第60話 一生寄り添いたい

 ミナミを焼いて骨を拾い終わった。

 骨は壺に入れてアイテムボックスに仕舞った。


「これからどうすんだよ?」

 とチェルシーが尋ねた。


「王都に向かう」

 と俺は答えた。


「王都?」

 猫が首を傾げた。


「イライアが王族を殺せば獣人達の奴隷契約が解除される。獣人を俺達の街に連れて帰る」


「連れて帰っても街が半壊してるじゃねぇーか」とチェルシー。


 俺は頷く。

「だから連れて帰る」


「意味がわかんねぇー」

 とチェルシーが言った。


「獣人の種族スキルに『家作り』があるんだよ。獣人は建築に向いている種族なんだ。半壊した街を直してもらう」


 獣人には、どんな仕事に就いてもらうのか、ずっと考えていた。


 これから街は国になり、拡大していく。建築は圧倒的な人手不足だった。


 もちろん彼等が街に根付き、別の職業に就きたいなら、それはそれでかまわない。

 街に根付くための仕事が必要だった。この街の住人として働いてもらう必要があったのだ。純粋に仕事をしなければ養っていくことができない。


 森を抜けるまで歩き、馬車に乗って王都に向かった。

 みんな揃っているのに大切な人がココにはいない。

 これから先ずっとミナミはいないのだろう。

 イヤだった。自分の命よりも大切な人がこの世界には、もういない。

 古事記みたいに、この世界のどこかに黄泉の世界と繋がる洞窟があったりするのだろうか?


 力が入らない。

 体が脱力している。

 彼女の元に今すぐ向かいたい。

 俺は彼女を蘇らしてあげることはできなかった。

 だけど彼女の元へ行きたい。

 五体を捨てて、心臓も捨てて、何もかも捨てて、ミナミのところに行きたい。抱きしめたい。


 床に座る俺に寄り添うようにアニーとナナナが座った。

 俺がどこにも行かないように彼女達は腕を絡ませた。

 ナナナの膝の上には丸まった猫がいた。チェルシーはナナナの膝の上がお気に入りみたいだった。

 バランはソファーを独り占めしている。


「領主様が悲しいのならボクも悲しいんだ」とナナナが言った。


「領主様が苦しいならボクも苦しいんだ。領主様が寂しいならボクも寂しいんだ。領主様が泣くならボクも泣くんだ。ボクは決めたんだ。ずっと領主様のそばにいたい。領主様が一生悲しいのなら、ボクも領主様の悲しみに一生寄り添いたい」

 優しい獣人の女の子が言った。


 一生悲しいのなら一生寄り添いたい。


 俺の涙腺がバカになっているのか、また泣いていた。

 涙なんて流す気がないのに、ボロボロと涙がこぼれていた。


 泣いている俺を見てナナナが困ったような、悲しそうな表情をする。


「ボク、あのドレス着たい」

 とナナナが言い出す。


 彼女は俺のために明るい表情を作ってくれた。表情がコロコロ変わる彼女が、泣いてる俺を覗き込んだ。


「盗賊から貰ったオレンジのドレスのことだよ」

 とナナナが言った。


 俺は頷く。


「あのドレスを着て、みんなの前に登場するんだ」


「みんな?」と俺が尋ねる。


「今から王都にいる獣人のところに行くんでしょ? 獣人のみんなだよ」


 そうか、と俺は頷く。

 今の俺は会話もロクにできなかった。


「獣人がドレスを着ていたらビックリするよね? 領主様の街に行けば獣人が大切に扱われると思って、みんな来るよね? だからボクはドレスを着たいんだ」


 ナナナはナナナなりに考えているらしい。


「そうだね」と俺は言った。


 外が騒がしい。

 窓を見ると王都に向かう道から馬車の行列が出来ている。

 王都に魔王がやって来て領民達は逃げているのだろう。



 王都の城壁前に辿り着いた。

 ナナナがドレスに着替える。だから先に男三人だけで馬車から降りた。

 アニーはドレスを着替えるのを手伝うらしい。

 城壁が無い箇所から途切れることなく、馬車が出て行っている。

 

 すでに魔王の気配は王都には無かった。

 城壁の中から煙が上がっている。

 イライアは遠くに行ってしまっていた。

 子どもを産むために隠れているのだろう。

 

 すでに獣人達は奴隷から解放されているのに、城壁を作り続けていた。

 まだ彼等あるいは彼女達は王族が殺されたことを知らないのだろう。

 重たい土で作られたブロックを彼等は運び続けている。

 ブロックを重ねて城壁を作り続けていた。



 チェルシーが何かを見つけたらしく、背筋を整えた。


「どうしたんだ?」と俺が尋ねた。


「巨大になったケンタウルスのこと覚えているか?」

 とチェルシーが聞いてきた。


「覚えてるよ」

 と俺が言う。


「犯人の顔を知るめに小次郎に言われてケンタウルスの記憶を取りに行っただろう」

 と猫が言う。


「今更、それがどうしたんだよ?」


 その当時は王様が関与していることは知らなかった。犯人を探していたのだ。


「ソイツがアソコにいる」

 と猫が視線を動かした。


 猫が視線を向けた先に、フードを被った中年の男がいた。


「ジーッと見るんじゃねぇ。気づかれる」

 チェルシーがバランに言う。


 今更ケンタウロスを巨大にさせた犯人を捕まえることに意味があるんだろうか?

 だけど放置もできなかった。

 中年の男が何をしでかすかわからない。

 

 もし男が錯乱して、巨大になるタネを彼が持っていてバラ撒かれたら王都から逃げている人達に被害が出てしまう。


「バランとチェルシーは、その男を捕まえてくれ」


「御意」とチェルシー。


「ぎょい?」とバランが首を傾げる。


「前にこのネタはやったんだよ。覚えておけよ」


 2人が中年の元へ向かった。


 そして馬車の扉が開き、ドレスを着たナナナが現れた。

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