第57話 2人で抱き合ったことを思い出す

 俺達は魔王のところへ向かっていた。

 馬車の中。

 バランは巨体を丸めて三角座りをしている。

 チェルシーはナナナの膝の上で体を丸めて毛糸みたいになっている。ナナナはチェルシーの背中をさすっていた。

 俺は床に座っていた。ずいぶん疲れたような気がした。


「なにかあったんですか?」

 とアニーが尋ねた。


「……」

 なんて言えばいいのだろうか?

 ちゃんと彼女達にも事実を伝えなくちゃいけない。


「勇者に攻撃された」

 と俺が言う。


 ピクン、とナナナの耳が動いた。たぶん彼女も聞いてくれているんだろう。


 勇者は日本にいた時の俺の妻で、いやコレは言わなくていいか。


「それから、それから、それから」

 すごくイヤなことがあった。


 俺は息を止めた。

 アニーが俺の隣に座り、背中をさすった。


「……セドリッグがミナミの心臓を潰した」


 アイツはどうしてミナミの心臓を潰したんだろう?


「……そうですか」とアニーが呟いた。


 彼女は何も尋ねなかった。

 黙って俺の背中をさすっていた。


 時間の感覚がわからなかった。

 だいぶ経ったようにも、全然経っていないようにも思えた。

 窓を見ると夜の闇が広がっていた。


 ユニコーン達が休憩のために馬車を止めた。

 餌をあげなくちゃ、と思って俺は馬車から降りた。


 アニーが付いて来る。


「どうしたの?」

 と俺が尋ねる。


「心配なんです」

 とアニーが答えた。


「ユニコーンに餌をやるだけだよ」

 と俺が言う。


 トウモロコシとフルギに餌をあげる。

 彼等も俺のことを心配している様子だった。

「大丈夫だよ」と俺は言う。

 召喚した魔物に心配されるって今の俺はどんな表情をしてるんだろうか?


 馬車に戻る。

「お腹空いた」とナナナが言った。


「ナナナちゃん。今はわがまま言っちゃダメです」

 とアニーが言う。


「いいんだよ」と俺は言った。

「お腹空いたね。何かを作ろう」


「領主様。ボクが作るよ」とナナナ。


「そうですね。私も手伝います」とアニーが言った。


「そうか。ありがとう。それじゃあ食材を出してあげる」

 と俺は言って、アイテムボックスから適当に食材を取り出して、机の上に置いた。


 そして俺は三角座りをして、膝を抱きかかえた。

 心が重たい。だから体も重たい。


 ミナミのことを考えた。

 彼女の笑った姿を思い出す。

 彼女の怒った姿を思い出す。

 不安そうにしている姿を思い出す。

 困っている姿を思い出す。

 彼女がソファーに座っている姿を思い出す。

 彼女と手を握ったことを思い出す。

 彼女とキスをしたことを思い出す。

 彼女の体のあちこちを舐めたことを思い出す。

 彼女に体のあちこちを舐められたことを思い出す。

 2人で抱き合ったことを思い出す。

 もっと彼女と一緒にいればよかった。

 俺の大切な人。

 どんなことがあっても俺は彼女を蘇らせるつもりだった。



「料理ができましたよ」

 とアニーの声がした。


 顔を上げると目の前にお皿が置かれていた。

 お皿の上には、綺麗な目玉焼きとベーコンが置かれている。それに切ったパンも乗っていた。

 

 ちゃんと焼けてるじゃん。


「うまく焼けたんだよ」とナナナが言った。


 この子達は成長している。


「ありがとう」と俺は言う。


 お腹は空いていなかったけど、食べた。


 チェルシーは毛糸モードになった状態のまま、彼女達が作った料理を食べなかった。

 バランは三角座りで目を隠したまま、食べていた。


 ご飯を食べ終えると俺は立ち上がり、ソファーの上に丸くなった毛玉を手に取った。

 他の奴等に聞かれるのは照れるから、毛玉を抱えて馬車を出た。

 アニーが付いて来ようとしたから「2人にしてくれ」と俺は言った。

 外に出ると俺は岩の上に座り、チェルシーの背中を撫でた。


「ごめんなチェルシー」

 と俺が言う。

「お前のせいじゃない。俺のせいだ」


 チェルシーの毛並みは、少し硬かった。

 丸まっていた猫が少しだけ顔を上げた。


 チェルシーは何かを言いたそうにしていた。

 だけど言葉を飲み込んで何も言わなかった。

 

 猫が賢者の石のことを知っている、と魔王は言った。

 記憶を消して忘れたのかな、と思っていたけど、たぶん彼は知っている。

 異世界に来てから、ずっと一緒にいたのだ。

 尋ねた時の拒絶反応で、なんとなく隠していることはわかっていた。

 チェルシーが語りたくないのなら俺も聞かないことにした。


 猫を抱えて、俺は夜空を見上げた。

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