第19話 常識、常識、常識・・・・・・・・・・・・面倒だから捨ててもいいですか?
魔術士は母さんや姉さんを追い出して食堂を占拠し、テーブルの上に会話の漏洩防止の魔術具を起動する念の入れようである。
準備が終わると魔術士のおっさんが話し掛けた。
「この辺りの冒険者パーティーに所属する魔法使いの魔力量が幾らか知っているな?」
俺は首を横に振った。
報告書には冒険者パーティーが手伝ったと書かれていたそうだ。
担当官さん曰く、始めからすべて3歳の俺がやったとするのは周りの人が信じてくれないと考えて、知り合いの冒険者パーティーの名前を借りたそうだ。
古くから担当官さんの実家の宿屋を使っており、最近戻って来て、この町を拠点とする実力のある冒険者パーティーらしい。
段取りは冒険者パーティーが行い、維持を俺が行なっている。
そう言う事になっていた。
現場を見に来たのは担当官さんのみだ。
工房区に近い場所に西側に畑を作り、逆側の東から菜の花畑を拡張している。
遊び程度の家庭菜園と書かれてあったが、草刈りが終わった所が畑になると冗談で済まされない広さになる。
まず、その規模に眉を
「魔法使いの魔力量はファイラーボールに換算すると4発程度だ」
今度は俺が眼を丸くする。
少な・・・・・・・・・・・・い。
魔術士は魔力が豊富であり、そんな微々たる魔力量ではない。
このおっさんは例外に入るのか?
「魔法使いの魔力量はその家の遺伝に大きく左右される。貴族、あるいは、元貴族の血筋でなければ、そんなモノだ」
「俺の魔力量が多すぎる?」
「そんな事はない。名門貴族の子息3歳ならば、問題のない総量だ」
俺は胸を撫で下ろした。
「だが、魔法が使えた事で様々な所に懸念が起った」
「もしかして、貴族の3歳は魔法が・・・・・・・・・・・・」
「使えんな」
名門貴族の子息は魔力を保持しても魔法は使えない。
王国で有名だった魔導師が転生しても3歳の頃は実践的な魔法が使えなかった。
子供でも魔法が使えるのは魔人のみだ。
「俺は違います」
「知っている。赤子の時に魔力量を計ったのは俺だ。お前は平凡以下の魔力しかなく、記憶を呼び起こす魔術具の維持を自力で出来ない程度だった」
あの魔法具は俺の魔力を吸って起動するモノだったらしい。
だが、俺の魔力のみでは足りないので魔石に役人が魔力を注ぎに来ていた。
平民が自前で維持できないのは普通であり、俺も例外ではなかった。
そして、貴族の赤子ならば自前の魔力で装置の維持ができる。
「何故だ。魔力量が乏しかったハズのお前が、今は名門の貴族子息と同等の魔力を保持している」
「この世界には、若い者が魔力を使用すると魔力が伸びるという定説はないのですか?」
「無いな」
賢者の仮説では、魔力は使えば使うほど魔力総量が増える。
そして、幼少期ほど成長率が著しく、年を重ねるほど成長率が落ちて行き、15歳から20歳位で成長期を終える。
但し、これを立証するのは難しいと書いていた。
幼少期は魔力の総量が少なく、すぐに枯渇してしまう。
対象が赤子なので実験もできない。
一方、枯渇した後に魔力の総量が増えているのは立証できていた。
多くの魔法使いが弟子に魔力が枯渇するまで魔力を使用する事を課していた。
俺もそれに倣っている。
「その話はこちらでも論文になっている。実証されていないが、貴族の間では広く信じられており、密かに実践させている家も多い」
「何故、実証されないのです?」
「その家も実験結果を秘匿するからだ。実践して魔力が増加したのか、元々所有していたのか、実態を誰も把握できない。それでどう実証しろと言うのだ」
どの家も魔力を増やす方法を公開しないのか。
名門貴族ほど、下級貴族が魔力を増やすのを望まない。
魔力を増やす方法は秘匿する。
不毛だ。
「賢者は動けるようになると魔力循環を実践しましたが、元の世界では失敗したと書いてありました」
「あの世界には魔法が存在しないからな」
「賢者の世界では、生まれた赤子の手を取って魔力循環をする風習があったそうです」
ほぉ~っと魔術士が興味深く乗り出した。
賢者の世界では、この伝承の研究が行なわれていた。
同じようにしても魔力が増える子とまったく増えない子が出てくる。
研究の結果、まったく一貫性がない事が判ったらしい。
残念ながら迷信であると証明された。
それでも先祖代々が続けてきた儀式なので伝承しているらしい。
俺がそう告げると、魔術士が詰まらんと言う顔をして椅子に腰掛け直した。
「慌てないで下さい」
「まだ、続きがあるのか?」
「いいえ、賢者の話で続きはありません。ですが、俺が経験した事を踏まえると嘘ではないという仮説が立てられます」
「関連性はないと立証されたのだろう」
「俺が思うだけですが、循環を経験した赤子が面白がって真似た者のみに魔力の増加が起り、眺めていただけ、不快さを感じた赤子には魔力の増加がなかったのでないかと思うのです」
「それがどうした?」
「赤子が自分の意思で魔力を動かすのに意味があると思いませんか?」
俺がそう言うと魔術士が思考する。
迷信は迷信ではない。
魔力循環のみでも魔力の増加があるのではないかと言う俺の結論に達した。
魔術士が「まさか!?」と小さく呟く。
「赤子に近いほどが成長も早い」
「だが、無理だ。赤子が意図して魔力を動かすなどあり得ん」
「転生者でなければ、無理ですね」
「なるほど、転生者か!?」
俺は転生者でも難しいと思う。
誰かが赤子の手を取って魔力循環のコツを教え、転生者がそのコツさえ覚えれば自力で魔力を増やして行けるという条件付きだ。
実際、俺も最初は雲を掴むような状態だった。
賢者の知識があっても巧く行かなかった。
しかし、姉さんが揺り箱から俺を連れ出そうとした時に生命の危機を感じて、揺れる感情の中で魔力循環と肉体強化の魔法を咄嗟に体得した。
生死の感情が溢れ出し、魔力量が一気に吹き出したのだろう。
一度、コツを掴めば、後は楽だった。
感情の起伏から魔力が増加して拡散する。
気性が激しい子供は泣き叫びながら魔力を拡散し、減った魔力を補充する為に魔力の総量が増えるのではないかと俺は推測する。
泣く子は育つというが、正にそれだ。
「無理に泣かせて魔力増加か? 性格が歪む子を作り兼ねないな」
「ワザと泣かせる必要もないと思います。この世界には魔力を吸収する魔道具があるのですから、成長を阻害しない程度に魔力を吸収するのはできるのはないですか?」
俺がそう言うと、魔術士が固まってしまった。
そして、しばらくすると椅子に座り直して笑い始めた。
ははは、笑いながら「出来る。出来る。出来ない事はない」と何度も頷いた。
どうやら俺は魔術士の期待に添えたらしい。
「ははは、最悪の結果だ」
どういう意味だ?
俺の成長の秘密が判ったので良かったのではないのか。
ちょっと不機嫌になった。
だが、それ以上に魔術士のおっさんが真剣な顔になって話し始めた。
「いいか。この秘密は絶対に他に漏らすな。漏れれば、命の保証はない。おぃ、担当官ティンク・フォン・リトルス。お前もだ」
「えっ、私もですか?」
「私もですかではない。この事を上司に報告すれば、命の保証はないと思っておけ」
「どうしてです?」
完全に蚊帳の外と思っていた担当官さんが慌てた。
しかも、突然に命の保証がないだ。
完全に取り乱している。
「いいか、良く聞け。この情報は国王が秘匿したくなるような機密情報だ」
「う、嘘ですよね」
「嘘ではない。どこの貴族も魔力量を増やしたい。だから、その情報を隠匿する。国王も例外ではない。王は子息の魔力量を増やしたい」
あぁ、そういう事か。
魔力量が増やせる情報は、誰もが欲しがる情報なのだ。
しかも他者には漏らしたくない。
つまり、知っている者は少ないほど良い。
「この情報は魔法省外局の上層部のみで扱う。少しでも漏れれば、機密院が動くと思え。小僧は捕獲されて幽閉。その他の者は抹殺される。そう思っておけ」
「何ですか。怖すぎますよ」
「脅している訳ではない。事実だ」
「なお、悪いです」
「いいか。行政長官や領主にも聞かれても話すな。小僧の事は可能な限り隠匿すると、二人にはそう言っておけ」
「私がですか?」
「俺が相談に行くと勘ぐられる。厄介事を起こしたくないので、俺から隠匿するように命令されたと言っておけ。そして、行政長官や領主の二人を
俺の使っている魔法も貴重らしい。
隠蔽のない魔法陣は学校の教材に適しているが、発表すると魔導師協会が俺の捕獲に動き出す。
貴重な魔導師候補を確保したいと思うそうだ。
すると、魔導師のパトロンである大貴族が介入する可能性があり、争奪戦は厄介な事しか想像できないと言う。
行政長官と領主は俺がこの町から奪われるのは嫌なハズだ。
町を開拓する為にも確保したい。
そう言う話をして、二人を担当官さんが唆せと命令した。
担当官さんにできるのか?
「いいか、小僧。お前も平穏に暮らしたいならば、大人しく暮らせ。俺は平穏に暮らしたい。故に、これ以上は厄介事を起こすな」
「厄介事って・・・・・・・・・・・・」
「派手に魔法を使って、魔人に間違えられただろう」
「知りませんよ。そもそも魔法を魔法具に書き込むのは、貴方の課題だったハズです」
「初等科に入学するまでに出来れば良かった。季節一つで出来ている方が可笑しい」
無体な事を今更言う。
だが、魔術士は俺を指差して本気で怒ってきた。
自分がどれくらい危険な立場にいるか、自覚がないと怒りを露わにする。
ちょっと魔法を使っただけじゃないか。
魔法を使わないと魔力量が増えない。
魔法を使わないのはあり得ない。
俺にどうしろと言うんだ。
「だから、常識を学べと課題を出しただろう」
常識、常識、常識・・・・・・・・・・・・面倒だから捨ててもいいですか?
二人が項垂れた。
冗談ですよ。
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