第87話 見事なまでの死にっぷり

 俺の国の優位性はチェルシーだった。

 チェルシーがいるからこそ、こちらには情報がある。

 情報があるからこそ戦える。それに戦わないという判断もできる。


 エジーの勇者であるカヨが戦っているのは、バビリニアの勇者だった。

 中学2年生みたいなニキビ面の男性である。実年齢は見た目ではわからない。青色の柔道着みたいな服を着ている。どこかで見たような勇者っぽい服装である。

 勇者に憧れた勇者みたいな感じである。コイツの名前を中二勇者と仮に呼ぶことにしよう。


 本来ならバビリニアが関わっているとわかった時点で、即撤退である。


 ソビラトがバビリニアに助けを求めたのだろう。

 その代償に星のカケラを支払ったのだろう。たぶん。いや、それ以外にバビリニアは動かないと思う。


 バビリニアの軍が来ていないということは、ソビラトが助けを求めたのは数時間前ということも考えられる。


 チェ、と俺は舌打ちした。

 もしかして、このパターンもバビリニアは想定済みだったか?


 もっとバビリニア視点で考えるべきだった。

 こんなにも考え尽くしたと思っていたのに、俺は甘い。甘すぎて笑っちゃう。


 バビリニアなら何かの理由でアクセプトが攻めて来る、と考えたはずだった。魔王が攻めて来るとは想定外だったとは思うけど。


 アクセプトが攻めて来た場合、生まれたばかりの小国の戦力は勇者おれしかいないので、ソビラトは勇者を出さないといけなくなる。

 そこにエジーは勝機を見出して軍を攻めて来る。

 そしたらソビラトはエジーを抑えるために軍を出さないといけなくなる。


 すると城の守りがガラ空きになってしまう。

 エジーの勇者が、ソビラトの王様を殺して戦争は終わる。


 そしたら星のカケラは誰の物になる?


 奪い合いになってしまうだろう。

 そんな邪魔臭いことをしなくても簡単に手に入る方法があった。

 ソビラトにエジー以外の何者かが攻めて来た時に、すぐに交渉すればいいのだ。


 だから、こんなにも早く勇者が派遣されたんだろう。


 ニュースになる時は、同盟国を助けた正義のヒーローバビリニアになるだろう。


 俺は下唇を噛み締めた。


 もうソビラトには星のカケラは存在しない、と考えるべきだった。

 俺達が戦う理由は、もうなかった。


 リーダーとして下す決断は、即撤退である。


 だけど、その決断は俺にはできなかった。

 

 魔王の仕事は負けることである。

 今も勇者一行に押されている。

 バハムートが倒れて消滅した。そして魔法石になってしまった。


 このまま魔王が破れたら、勇者一行がカヨのところに参加してしまう。

 そしたらカヨは完全に破れてしまうだろう。


 カヨは負けたらどうなってしまうんだろうか?


 俺が即撤退をできない理由だった。


 呼吸が荒くなる。

 もう戦う理由も無くなった。

 だけどカヨが心配で撤退の決断ができずにいる。


 今からカヨのところに参戦するか?


 いや、ダメだ。撤退だ。

 撤退しなくちゃ、アクセプトが滅んでしまう。

 アクセプトにいるアニーやナナナやチェルシーや国民達の顔を思い浮かべた。


 バビリニアの2人目の勇者が城の前に配置されている。

 チェルシーが拾って来た情報の中には3人の勇者が存在していた。

 それにイライアの記憶の中にも複数人の勇者がバビリニアに存在していた。

 バビリニアの歴史を調べたら、もともと3つの小国が集まって出来た国であることがわかった。

 勇者を召喚できる者が王族になることが多い。それが3つくっ付いて大きくなったのだ。


 ソラビトの城を守る勇者の戦力はわからない。

 城を守る勇者も俺の戦力はわからないだろう。

 わからない者同士の対戦の勝利率は五分と考えるべきだった。


 どう考えても相手の駒の数の方が多い。


 イライアが勇者に首を刺された。

 見事なまでに綺麗な鮮血がシャワーのように溢れ出す。

 俺ですら本当にイライアが死んだのではないか、と不安になってしまうほどの見事なまでの死にぷっりだった。


 そして彼女は消滅した。

 消滅した後に残ったのは、魔法石だった。


 魔王は勇者一行に討伐されたのだ。


 そして勇者一行が動き出す。

 俺が勇者一行を抑え込むべきだった。

 いや、違う。俺は撤退するべきなのだ。答えがわかっているから、俺は一歩も動けずに勇者一行の動向を見ていた。


 俺のところに来れば俺は勇者一行を相手にする。

 戦力が分散するなら、この場合はカヨが助かる可能性が高くなる。

 だけど、あの城を守る勇者がカヨのところに行けば、カヨは助からない。


 勇者一行はカヨのところに行った。


「カヨ」と俺は叫んだ。


 気づいたら彼女を助けるために体が動いていた。

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