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フレイヤはこの世界に転生した時から前世の記憶があった。

生まれた時から自我があり時々この世界の記憶ではない映像が頭の中に流れてきたからゆっくりと理解していった。


前世の自分の名前や容姿、家族構成は思い出せないが、それ以外ー自分の性格や嗜好、日本人として培った知識はあった。


今の自分はアスガルズ王国のスフォルツァンド公爵家フレイヤ・スフォルツァンドで、兄弟に双子の兄フレイがいる。


両親は政略結婚では珍しく想い合っているし、子供を愛してくれて兄のフレイとフレイヤも仲が良かった。



スフォルツァンド家は水と土の属性を持っていて、一年の半分を雪と氷で覆われ作物が満足に育たないアスガルズ王国を支えている。


フレイヤとフレイも水と土の属性を持っていて魔力量も多かった。


そしてアスガルズ王国第一王子シグルドと歳が同じだったので6才で婚約者に選ばれたが、その頃には前世にあった乙女ゲーム【エッダ物語~竜の加護を持つ乙女】の世界と似ていると気づいていた。


フレイヤは悪役令嬢になる要因のシグルドの婚約者になりたくなくて逃げ出そうとしたが、体が勝手に動いて王家のお茶会に出て、シグルドにも嬉しそうに自己紹介してしまった。


その時の絶望感は筆舌に尽くし難いものだった。


(強制力が恐ろしすぎますわーーー!

このままではわたくしの未来は破滅しかないではありませんか!!)


そう、ゲームでは両親と兄に甘やかされたフレイヤは傲慢で我儘な令嬢となり、将来ノルド学院に入ってヒロインであるフォルセティを虐めヒーローであるシグルドに婚約破棄される。

勿論断罪は公衆の面前で。


そしてシグルドの側近で二人の恋のスパイスとなるロキに殺されるのだ。


フレイヤを殺した動機は生かしておけばシグルドとフォルセティの害になるからで、シグルドはフレイヤ殺害を隠蔽する。


抵抗したいが、すれば体が勝手に動いて傲慢我儘令嬢の行動をとる。


今はまだ子供だから見逃されているが、大人になれば顰蹙物だ。


両親に相談したいが、今はフレイヤに甘い両親が断罪後はフレイヤと縁を切り領地の片隅に幽閉するような親なので信用出来ない。


兄のフレイは二年目のヒーロー(もしくは当て馬)なので以下略。


取り敢えず小さな我儘をちょっと傲慢に見えるように言ってみたら強制力は働かないと気付き、それで凌ぎつつ打開策を探るために書庫を読み漁りゲームにも出てきた【漆黒の塔】、そして【未来視】のワードを見つけた。


【漆黒の塔】ー200年前に結成された五人の賢者を頂点とした魔術師や魔導師、魔法騎士の集団を指す。

大陸の中央にある魔物の森を魔道具を使って結界で覆い、結界の維持や魔の森の管理を担っているのが漆黒の塔だ。


漆黒の塔に入るには厳しい試験があり、通過すれば国籍がなくなるので国に縛られない。


賢者になれば一国の王より上に立てる。


そして【千里眼】は3つの能力の総称で、一つの未来しか知らない者は〈夢見アレフ〉と呼ばれ、二つ以上の未来を知る者が〈未来視ギーメル〉と呼ばれる。

別の世界の記憶を持つ者は〈双眼者シン〉と呼ばれ3つの内どれか1つでも持っていればどの国で重宝される。


フレイヤは〈未来視ギーメル〉、〈双眼者シン〉に当たる。


王国に報告すれば王族と同等の権利が与えられるが、囲われ自由などなくなる。


(容姿端麗な公爵令嬢に生まれたのに王族の檻に入るなんてずぇったいに嫌ですわーー!)


心中で大絶叫したフレイヤの行き先は決まった。


邸にいた母に買い物に行くので馬車を出したいと伝えると「一緒に行きましょう」と言ってきたが断り、馬車に乗った。


「漆黒の塔に向かって。」


馭者は驚いていたが魔力の圧をかけながら笑顔で馭者を見ると、顔を青ざめて漆黒の塔に走り出した。


(今のはなかなか傲慢だったのではないかしら)


漆黒の塔の近くに着いて馭者に待っているように伝えると高速で首を縦に振った。


圧をかけすぎた?と申し訳なくなるも自身の命が最優先だ。


外から見た漆黒の塔はその名の通り3階建ての黒い小さな塔だった。


門番が二人おり6才のフレイヤに油断せず剣を突き付け誰何する。


フレイヤは怯みそうになる己を叱咤し、微笑んで(偉そうに)自己紹介した。


「わたくしはフレイヤ・スフォルツァンドでございます。

魔術師様にお話があって参りましたの。

未来を見たとお伝えくださいませ。」


剣を突き付けいた門番がピクっと震えたが剣を下ろす事も確認に行く事もなかった。


(失敗した?いいえ、漆黒の塔だって〈未来視ギーメル〉には興味があるはずですわ)


フレイヤは門番の冷たい目にも長時間(実際には数分)耐えていると、塔の黒い扉が開き中から藍色のローブを着た女性が出てきた。


「どうぞ中に入って。」


女性と一緒に中に入る。


体の中から何かがスゥーッと離れる感じがして体が軽くなったような感覚にフレイヤは違和感を覚えた。


しかし建物の内部はその違和感を吹き飛ばすほど広く豪華だった。


(外からは9畳位の広さしかないと思っていたけど、こんなに広いなんて。

空間拡張か外からの外観は幻影かしら?)


「空間拡張魔術を使っているの。

ここはアスガルズ王国であってアスガルズ王国ではないわ。

門番も人形ゴーレムよ。」


フレイヤの思考を読んだように女性が教えてくれた。


門番の表情が乏しかった理由がわかり、この中は別の次元になるのかもしれないと不安になるが、引き返す訳にはいかなかった。


応接間に案内され待つように言われて女性が出ていく。


程なく黒灰色のローブを着た初老の男性が先程の女性と一緒に入ってきた。


「待たせたかな。」


穏やかな声にフレイヤは急いで立ち上がりカーテシーをした。


「初めてお目にかかります。

フレイヤ・スフォルツァンドと申します。

お時間を頂き有難く存じます。」


「ははっ、しっかりした御子だな。

わしは隠者の称号を頂いているヴォルヴァだ。

賢者の方々はちと忙しくて隠者もわししか手が空いておらんが良いか?

未来を見たと聞いたが。」


漆黒の塔で第二位の位、隠者ならばフレイヤが【未来視】と知っても王国に引き渡しはしないだろう。


フレイヤは自分が別の世界から転生し、その世界でアスガルズ王国の未来を知る預言書に似た物があり、その書に17才で殺されると記されていたと話した。

そして未来が何パターンもありそれも全て説明した。


(乙女ゲームって言ってもわからないだろうし、預言書と言っても嘘ではないわ)


隠者ヴォルヴァと女性は話している間、一言も喋らずに聞いていた。


「お嬢さんは未来を変えたくてここに来たのかな?」


「はい、わたくしが未来を変えようとすれば預言書の通りに体が動き話してしまいます。

自分自身では運命を回避出来ないのです。

そして家族も王族も信用出来ません。

どうかお知恵をお借りしたいのです。」


「ふむ、まずお嬢さんが将来どうなりたいか、そして預言書がどれだけ正確なのかを知らなければ答えようがない。」


「えっ?」


隠者ヴォルヴァの話の前半は理解できたが後半は理解出来なかった。


「将来はこの国から離れられればなんでもよいのです。

最悪平民になっても。

預言書は書かれてる内容通りになってしまいます·····」


「ああ、言い方が悪かったね。

まずお嬢さんに平民は無理だ。

立ち居振る舞いが貴族令嬢だからね。

一人で髪も梳かした事もないんじゃないかな。

だから何か身を立てる術を考えなさい。

それから預言書の内容が学院に入ってから細かいが、例えばAからBに行くと書かれていた場合、少しでも歪んだら逆らった事になるのか、蛇行したり遠回りしてもАからBに辿り付ければ預言書に逆らった事にはならないのかを知りたいんだ。

わかるかい?」


フレイヤは目を瞬かせた。


その発想がなかったからだ。


「·····わかりません。

わたくしはシグルド殿下と婚約したくなくて、お茶会を欠席しようとしたり会うのを避けようとしていましたので·····」


回避ばかりしようとして別の方法等考えていなかった。


そんなフレイヤを隠者ヴォルヴァは優しい目で見守っていた。


「では宿題にしようか。

将来何になりたいか、預言書にどこまでの抵抗が可能か。

君の魔力量を見る限り魔法士を目指すのもありだと思うよ。」


魔法士。


そうだ、魔法士や魔道士になり漆黒の塔を目指したらいいかもしれない。


「わたくし魔法士になって漆黒の塔に入りたく存じます!」


フレイヤの勢いに隠者ヴォルヴァは一瞬驚き、次いで声をあげて笑う。


「ははっ、元気になったのはいいがそんなに焦って答えを出す必要は無い。

ゆっくり考えなさい。

君が〈未来視ギーメル〉であれば漆黒の塔は君を必ず守ると約束しよう。

だから安心して将来を決めても大丈夫だよ。」


その言葉にフレイヤは何年も張り詰めていた緊張の糸が途切れ子供らしく大泣きした。


藍色のローブの女性はフレイヤの傍に座って膝に乗せ泣いている間ずっと背中を赤子をあやす様に叩いてくれていた。

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