいのに。足を引っかけられない構造にするとか、電流でも流すような仕掛けを作るとか……そういうのができない理由があったのかなあ。


 また、南京錠?のような鍵がついているのもエミシは目撃しているそうだ。なら、その鍵を見つけることが脱出のクリア条件なのかもしれなかった。


「次に気になるのは、それをエミシさんに忠告した“まりこ”って女の子ですよね」


 杏樹は頭の中に、花子さんみたいなおかっぱ少女を思い浮かべながら言った。


「雰囲気的に、獄夢に登場するNPCキャラクターって印象ではあります。突然消えたことからしても、たまたま獄夢に巻き込まれた生存者ではなさそう。というか、庭の怪物の存在を知っていて本人が生きているケースって、エミシさんみたいにたまたま他の被害者が死ぬところを見ることでもない限り無いことのような」

「それは俺も思っていました。なんとなく、悪い奴じゃないように見えたが……敵でないと判断していいものか」

「でも、その忠告があったからエミシさんは助かったみたいだし」


 エミシは記憶力に自信があるらしい。まりこ、という少女が言った台詞を一言一句覚えていて杏樹たちに伝えてくれた。

 その内容は、以下の通りだ。




『お庭には、できれば出ない方が良いよ。特に、門には近づかない方が良いよ。あいつに見つかるよ』




 このあいつ、とは館の主のことかと。エミシがそう尋ねたら頷いたそうだ。

 それに、人間か、という問いにもわかんないと返してきたという。




『何で君はここにいるの?名字は何かな?』

『わかんない』

『このお屋敷から出る方法、何か知ってるかい?』

『わかんない』

『何で庭の外に出たら見つかっちゃうのか、教えてもらってもいい?』

『……怪物がいるから』




『怖い怪物がいて、お庭を見張ってる。あるじがいる時は出てこないけど、あるじがいないと出てくる。門にちかづくと襲ってきて吠えるからあるじに見つかるし、見つからなくても怪物に殺される』




 庭に出てもバケモノが出てこないタイミングは、館の主が庭にいる時らしい。が、それはそれで主に見つかったら捕まえられて拷問にかけられる身としては本末転倒なのだ。無論、あの猿どもの群れに襲われるくらいなら、館の主と鬼ごっこをしたほうがまだ勝算があるのかもしれないが――その主が、不思議な力や武器を持っていない保証はない。アレもアレで、どう見ても人間ではないのだから。

 そもそも、素の腕力で抵抗できる相手なら、あの蔵田宗介とかいう工事現場の作業員があっさり捕まることなどないに違いない。映像で見ただけだが、格闘技でもやっていそうなほど大柄でムキムキな男性だった。生半可なニンゲン相手ならば力負けするとも思えない相手が、こうもあっさり捕まって拷問部屋に投げ込まれたのだ。杏樹やエミシなどひとたまりもないだろう。


「南京鍵をどこかで見つけて、それを使って門を正式に開ければバケモノが襲ってこず、館から脱出できる。それが脱出条件、かもしれない。一応考慮には入れておきましょうか」


 車は料金所を抜け、高速道路に入っていた。ちらり、とナビを見た朝が渋い顔をしている。カーナビの地図には、あちこち赤や黄色の線が引かれていた。多分あれが、道路が混雑していますよ、というサインなのだろう。

 幸いにして、今日は夜まで雨は降らないだろうと言われている。目的が目的なので楽しい旅ではないが、それでも多少は爽やかな気分でドライブできることだろう。道路の覆いの向こうには、緑色の山々と青い空がはっきりと見えている。


「その女の子……についても今は考察できることが少ないわね。でも、今後もうまくいけば助けて貰えるかもしれないってだけでちょっと心強いかも。エミシさんの前に現れたのなら、エミシさんは気に入って貰えているのかもしれないし」

「そうだといいのですが」

「次。……これが結構重要かもしれないかと思ってるのよ、私は。杏樹が最初に隠れていた部屋だけど、聞いた様子じゃ私も不自然だと感じたわ。ベッドが二つだけで鏡台が一つだけ、って何のためにそんな部屋作ったんだか。女性の部屋として演出するにしても中途半端。化粧品の一つも入ってない。明かりもついてないのに部屋の中が見渡せるっていうのもなんだかね。まるで、洋館の怪しいお部屋、で誰かがイメージしたものをそのまま具現化しているみたい」


 それは、杏樹も思ったことだ。現実感も生活感も何もない部屋。あんな場所、どうして作ったのだろうと思うほどに。


「それに、パソコンがあったこともそう。戦後すぐのお屋敷って設定なのに、Windws10が入ったノートパソコンがあるってどういうことよ?しかも、カメラ映像みたいなの見せられたっていうじゃない。戦後すぐの日本にそんなハイテクなものがあったわけないじゃないの」


 朝のツッコミは尤もだろう。これが映画やテレビドラマなら、時代考証がガバガバすぎると盛大にツッコミを食らっていたところだ。

 否、そもそも最初の設定の時点でも奇妙なところだらけではあるのだが。


「仮に、本当にその殺人鬼がいたんだとして。その怨霊が、自分のことを知った人間を次々自分の拷問屋敷の夢に引きずり込んでいるだけなんだとして。……それなら、自分の時代になかったものを登場させるはずがない。そういうことですよね」

「ええ、そうよ。しかも、霊能者に尋ねたら、怨霊が憑りついてるわけじゃなさそうだってはっきり言われたんでしょ。だったら、やっぱりこれをやっているのは生きた人間なのよ。もしくは、幽霊でも人間でもない別のナニカってところね。これが、クトゥルフ神話にでも出てくるような神格だったら、私達人間に太刀打ちできるはずもないし完全にお手上げなんだけど」

「なんともわかりやすい例えですこと」


 エミシが肩を竦めた。


「しかし、クトゥルフ神話系のネタで言うのなら。そういう神格を呼びだすのは、大抵人間の魔術師でしょう。その人物をとっ捕まえて儀式を妨害すれば、完全な召喚は防げる可能性が高いはずです」

「さすが、ゲーム実況もするユーチューバー。話が早くて助かるわ」


 ルームミラーに、朝のにやりと笑った顔が映った。


「とにかく、溝地村に向かってみましょう。……それで、分かることもきっとあるはずよ」

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