第21話 花祭り―当日―
花祭り当日。
姿見の前に映る自分をぼんやりと眺めていた。髪は朝から侍女達が張り切ってセットをしてくれた。普段は下ろしているが今日は一つに纏められ、花祭りに相応しい髪飾りが着けられている。ドレスは動きやすい軽い生地を使用されており、黄色でリボンとフリルが程好くある可愛らしいデザイン。メーラの蜂蜜色の瞳と似ているが彼女が着るなら似合うかどうかは微妙なところ。ちゃんとヒンメルが選んで贈ってくれた。箱の中身を見るまで不安であったが嘘は言っていなかった。
「お嬢様! とても似合っていますよ!」
「ありがとう。約束の時間が近いから、もう行くわね」
そろそろヒンメルが迎えに来る時間。ドレスと同じ色の鞄を持ち、玄関ホールへ。
「あれは」
扉付近でメルローが誰かと話していた。ラフレーズが近付いて行くと2人が此方を向いた。
「ラフィ、殿下の遣いの方だ」
「殿下からの?」
「ベリーシュ伯爵令嬢、申し訳ございません。王太子殿下に急ぎ外せない案件が生じてしまい、約束の時間に遅れてしまうと言伝を預かって参りました」
「そうですか……」
そう言われて脳裏に過るのはメーラのこと。まさか、急用とはメーラ? と勘繰るも、疑っては深みを増すだけで抜け出せなくなる。使者やヒンメルを信じよう。
使者にお礼を言い、帰ったのを見届けてからメルローに向いた。
「どうするラフィ。殿下が来るまで待っていようか?」
「そうですね。そうします」
王妃が贈ったのではなく、自分が贈ったのだと断言し、信じてほしいと訴えたヒンメルなら急用が終われば来てくれる。
メルローと場所を移し、ヒンメルが来るまでサロンで時間が流れるのを待った。
……約束の時間から既に2時間が経った。あれから使者は来ていない。ヒンメルでもある。心配になったラフレーズは王城へ向かった。メルローも着いて行くと言われるが1人で行けると断った。城の前に着くと丁度クイーンと出会った。
礼を見せようと顔を下げる前に見えた呆けた面に疑問を抱き、クイーンを呼ぶと驚きの言葉を聞かされた。
「ラフレーズ? お前こんな所で何をしてるんだ?」
「殿下に急用が出来て遅れると使者に連絡を頂いて、2時間くらい経っても何もないので直接殿下に会おうと……」
「……は?」
「……」
何だか嫌な予感がする。
「……ヒンメルなら、待ち合わせ場所がベリーシュ伯爵邸から街の噴水広場になったからともうかなり前に向かったぞ」
「なっ、それは」
「伯爵家からの使者だと。おれもいたから知ってる。……あんのババア」
「……」
ならば、ベリーシュ伯爵邸に現れた使者は一体……。最後クイーンが何を言ったかラフレーズには聞こえなかった。急いで噴水広場に向かわないと。急に手を掴まれた。誰かと思わなくてもクイーンしかいない。
「飛ぶぞ」
「え――」
何が、と聞く間もなく景色が王城前から噴水広場に変わった。転移魔術で一気に場所が変わった。呆然としていると額を人差し指で小突かれた。
「いた!?」
「呆けてる場合か。ヒンメルを探すぞ。あいつもあいつでラフレーズが来ないならどうして連絡を寄越さないんだか」
「クイーン様、殿下の許に来た使者は本当にベリーシュ伯爵家を名乗っていたのですか?」
「ああ。ただ、お前の所に行った使者も怪しいな。とりあえずヒンメルを探すぞ」
「はいっ」
ラフレーズが2時間も待ったなら、ヒンメルも同じ時間を待ったろう。
……来ないと思われたのかもしれない。今の自分とヒンメルは非常に微妙な関係だから。箱の中身を見て、ヒンメルではなく王妃からだと思い来なくなったのだと。
クイーンの言う通り、連絡くらい飛ばしてくれてもいいものを。
2人で付近を探すがヒンメルの姿はない。何処かの店にでも入っているのか、と最初に目に入った雑貨店へ足へ向けた。ら、ドアベルが鳴り扉が手前に動いた。毛先に掛けて青が濃くなる銀髪の男性と目が合った。空色の瞳が見開かれる。扉を開けたまま男性――ヒンメルは一瞬固まるも直ぐにラフレーズの許へ駆け寄った。
「ラフレーズ……良かった……来ないのかと思った」
「殿下……申し訳ありません」
少しでもメーラと居たと抱いていた自分が恥ずかしくなった。噴水まで歩いて行き、遅れた理由を話した。全てを話し終えるとヒンメルは険しい顔付きで考え込んでいた。
「……ベリーシュ伯爵邸に来たという使者と僕の所に来たベリーシュ伯爵家からの使者。恐らく同一人物だろう」
「何故、殿下や私に嘘を……」
「誰かの差し金だろう。いや、心当たりがある。そういえばおじ上に送ってもらったらしいがおじ上は?」
「あれ、そういえば」
ヒンメルに会えたは良いものの、此処に連れて来てくれたクイーンがいつの間にか消えていた。辺りを探っていればひらひらと1枚の紙切れが2人の前に。ヒンメルが掌で受け止めると文字が浮かび上がった。
“2人楽しんで来い。後のことは気にするな”
「クイーン様からです」
「おじ上は誰の仕業か気付いたのか……」
「殿下? 殿下は誰なのか心当たりが?」
「……いや。今は花祭りを楽しもう。大分遅れてしまったがまだ時間はある」
「そう、ですね」
どこか釈然としないがヒンメルの言葉には一理ある。差し出された手を握った。
待っている間連絡を飛ばさなかった理由を聞きたいが、それだと疑っていたと見破られ何をしていたか聞けなかった。
先程ヒンメルがいた雑貨店に入店した。若い女性向けな店で可愛らしい小物が沢山置いてあった。
「ラフレーズが来るまで辺りの店に入っていたんだ。此処はラフレーズが好きそうな物が沢山ある」
ヒンメルの言葉通り、可愛い物好きなラフレーズは夢中になった。今日は花祭り当日なので花に関連した品が多い。
(母上……っ、邪魔をしてまでラフレーズが気に入りませんか)
今回ヒンメルとラフレーズの許に来た使者は王妃の回し者だろう。
最初にラフレーズが王妃や王妃付の侍女や使用人から嫌がらせを受けていると気付いたのはヒンメルだった。ヒンメルがいる時は王太子妃になる令嬢でラフレーズ以上の令嬢はいないと言いながら、陰ではラフレーズが仕返し出来ないのを良いことにあることないことで罵倒し続けていた。勘違いだと信じたかったがこっそりと盗み見た場面で真実だと突き付けられた。ベリーシュ伯爵家を馬鹿にされても、自分自身を馬鹿にされても、時に紅茶を頭から掛けられても。膝の上に置いた手を強く握り絞め、耐えていたラフレーズの姿が痛々しかった。
だがヒンメルが助けても王妃はのらりくらりと逃げて別の方法でラフレーズを虐げようとする。先日、城の前でラフレーズが王妃に罵倒されている場面を見つけ、父に助けを求めた。自分が行くより父の方が権力を持って助けられる。
王妃がラフレーズを気に入らない理由。父なら知っているかもと訊ねた。
そして聞かされた。理由はとても下らなかった。ラフレーズは何も関係ない。母の捨てられない嫉妬心から生まれた差別だった。
クイーンが残した紙切れから察するに、王妃の件はクイーンが対処をするのだろう。女相手だろうが一切容赦しない。
(今は花祭りを楽しもう)
心のどこかではラフレーズは来ないのだと諦めていた。きっと、贈ったドレス類を王妃からだと勘違いされ、呆れられ来ないのだと。
今日はこれ以上の邪魔は御免だと、紫の花のバレッタを見つめ考え込むラフレーズに話し掛けた。
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