第22話 花祭り―邪魔者―
約束の時間を大幅に過ぎてからの花祭りは順調に進んだ。ヒンメルがラフレーズを待っている間に入っていた雑貨店は、彼が言った通りラフレーズ好みの品が揃っていた。特にラフレーズが気になったのは動物の形をしたスイーツ皿だった。
猫、犬、鳥、兎、熊、羊まで。可愛い動物のスイーツ皿を吟味し、羊のスイーツ皿を見つめてメリーくんを思い浮かべた。大きな鳥の精霊クエールは大丈夫だろうか。時間が経てば魔力が戻って元気になるとメリーくんは言っていたが、精霊が激しく魔力を消耗してしまう現象の原因を突き止めたい。
精霊達の為にも。
精霊は他の人には見えない、ラフレーズとクイーンにしか見えない特別な友達だ。特にメリーくんは幼い頃から交流があり、付き合いも長い。もしもメリーくんがクエールと同じ目に遭ったら、絶対に犯人を許しはしない。
精霊は草が好きなのか、クエールも草が好きらしい。本音を言うと生魚が大好物らしいが。
鳥のスイーツ皿を手に取る。
羊と鳥を見比べ、両方買うと決めた。
「決まったか?」
「この2皿を。今、会計を」
「いい。僕が払う」
「多目にお金は持って来ていますし、殿下に払っていただかなくても」
「僕が払いたいんだ」
「あ」
言うが早いか、羊と鳥のスイーツ皿を持って行ったヒンメルが店員に渡してさっさと会計を済ませてしまった。綺麗に包装された2皿を受け取って礼を述べた。
「……これくらい何でもない。次の店に行こう」
「は、はい」
雑貨店を出て街を歩いて行く。花祭りとあって、街のあちこちに花が飾られている。毎年季節に応じた花が飾られ、今回は秋なのでコスモス、ダリア、シクラメン、クレマチスをメインに使用されている。噴水周辺の花壇にはコスモスが多数咲き誇り秋を感じさせる。
次に入る店は決まっていない。こうしてヒンメルと2人歩くのは夏の花祭り以来だ。花祭り以外でヒンメルと外へ出掛けて一緒に歩く行為がない。
今この瞬間からはメーラを思考から除外したくても、どうしてもメーラとの差が出てしまう。
「次は何処へ行く」
不意に問われるも行きたい場所がなかったラフレーズは返答に窮した。普段利用している店はあるが祭りの日は臨時休業している。
「露店を回るのはどうでしょう? 季節限定でしか見れないお店もありますし」
「そうだな……そうしよう」
繋がれている手は冷たくても、ラフレーズを離さないよう強く握られている。
「殿下」
ラフレーズに合わせてゆっくりと歩くヒンメルを呼ぶと足を止められた。「どうした?」と返したヒンメルへ言葉を紡ごうとしたが――声は出なかった。
「殿下!」
甘くヒンメルを呼ぶたおやかな声。聞き覚えのあり過ぎる声にラフレーズの体が強張り、思わず手を振り解いた。あ、と気付いた時には――メーラがヒンメルの腕に抱き付いていた。
「良かったっ、やっと会えました」
「メ、メーラ? 何故此処に」
「私だって殿下と花祭りに行きたかったんです」
「僕はラフレーズと行くと断った筈だ」
「義務で、ですよね? 殿下はラフレーズ様とお茶をするのは義務だと仰っていたではありませんか。花祭りも同じですよね? なら、もう義務は果たしたではありませんか」
……義務。
この間、ヒンメルは国王やクイーンがいる場で花祭りへ誘ったのは婚約者としての義務だからと語った。メーラにも義務だと語ったのか。
楽しみ始めていた気持ちが一気に冷めていく。
そっと呪文を詠唱し、姿と気配を消してヒンメルとメーラの許から離れた。その際、ドレスと共に贈られた髪飾りを外して地面に置いた。
最初に入った雑貨店がある噴水広場に戻り、花壇に座った。
「馬鹿みたい……」
浮かれていたのはラフレーズだけ。
ヒンメルは、義務としか思っていない。
鞄を膝に置いて俯く。姿と気配を消しているので通行人には見えない。ついでに音の遮断も展開した。他の音も聞きたくない。
クイーンが背中を押してくれたのに。
当然の様子でヒンメルの腕に抱き付いたメーラも、メーラを離さないヒンメルも見たくない。
暫くしたら屋敷に戻って何事もなく終わったと父に伝えよう。それまでに暗い顔をなんとかしよう。
「そこにいる可愛いお嬢さん。1人でいるなら、わたしの話し相手になってくださいませんか」
「!」
姿と気配を消す魔術をその身に掛けたラフレーズを見つけられる人と言えば、高度な識別能力を有する魔術が使える人だけ。ハッとなって顔を上げた先にいたのは、魅惑的な赤い髪に金色の瞳。庇護欲がそそられるメーラにそっくりでありながらも、凛とした佇まいは違う。女性――メーロ=ファーヴァティは優しげに微笑んだ。
亡き母と友人で、何かと気に掛けてくれるメーロは驚いて固まったラフレーズの隣に座った。
「安心して。わたしも同じ魔術を掛けたから、ラフレーズさん以外には見えないわ」
「メーロ様はどうして此処に」
「わたしは娘と来ていまして。そろそろ帰りましょうって話をしている時に、魔術で姿を隠しているラフレーズさんを見つけてね。グレイスには先に馬車に戻ってもらったわ」
グレイスとは、メーラの姉。ファーヴァティ公爵家の跡取りである。派手な見た目なメーラと違って、灰色の髪に藍色の瞳という地味な色だが非常に美しい女性である。偶に夜会やお茶会等で同席する際、メーラについて謝られる。彼女が何もしていなくても、身内がしでかしているからと。
「ラフレーズさんは王太子殿下と来ているのでは?」
「……」
メーロもメーラの行動に頭を悩ませている内の1人。ヒンメルと歩いている途中に現れ、2人を見ていると惨めになっていく自分が嫌になって逃げて来たと小さく語った。
横から発せられた盛大な溜め息はメーロが出した。蟀谷を指で揉んでいるメーロは「旦那様ね」と紡いだ。
「メーラには、今日は絶対に外出するなと伝えていたの。屋敷の使用人達にも見張らせたのに」
「何故」
「外に出したら、必ずラフレーズさんの邪魔をすると分かり切っていたからよ」
「あ……」
「メーラを出したのは旦那様ね。はあ…………そろそろお腹をくくらないと」
「メーロ様?」
最後、何と言ったのか聞こえなかった。何でもないと首を振ったメーロは両手を叩いた。良案を思い付いたとばかりに輝く相貌でお茶の誘いをした。迷うラフレーズの手を握り、行動は早くと急かし、グレイスが待っている馬車の方向を指差した。
「顔を見せたらすぐに分かってくれるわ。わたしもすぐに向かうから先に行っていて」
「何かあるのですか?」
「買い忘れがあると思い出したの。すぐに済ませるから」
「分かりました」
メーロの気遣いを無下には出来ず、ラフレーズは言われた通りの方向へ歩き出した。
――残ったメーロは、息を乱し、周囲を忙しなく見回す王太子ヒンメルの前に立った。
「ご機嫌よう殿下。何方かお探しですか?」
ヒンメルの手に握られている花飾り。大方、メーラとの仲を見せ付けられて落ち込んだラフレーズが置いて行ったのか。
突然現れたメーロに吃驚しながらもラフレーズを見なかったか、と問うヒンメルへ美しい微笑みをやった。
「殿下。わたし、貴方にずっと聞きたかったのです。
――婚約者がいながら他の令嬢に愛を囁く貴方の神経を」
親友の娘を下に見続け、挙句、恋人に選んだのがよりにもよってメーラときた。
メーロの怒りはずっと前から爆発寸前だった。
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