第3話 記憶なんて忘れた儘がいい。
記憶というのは曖昧なモノだ。
忘れるという事に理由があるのだ。
俺はそんな事すら知らなかった。
魔道具で記憶を穿られた俺は映画でも見るような気分で観客となっていた。
まるでバーチャルゲームだ。
目で見えるモノが視界に入り、会話が聞こえる。
残念ながら賢者が考えていた感情は漏れて来なかった。
俺は母に捨てられて狂気に走った訳ではなかった。
父が飛行機事故で亡くなるまでは、賢者も大人しく普通の赤子を演じていた。
だが、父が亡くなると巨額の負債が舞い込んだ。
IT企業を経営していた父は巨額の借入金を持っており、開発者である父が居なくなった事で事業の失敗が見えて同期の部下達が逃げ出したのだ。
すすり泣く母に現実が襲い掛かった。
部下達が別会社を設立するのは裏切りでないだろうか?
父の会社は倒産して借金が残った。
母は親戚筋を頼って金を無心するという毎日を送った。
世間は冷たい。
返って来ない金を貸してくれる親戚は居なかった。
それでも母は両親や兄弟に縋った。
痩せ細る母を見て賢者は動いた。
母の口座から残っている金を株式に投資すると、瞬く間に一財産を稼いだのだ。
無心に疲れた母が家に帰って来ると、顧問の弁護士と税理士が並び、見知らぬ証券の代理人が座っており、借金が完済された事を聞いて腰を抜かした。
賢者の説明では、魔術におけるバイオリズムと株式のバイオリズムが似ているので予測は簡単だと言う。
俺にはサッパリだ。
難しい話を聞いていた三人も判らないという顔をしていた。
賢者は母の為に金を稼いだ。
だが、日に日に母が賢者を見る目が厳しくなり、遂に金を持って新しい恋人と家を捨てて出て行った。
賢者は落ち込んだ。
それ以降、株式に手を出す事は無くなった。
賢者は大量の本を買い漁り、読書三昧の日々を過ごした。
小学校にも通わない不良だ。
その本の中に江戸時代の国文学者
賢者は消えゆく自分の為に妄想ノートを書き始めた。
残される俺の為に書いてくれていたのだ。
パソコンのハードディスクに事細かな魔術の詳細を残していたなど、俺は全然知らなかった。
対魔王戦に用意した究極魔法の術式もスキャンで取り込む念の入りようであったのに、妄想ノートからハードディスクに繋がるとどうして思ったのだろうか?
賢者が考えていた事は俺には判らない。
助手の彼女も同じだった。
賢者はこの世界の魔術にも興味を持ち、魔術を調べる過程で大学の教授などと知り合い、学会などで発表するようになっていた。
彼女は高校でオカルト部に所属する生徒であり、大人の前でも毅然と発表をする賢者に憧れた。
彼女は俺の家に通うようになり、大学生になると助手として雇う事になったのだ。
その頃から賢者が薄れてゆく。
それとは真逆に俺が彼女の興味を持ち始めた。
賢者の存在がさらに薄れた。
俺は手元にある魔術理論を半分も理解しておらず、次第に彼女に聞く事が多くなった。
彼女が首を傾げる事が多くなる。
一方的な恋愛感情を持っていた俺は彼女の変化に気づいていなかったのだ。
彼女の機嫌を取れば取るほど、彼女の気持ちが離れて行く。
俺は馬鹿か!
取り繕うとする俺を見て、昔の俺を何度も殴りたくなった。
彼女が裏切ったと責めた事を後悔した。
賢者も人付き合いが不器用だが、俺も不器用だと反省させられた。
自分の過去は反省しか出て来ない。
最悪の映画だ。
終わった事でほっとする。
母に抱き上げられて、乳を貰って満腹になる。
疲れた。
今度こそ、安らかな眠りに付けると思った所で魔道具が作動する。
強制的に二周目が始まった。
一日3回。
これが一年間も続けられるのだ。
どんな感動的な映画でも2度も見れば飽きてくる。
それを千回以上も強制的に見せられる。
俺は気が狂いそうになった。
こんな残酷な魔道具を付けた魔術士に敵意を抱かない訳がなかった。
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