第37話 マリアが来た(2)
「改めまして、マテュティナ・ツー・レムス子爵夫人です。夫はしがない領主で、私は作家を営んでおります。アルフィン様、
場所を家の居間に変えると、マテュティナさんは丁寧な挨拶をしてくれた。
おっそりとした感じを受けるが、
「(担当官さん。どうしう事ですか?)」
「(どうしてこうなったのか、私にも判りません。昨晩、突然にやって来られました)」
「(昨晩ですか。この町に到着するなり、私を呼び出して、私の家に・・・・・・・・・・・・)」
マテュティナさんは異世界文学愛好家の会長だそうだ。
その愛がはみ出して、自ら異世界を舞台にした小説を書いていると言う。
ペンネーム『マリア』が会長と知っていたが、レムス子爵夫人とは知らなかったそうだ。
「(以前、代筆で紙やインクを投資して大丈夫かと、アル君が心配してくれたじゃないですか。愛好家の皆さんが高値で買い取ってくれるから投資できました)」
「(マテュティナさんが買ってくれると言う訳ですね)」
「(そうなります。私が送った写本はさらに写本されて、原本を提供した私に原本料が入る予定だったのです。もちろん、写本1冊ごとに写本代もアル君に振り込みますよ)」
担当官さんがそんな事を言っていた。
料理レシピや論文に使用料はいらないが、小説は写本すると写本代に銀貨1枚が原稿料として入ってくる。
それが俺の副収入になると言われていた。
マテュティナさんは異世界のライトノベルである『マリかの』が如何に素晴らしいかを語っていた。
素晴らしいのか?
ローマ帝国が分裂し、皇帝が帝国領を立て直すが、皇帝と教皇の対立から再び分裂して、フランス革命前夜のような王国に、他国の独立運動と産業革命の波が一気に押し寄せてくる剣と魔法の学園ファンタジーだ。
「と言う訳で、原稿プリーズです」
「何がと言う訳ですか?」
「次巻のラスト原稿です」
「あれですか。待って下さい」
15巻のラスト原稿を戸棚から取り出して、マテュティナさんに渡すと食い入るように読み始めた。
この15巻を誰よりも早く読みたい為に王都から態々やって来たらしい。
どこの世界でもファンは熱い。
昨日、この町に到着するとその足で行政府に行って担当官さんに会うと担当官さんの家で15巻の原稿を読み、13巻、14巻の原稿を読み返したようだ。
あのミミズが這うような原稿を読んだらしい。
「(よく保存していましたね)」
「(私の宝です。捨てる訳がありません)」
俺もかなり字が巧くなって来たが、課題をクリアーするのはまだ足りない。
相変わらず、代筆を頼んでいる。
提出された小説の課題は季節毎に王都に送られ、審査の後に公開される。
公開するモノは原本ではなく、写本である為に順番待ちがある。
順当に行くと、公開されるのは一年後になる。
「正式公開の一年後など待てません。発見された『マリかの』は王都300万人の読者が今すぐに読まれるべきなのです」
「(300万人も読者がいるのですか?)」」
「(恐らく、います。でも、写本が出来るのは1,000人くらいの貴族のみです)」
俺は担当官さんと小声で会話を繰り返す。
「そうなのです。写本ができる方が少ないのは私も疑問に思っておりました。やはり、すべての初等科の図書館に置かれるべきです。いいえ、すべての村に図書館を設立して置かせましょう」
「(この人は何を言っているのですか?)」
「(マリア様の父君は王都三公の一人、レムス公爵の弟君であられ、公爵家を実質で仕切っていると噂されています。その気になれば、出来ない事はありません)」
マテュティナさん、トンでもない人を父親に持っているな。
その父君に前国王の娘が嫁いで来た。
お母さんは王族だ。
マテュティナさんのお母さんが産んだ子に限って準王族を名乗れるらしい。
前レムス公爵が孫娘を溺愛しているそうなので、担当官さんは行政副長官から直々に「絶対に粗相をしてはならん」と警告を受けたらしい。
前レムス公爵も準王族で、同じ準王族の孫が可愛いようだ。
「(マリア様の御子を次期国王の皇太子の婚約者のするおつもりだそうです)」
娘が皇太子の婚約候補らしい。
実現すれば、未来の国王の義理の母上様ですか?
凄い人が来ているな。
とにかく、レムス公爵家は王族と同等という認識で接するようにとのお達しだ。
「アルフィン様。次の原稿を書いて下さいませ。その為ならば、私はすべて力をアルフィン様の為に注ぎましょう」
俺にパトロンが付きました。
取り敢えず、1巻に付き1金貨一枚で金貨3枚を頂きしました。
金貨ですか?
突然、大金持ちだ。
王都の屋敷に来てくれるならば、月に金貨300枚を支給すると言うと母さんが気を失いました。
まぁ、断りましたけどね。
オマケ話が1つ。
マテュティナさんは帰り際に親父の靴屋に寄った。
「アルフィン様の父君に私の靴を作って頂きたいのですが、宜しいでしょうか」
「もちろんです。どんな靴がお入り用でしょうか?」
「普段用です。これと同じようなモノを下さい」
履いていたのは最高級の皮靴だった。
革靴の予約を入れて貰った親父が喜んだ。
いつまでも手付金の金貨5枚を握り締めていた。
素材は別途商人に頼んでくれる。
辺境の町の下層居住区に準王族の靴屋御用達が誕生した瞬間だった。
これでいいのか?
あっ、そう言えば。
その金貨5枚は一枚も家に入らず、最高級の革靴を作る為の道具に消えたとさ。
親父らしい。
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