NO.003・ペガサス

 迎えた早朝。鳥の囀りと目元を照らす日の光で俺は目を覚ました。ぽっかり穴の空いた空間や機械の溶接音、焦げた臭いが昨夜の出来事を思い出させる。これはフィクションではない。現実なんだ。

「おはよ、アラート」

「うむ、やっと起きたか。お主の乗り物を少し改造して、最高速を上げておいたぞ。ついでに"おまけ機能"もちょっぴりな」

「本当か、ありがとう! ……もしかして寝てない?」

「当然じゃ。もしもVFCに寝込みを狙われたらどうする。ま、妾は眠くならないんじゃがな」

 その背中はなんだか悲しそうに見えた。

「頼もしいね」

警告アラートだからの」

「でも、それじゃアラートの心が疲れちゃうだろ。アラートが夜通し修理してくれた相棒で隣街までかっ飛ばすからさ、背中でゆっくり休んでよ」

「……むう」

 アラートは恥ずかしそうに顔を背けると、両腕に収まるサイズの箱に荷物を詰め込み、中心にあるボタンを押した。瞬間、箱は掌サイズへと収縮し、アラートの服のポケットへと吸い込まれていった。

「便利だな、それ」

「であろう? しかし体積を収縮させただけで質量は変わらぬ、あまり多くは持ち歩けぬの」

「うーん……それなら、まずは街を目指そう。街には迅速配達の預け屋がある」

「うむ? ならばそうしよう」

 俺は改造バイクにまたがり、ベルトで俺の腰とアラートをしっかり繋ぎ止めた。

「よし行くぞ、しっかり捕まってろよ!」


 数分バイクを走らせ、俺の自宅があるクォーター群へと辿り着いた。道中見たことのない生物の群れや雄叫びを聞いたが、あれもVFCなのだろうか。

「ついたぞ、ここが俺の住む街だ」

「ほ~。思ったより文明が進んでおるではないか。初めてお主を見た頃から思っていたんじゃが、もう毛むくじゃらの姿じゃなくなったんじゃな」

 毛むくじゃら……祖先のことを指しているのであれば、数千年も前の出来事だ。

「……アラート、一体いくつだ?」

「レディーに年齢を訊ねるとは無礼じゃの」

「ごめん」

 それから俺とアラートは街を巡り、必要な食料や衣類を集めて預かり屋の元へと向かった。

「どうも! 迅速配達の預かり屋です! ご愛用ありがとうございますー、いつでもどこでも、お呼び頂ければ例えフェイルの果てまでも一時間以内に荷物をお届けします!」 

「ふむ、一時間以内か……荷物の情報はどう管理しておる?」

「それはこちらの端末に詳細を……」

「貸してみよ」

 アラートは預かり屋から端末を受けとると、何やら自分の荷物と合わせていじり始めた。

「……うむ、これでどうじゃろう。お主よ、ここの項目をタップしてみよ」

「こうか?」

 俺が黒い箱の項目に触れると、預けたはずの黒い箱が俺の足元に出現した。そして、預かり屋の背後に置いてあったはずの黒い箱は無くなっている。

「ええっ!? 今の、どうやったんですか!?」

「これは転送技術じゃ。本来は妾らが他の文明を進めるのはご法度なのじゃが、今回ばかりは致し方あるまい」

 熱い感謝を背中に受けつつ、俺たちは預かり屋を後にした。バイクにまたがり、隣街へと向かおうとしていると、街の警備隊の服装をした男に引き留められた。

「止まれ。街での武器の携帯は禁じられているはずだ。速やかに武装を解除し、投降せよ」

「待ってくれ、俺たちは別に――」

「聞け、フェイルの者よ」

 俺がたじろいでいると、アラートはすっと前に出て、銃口をこちらに向けている警備隊の男へと歩み寄った。

「妾はアラート。サクスの命でお主らの星を宇宙船にて警備していた者である。先日の宇宙船墜落についてはお主の耳にも届いているであろう?」

「あ、ああ……確かにそうだが。それとこれとは話が――」

「各地で危険生物が相次いで観測され、救護依頼などが集まっているのであろうな。仲間を向かわせているが故に、お主は一人。違うかの?」

「…………」

「どうじゃ、妾たちの武器の携帯を不問にし、墜落した宇宙船の破片の位置情報を共有してくれるのであれば妾たちも微力ながら力を貸すぞ?」

「だが…………」

 悩む警備隊の男を、影が覆った。男の頭上にに羽の生えた二本角の馬が現れたのだ。

「VFCか!?」

「うむ。あれはNo.003ペガサスじゃなー。肩慣らしにはちょうどよい、装備を整えたお主の実力を見せてやるのじゃ!」

 警備隊の男は悲鳴を上げて物陰に隠れ、VFCを目撃した人々は様々な反応を見せつつ、こぞって逃げ去っていった。俺は街が壊されないようアポロスガンで牽制しつつ、VFCを港へと誘導した。

「――戦の才能があるようじゃの、上手い」

 執拗に突進を繰り返すVFCを寸前で交わし、何度も足元に斬撃を加える。

「足元だけじゃ致命傷は与えられぬ。頭を攻撃するのじゃ!」

「……わかってる!」

 初めてVFCと戦ったときの記憶が蘇る。ジャンプは全然届かず、アラートがいなかったら死んでいたかもしれないという恐怖の記憶。足がすくむ、悪い想像が浮かんでくる。

「案ずるでない。エネルギー充填完了じゃ、恐れずに行くがよい!」

 失敗しても大丈夫。アラートが守ってくれている。俺は足に全身の力を乗せ、地面を強く蹴った。

「――――ジュピートリング、かの」

 俺は自分の背丈の倍ほど跳び上がり、VFCの頭を捉えた。しかしVFCも負けじと最後の力を振り絞って傷だらけの足をしならせ、空中で剣を振りかざす俺に向かって額の角を向け跳び上がった。

「うおおおおっ!」

「ファロロロロロロロ!」

 太刀と突進の交差。

 俺は角を服の皮一枚で避けてVFCのこめかみに剣を振り下ろし、慣性そのままに地面へと転がり込んだ。立て膝の状態で剣を背に回し鞘へ納めると、VFCは耳をつんざくような悲鳴を上げて粒子となった。

「アイツ……やりやがった……!」 

 警備隊の感嘆が聞こえたところで、全身から力が抜けていくように俺は地面に背をつけた。

「終わった……」

 感傷に浸りつつ、立ち上る粒子を見上げる。綺麗、美しい――そんな単語では表せないような。神秘的、とでも呼べば良いのだろうか。

 不意に、アラートの顔が俺を覗き込んだ。

「これしきのことで浸るでないわ。これから妾たちは数えきれないほどのVFCと対峙するのじゃぞ。ま、妾にエネルギーを使わせなかったことだけは評価してやっても良いがの」

「ははっ。ありがとっ」


「――仲間への伝達はしておいた。これでフェイル中どこを回ろうと、銃器の使用を問い詰められることはないだろう。だが、不当な使用と判断した場合は全身全霊で貴様らを捕まえるからな。覚悟しておけ」

「あー…………はいはい」

 有事の際に一目散に隠れたくせに、図太い男だなあ……。苦笑を向け、俺とアラートはバイクに乗り込んだ。

「ああ、それと。現在各地で目撃されている宇宙船の墜落現場の位置情報については、アラート様の持つデバイスに記録しておいた。これからも発見され次第更新していくつもりだ」

「ありがとうございます」

 いつのまに、とアラートの方へ顔を向けると、アラートは難しそうな顔をして宙に映し出されたモニターを見つめていた。

「まだまだ情報が足りぬな」

「仕方ないよ。まだ昨日の今日なんだし」

「……そうじゃな。旅の資材も整えたことじゃ、気長に行くとしよう」

「危機感ないなぁ。よし、出発!」

 俺はハンドルを捻り、エンジンを吹かした。街を発とうとした瞬間、またしても警備隊の男に呼び止められた。

「ちょっと待ってくれ」

「ああもう、今度はなんですか?」

「ついでに発見されたVFCの特徴や救護依頼についてもデバイスに送信しておく。研究のため、民のため、目的に差し支えない程度で現場に向かってくれるとこちらとしても助かる」

「はいはい、わかりましたよ」

 宇宙船で研究されていたVFCの記録と、民間人の救護。宇宙船作りに必要なパーツを探しつつ、平行で行っていけばもしかしたら、フェイルは滅亡しなくて済むのかもしれない――――。

「さあいくぞ。次の目的地はクォーター群南東のウォーレイズ湿地じゃ!」 

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