第86話 戦局は最悪だった
戦争は将棋に例えられることがある。
それは王を取られれば負けだからである。
俺の国の持ち駒で一番強いのは王である俺自身だった。本当は最前線に出してはいけない駒が俺自身である。俺が負ければアクセプトは滅ぶ。だから慎重にならなければいけない。
俺とバランはソビラトに向かった。
俺は魔法で空を飛ぶ。
だけどバランは脚力で空を飛ぶ。つまり、ただのジャンプである。彼の脚力は異常だった。一回のジャンプでソビラトまで飛ぶのだ。
吐く息で軌道のコントロールが出来るらしい。だけど浮遊し続けることはできない。
だから着地した。
俺もバランの隣に着地する。
ソビラトは対戦の真っ只中。
ぶつかり合う魔力を感じた。
認識阻害の魔法は強い者同士の戦いになると意味がない。魔力で存在がバレてしまうのだ。
俺達がソビラトに来たことには他の勇者達も気づいているはずだった。
「それで俺は何をしにココに来たんだ?」
すげぇーバカなセリフをバランが言った。
「ここでちょっと待っていてくれ。戦局を見る」
「野糞してていいか?」
とバランが言う。
「このタイミングで? ココは戦地だぞ。つーか家でして来いよ」と俺が言う。
「アレだよ。いつもピクニックの時は野糞してるから、お腹が緩んでしまっただけ」
とバランが言う。
「言っておくけど、これはピクニックじゃねぇーからな」
と俺が言う。
「ってことは、サンドイッチとか持って来てねぇーのかよ」
とバランが悲しそうな顔をする。
「持って来てねぇーよ」
と俺が言う。
「でもシートをひいて昼寝はしていいよな?」とバラン。
「そんなことしたら殺されるぞ」と俺。
「つまんねぇーじゃねぇか。付いて来るんじゃなかった」とバラン。
「それじゃあ何しにココに来たんだよ?」
「戦争だよ」と俺が言う。
「こんなところまで来て、お片付けなんてお前はイカれてやがる」とバランが言う。
コイツは何を言ってんだろう?
「もしかして
グハハハ、とバランが豪快に笑った。
「笑ったら、少しウンポコ様が出てきたわ」とバラン。
「汚ねぇーな」と俺。
ハゲたドワーフが俺に手を差し出した。
「なんだよ。その手は?」
と俺が尋ねる。
「テッシュくれ」
とバラン。
「仕方がねぇーな。草に隠れてしろよ」
と俺が言って、アイテムボックスからテッシュを取り出して彼に渡した。
そしてバランはテッシュを握りしめて野糞スポットを探し始めた。
戦地に来ているのに緊張感がねぇー奴だな、と俺は思った。
でも彼に戦争がどうこう言ったところで理解ができないのだ。
俺は上空を飛んだ。
そして魔力を目に集めた。魔力を目に集めると双眼鏡以上に遠くまで見渡すことができる。
エジーとソビラトの境界線。
エジーの軍がソビラトに入って来ないように、ソビラトの軍が抑えている。
どうやらエジーは魔王襲来に気づいてソビラトを攻めていた。
俺達が仕掛けるよりも先にエジーがソビラトを攻めてくれたのは有難いことだった。
イライアは封印していた自分の魔力を解放していた。
彼女はバハムートも連れて来ていた。元の大きなサイズに戻っている。サイズが違うだけで、まるで別物である。
イライアは勇者一行と戦っていた。
勇者一行はパーティーとしてバランスがいい4人組だった。
ソビラトが召喚した男性の勇者。
20歳ぐらいで髪の長い女性の白魔道士。
皺くちゃジィジィの魔導師。
筋肉隆々の戦士。
エジーが敗戦しそうになっていたのは勇者一行が強かったからだろう。
前にも勇者一行とイライアは戦ったことがある。その時の彼女は弱っていた。イライアの結界を勇者一行は破り、命がけでイライアは勇者達から逃げた。
完全回復したイライアと勇者一行の戦いは
本来なら勇者一行が魔王に抑えられている時点でソビラトの手持ちの駒は無くなる。
ソビラトは勇者を1人しか保有していない。
エジーはソビラトの王を取れるはずだった。
だからエジーは王を取るために自国の勇者を送り出していた。
だけどエジーの勇者と、誰かが戦っている。
勇者と戦えるのは勇者である。
エジーの勇者はカヨである。
カヨ。
俺の日本にいた時の妻。
彼女は女子高生の格好をして、戦っていた。
カヨは誰と戦っている?
どこの国の勇者と戦っている?
それを考えた時に、戦局が最悪だとわかった。
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