第11話
夜は、深い。
寝静まる世間を背に、僕は開いたカーテンをそっと閉じる。
そんな夜よりも、ずっとずっと重い空気が室内に充満している。
「どうしたんだよ、俺たち友達じゃんか」
僕の知る限りにおいて世界で一番むなしいこの言葉が、僕の喉元を何度も何度も行ったり来たりしている。
学生にとって最も怖いのは、親に怒られることでもなく、先生に見捨てられることでもなく。
友達と喧嘩することでもなく。
友情の一方通行なのだ。
楽しいことが起きた時、僕は君を思い出すし、辛いことがあった時、僕は君に話したいと思う。
僕の先にいるのは、いつだって健太だった。
健太はいつだって、僕の味方だった。
何でも聞いてくれるだけが友達じゃない。
何でも認めてくれるだけが仲間じゃない。
彼は、時に僕を非難し、時に僕を導いた。
友とは、かくあるべきだ。
彼は、いつもそうだった。
今の僕を見ずに。僕の未来を見た。
それでいて、答えを渡さなかった。
確か、2年の秋だったと思う。
健太は、成績が伸びずに親から部活を辞めさせられそうになっていた時。
けど、部の中では健太の存在は重要らしく。
色んな任されごともあったらしい。
多くを抱えて、周りには理解されなくて。
やっぱり成績も奮わなくて。
深く潜り続けている時期があった。
何か僕にできることない?ってしつこく首を突っ込んだ交差点で。
行き交う車を一瞥しつつ、道路脇の縁石に片足を置きながら、横顔で彼は話した。
「人は寄り添って生きてるって誰かが言ってた気がするけど、結局最後は自分だから。大丈夫。寄りかかっちゃダメなんだ。ありがとう、気持ちはもらっとくよ。タダだしな!」
「安いとかタダとか、それは僕が言うことなんじゃない?」
そう言って笑った。
きっと、健太は僕が思っているよりもずっと大人で、見えない苦労が彼を強くしているんだろう。
多分、俺は答えを持ってる。
拓己、お前のキャラクターも分かってる。
正解かは分からないけど、こういうとお前の気持ちは楽になるんだ。
でも、ダメなんだよ。
自分でもがいて、自分で失敗して、自分で気付かないと意味がないことだって、あるんだ。
面倒くさいよな、こっちまで嫌になるよ。
◆ ◇ ◆
カーテン越しの月明かりが、虚空を貫く。
こっちがどれだけ近付いても。
どれだけ言葉で埋めようとしても。
追いつけない。
同じスピードで逃げている?僕に背を向けている?
けど、健太の背中は地平線の向こう側にいるくらい、遠く、ぼんやりとまどろんでいた。
しばらくして、ようやく。
「お前、変わったろ?」
健太が噛みつぶすように言った。
「何が?僕はいつも通りだよ」
「明るくなった」
「それは、そうかも。何だか、いつも測られてる気がしてたんだ。こうあるべきだっていう物差しをみんなが持っていて。そこからこぼれ落ちると、世界に必要のない存在になるような。」
「話、反らすなよ」
「反らしてないよ。けど、このクラスに来て、そうじゃなくてもいいんだって思ったんだ。その人の世界に自分が必要なくても、そんなこと、どうだっていいんだって。」
「何かお前、軽い人間になったな」
「確かに、気持ちは軽くなったけど。けど、僕は変わってないし、いつだって普通だよ」
ようやっと、この何とも言えないわだかまりの根っこに気づいた僕は、もう聞いているのかどうかも分からない彼の背中にこう続けた。
「同じ部屋で良かったよ。ホテルのロビーで考えてたんだ。買い食いが先生にバレた時の話とか、カラオケで飲んだメロンソーダの味とか。健太に聞いてほしい話もいっぱいあるし、健太の最近も聞きたいなって。別に一緒にいるだけが友達じゃないんだと思う。けど、もうちょっと同じ時間を過ごした方が良かったのかもね、僕たち」
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