第59話 ミナミとの別れ

 ミナミを供養しよう、ということになった。

 彼女を綺麗な姿で送り出してあげたかった。

 俺はミナミと一緒に馬車に乗り、彼女をソファーに寝かせた。

 

 残りのメンバーは火葬するための木を集めている。


 馬車の中でミナミと2人きり。

 彼女は眠っていた。

 俺は彼女の唇に触れた。

 王子様のキスで目覚めることはないことは知っている。

 だけど俺は彼女にキスをした。


「愛してるよミナミ」


 俺は彼女の頭を撫でる。


「今までありがとうね」


 ミナミの頬に触れ、首にも触れた。


 彼女のスーツのボタンを外す。スーツには大量の血が付いていて固まっていた。

 ミナミのスーツを脱がせる。

 

 穴が空いた心臓。

 勇者との戦いの時にできた傷。


 下着も脱がせた。


 そして濡れた布で、彼女の体を拭いた。

 汚れが少しも残らないように、何度も彼女の体を拭いた。


「大変だったね」

 全てにたいして労うように言った。


「本当に色々と大変だったね」

 過去のことも含めて、俺は言った。


「ミナミがいてくれてよかった」

 と俺は彼女に伝えた。


「ミナミがいたから俺はこの世界で生きてこれた」


「愛してる」と俺は言う。


 彼女のことが愛おしくてたまらなかった。


「俺のことを好きでいてくれてありがとう。俺もミナミが好きだ。大好きだ。愛してる。そばにいてくれてありがとう。支えてくれてありがとう。結婚してくれてありがとう」

 と俺は言う。


 俺は彼女を愛していた。


「……ごめんなミナミ。蘇らせてあげれなくて、ごめんな」


 死ぬほど愛しているのに、俺は彼女のために9500万人の人間を殺すことができなかった。


 ミナミの体は死後硬直が始まっていた。

 もう彼女の肌には温もりがない。

 何度も交わったミナミの体。

 とても美しい体。


 俺は彼女のお腹に頬を付けた。

 ミナミが俺の子どもを産む未来があったのだ。

 彼女が母親になる未来があったのだ。


 彼女のお腹にキスをした。

 ミナミの手を握りしめた。

 彼女の頬を触った。

 愛してる、と何度も言った。


 アイテムボックスから紫色のドレスを取り出す。

 結婚式で使ったドレスである。

 それをミナミに着せた。


「すごく綺麗だよ」と俺は言った。


 ミナミをお姫様抱っこして馬車から出ると、他のメンバーは木を集め終えて俺のことを待っていた。


 木を並べただけの台が作られていた。

 ゆっくりと台の上に彼女を置いた。

 キャンプファイアーをするようにミナミの周りを木で囲った。

 魔法で火をつける。

 木はパチパチと音を鳴らしながら燃え上がる。


 ナナナは祈りを捧げてくれていた。 

 祈りは願いだ。

 次の人生も幸せでありますように、生まれ変わり、次の楽しい人生がありますように、とナナナは祈ってくれている。


 俺も祈りを捧げた。

 また、どこかで出会えますように。


 息を止めた。


 俺は祈るのをやめて、炎の中のミナミを見た。


 彼女を手放したくない。

 彼女と離れたくない。


 だけど炎はパチパチと音を鳴らしながら燃えて行く。炎の中には綺麗なドレスに身を包んだ俺の大切な人がいた。

 彼女が煙になって空に向かって消えて行く。


「あぁ、あぁ」

 と誰かの叫び声が聞こえた。

 それが自分の叫び声だと気付いたのは、涙で濡れた地面に膝から崩れ落ちた時だった。


 嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 ミナミが死ぬなんて嫌だ。

 俺のそばにいてくれ。

 俺から離れないでくれ。


 あぁ、あぁ、と俺は自然と泣き叫んでいた。


 チェルシーが涙で顔をグシャグシャにさせて俺に近づいて来た。

 そして猫は俺にしがみつく。

 俺もチェルシーを抱きしめた。

 俺達のミナミが死んじゃった。

 俺の大切な人が死んじゃった。


 人目を気にせず俺達は泣いた。


 バランも泣いていた。ミナミが死んで悲しいことを思い出したんだろう。


 アニーが子どものように泣きじゃくりながら俺に近づいて来た。

 そして俺の背中に顔を押し付けた。


 俺のみっともない姿を見て、泣き方を忘れた獣人の女の子も泣いていた、

 ナナナも俺に近づき、アニーと同じように俺の背中に顔を押し付けた。


 悲しい。

 ミナミが煙になって空に上がって行く。


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