95話 大きな赤子
イライアは愛という名前に変更した。魔王の名前をそのまま使用していたら誰かにバレる恐れがあるからだ。
イライアを反対から読んだらアイライ。ライの部分を取って愛と名付けた。今まで暗闇の中を彼女は歩いてきた。そんな人生とは反対になりますように、と願いを込めて名付けたのである。
現在、俺は3人の妻と同居をしている。誰か決めた、という訳ではないけど、日替わりで彼女達と夜を過ごしている。もしかして俺が3人の妻を平等に愛せるように、裏でアニーが
愛と夜を過ごす時は俺が彼女の部屋に行った。
彼女と一緒に過ごすということは、娘と一緒に過ごすことができる。
愛の部屋。
赤ちゃんのモノで溢れ返っている。
俺は立ちながらミイを抱っこしていた。
ミナミとイライアの頭文字を足した名前、ミイ。
子犬ぐらいのサイズしかなくて、少しだけ
「ふわぁ〜」とミイが俺の腕の中で欠伸した。
首あたりをクンクン嗅ぐと赤ちゃんの独特のミルクの匂いがした。たまらん。この匂いを嗅ぐと幸せな気持ちになるのだ。ちなみに息もミルクの匂いがする。息すらも可愛い。
小さな頭に生えている柔らかい髪の毛に俺は頬ずりした。
新生児は頭蓋骨が塞ぎきれていないので中心に穴が空いている。皮膚の下が脳みそのところがあるのだ。だから頭はできる限り触ってはいけない。
眠りスイッチを探しながら背中をトントンと優しく叩く。そして部屋をウロチョロと歩き回った。
「眠れている?」
と俺はベッドで横になっている愛に尋ねた。
「新生児がいて眠れる訳がなかろう」
と愛が言った。
「メイドさんを増やそうか?」
と俺は尋ねた。
メイドさんにも赤ちゃんの面倒を見て貰っていた。
愛は首を横に振った。
「この子と一緒にいれるのは今だけじゃから、妾がちゃんと子育てしたい」
「でも大変じゃない?」と俺が尋ねる。
「1年もしたら赤ちゃんじゃなくなるのじゃぞ。10年もしたら親より友達と一緒にいる方を選ぶのじゃぞ。20年もしたら親から離れるのじゃぞ」
長寿である彼女にとって20年はアッという間なんだろう。
俺はミイの首元の匂いを嗅いだ。
赤ちゃんの時期は一瞬なのだ。
すぐに子どもは大きくなってしまう。
ちょっと寂しい気持ちになった。
「ところで旦那様」と愛が言った。
「オークションには参加するのか?」
「あぁ、参加する」と俺は頷いた。
オークション。金欠になったエジーが国のあらゆる物をオークションに出品する。そして、その中に勇者が売りに出されるという噂があった。
カヨはバビリニアに
どういった経緯でエジーに返却されたのかはわからない。だけどカヨはエジーのオークションで売りに出される。
どんな事があっても俺はカヨを競り落とすつもりだった。
「そうか」と愛が言う。「お金を使うのはほどほどにするのじゃぞ。旦那様は国のトップなのじゃ。お金遣いが荒いと国民は旦那様に不信感を抱く」
「わかってる。忠告ありがとう」と俺は言った。
「それで戦争はどうなったんじゃ?」
「俺が星のカケラを持っていることをバビリニアは知らないから、まだ攻撃されていない」
と俺は言った。
「つまり星のカケラを持っていることがバレれば攻められるってことか?」
と愛が尋ねた。
「そうだ」と俺は答える。
「バビリニアは星のカケラを2個保有している。残り1つは国を滅ぼしてでもほしいだろう。そしてバビリニアに攻撃されてしまったら今のアクセプトでは太刀打ちできない」
「軍はどうなっとる?」
と愛が尋ねたところで、ミイがミャーミャーと泣き始めた。
「そろそろおっぱいの時間かの?」と彼女が言った。
俺は愛にミイを渡した。
彼女はおっぱいをボロンと出した。ミイはおっぱいを探して咥えた。そしてチュパチュパと吸い始めた。
「軍の」と俺は質問の続きを答える。
「軍の指導者がまだ見つからねぇーんだ」
小隊を任せられるリーダは何人もいる。
でも総大将となるような経験と実力を兼ね揃えた存在はなかなかなかなかいないのだ。
「妾がやろうか?」
と愛が尋ねた。
「子育てが大変だろう」
と俺が言う。
「もう少し落ち着いてからじゃ。せめてミイが紐を使って背負えるようになってからの話じゃ」
と愛が言う。
「赤ちゃんを背負いながら指導者をやるのか?」
と俺は驚く。
「それぐらいなら出来るわい。妾を誰だと思っている。もう妾が魔王イライアであったことを忘れたのか?」
「いや、そんな事はねぇーけど」
「それに人間の軍だけじゃなく、魔物で組織した軍隊も作るべきじゃ」と愛が言った。
魔王軍みたいな組織を彼女は作り出そうとしている。
今のアクセプトには軍事力が必要だった。
「そういえばエジーのダンジョンで魔物を懐かして放置している」
俺は思い出したことを口にした。
「ソビラトも同時に攻めて来た時に対処できるだけの魔物の軍が必要じゃな」
と愛は赤ちゃんにおっぱいを吸わせながら言った。
ソビラトはバビリニアの同盟国だった。
もしかしたら同時に攻めて来る可能性もあった。
「ソビラトの勇者はバハムートクラスが2体以上いれば倒すことができるはずじゃ」
「なんで、そんなことまで考えてくれるの?」
と俺は尋ねた。
「当たり前じゃろう。この子がココで幸せに生きていくためには敗戦など出来ぬ」
彼女は赤ちゃんを見た。
「片乳だけ飲んで寝おったわ」
妻は立ち上がり、赤ちゃんをベビーベッドに寝かせた。
「飲まれなかった片乳が乳性炎になってしまうのじゃ」
と愛が言った。
「飲んであげよっか?」
と俺が尋ねる。
「コッチに来るのじゃ」と妻が言った。
俺は彼女の元に行く。
愛は俺に片乳を差し出した。
乳性炎にならないために、俺は赤ちゃんが残してしまったおっぱいを飲んだ。普通のミルクよりも薄い。砂糖水みたいな味。
妻が俺の頭を優しく撫でた。
「大きな赤子じゃの」
と彼女が言った。
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