第56話 いつか歩いて家に帰ろう
手足を失ったミナミを背負ってダンジョンに潜った。ダンジョンの最終層には再生の泉、という欠損してしまった体を復活させる泉があるらしい。
市場に再生の泉が出回っていないのは、再生の泉がある場所には強い魔物が存在するからである。
ちなみにダンジョンには迷宮型とフィールド型が存在する。
迷宮型、というのは道が迷路になっているタイプである。
そしてフィールド型というのは開けた場所のことである。ダンジョンの中に入って森や山脈や砂漠が広がっていたら、それはフィールド型である。
フィールド型は危険だった。そもそもダンジョンは洞窟なのだ。
その洞窟の中に森やら山脈や砂漠が広がっているのはおかしい。
ダンジョンの中の魔力が溜まって
それと別の場所に転送されているパターン。
その2パターンが存在する。
そして領域展開されているパターンは危険だった。その空間に魔力が溜まっているから領域展開されているのだ。つまり強い魔物が存在しているということである。ボス戦である。
再生の泉があるダンジョンの最終層は領域展開されている場所だった。
森の中。しかも湿気がすごい。薬草がそこらへんに生えている。
見上げれば空もあった。
「俺、こういう場所、嫌いなんだよ」
とチェルシーは言って、ブルブルと震えた。
「すごい魔力だな」
と俺が言う。
「ゲロ出そう。言っておくけど、俺はこの時点で隠れる場所を探してるからな」
「結界を張ろうか?」
と俺は言った。
「別に結界なんて張らなくていいよ。でも小次郎がそこまで俺に結界を張りたいって言うなら張ってくれてもかまわない」
とチェルシーが言った。
「ミナミがいるから」
と俺が言う。
「仕方がねぇーな。俺がミナミを守ってやるよ」
とチェルシー。
「もう進むな。ココでストップ。ほらアソコ。ちょっと窪みができてるだろう? アソコでミナミを俺が守るから」
「わかった」と俺は言った。
チェルシーが岩の窪みに入った。俺はミナミを降ろして、彼女も窪みに入れた。
「お兄ちゃん」
と不安そうなミナミの声。
「大丈夫だよ」
と俺は言った。
「……私」
とミナミが言う。
彼女は箱の中で姿が見えない。
だけど、なぜか恥ずかしそうにしている気がした。
「もし手足が戻ったらお兄ちゃんのお嫁さんになってあげる」
何を言ってるのこの子は?
もしかして応援してくれてるのかな?
「ありがとう」と俺は言う。
俺は彼女達を守るために結界を張った。
「よし。これで大丈夫だ」
とチェルシーが言う。
「なんか音楽かけようか?」
猫ができるのは音楽をかけることぐらいである。
「頼む」
と俺が言う。
「それではお聞きください。斉藤○義さんで『歩いて帰ろう』」
なんで、そのチョイスなんだよ?
家に帰ろう、という内容の歌詞が流れ始めた。
異世界に転移して家に帰れなくなった俺。
全てを失い帰る場所を無くしたミナミ。
飼い主に捨てられて、悪い人間に捕まって改造されたチェルシー。
ココにいる2人と1匹には帰る場所はなかった。
森の中から雄叫びが聞こえた。
俺達が侵入して来たことにボスも気づいたらしい。
俺はチェルシーが流す音楽を聴きながらボスと戦った。
バハムートである。
バハムートは怪魚。つまり魚だった。
汚い池で釣り上げた
体には鱗がビッシリ。
手足があり、ドラゴンにも似ていた。
でも近づくと魚臭い。
それに通天閣ぐらいの大きさがある。
戦いの内容は別に、どうでもいい。
かなり手こずったけど倒すことができた。
戦いの最中にリピートされ続ける『歩いて帰ろう』。
俺は家族のことを思い出していた。
そしてミナミの帰る場所のことを考えていた。
もし俺が日本に帰ることができたら、ミナミとチェルシーを異世界に置いて行くことになる。
こんな残酷な世界に女の子を置いて行っていいのか?
せめて俺は彼女が大人として自立するまで支援するべきじゃないだろうか?
彼女の帰る場所を作るべきじゃないだろうか?
バハムートを倒して2人の元に戻った。
「俺でも倒せたけど、今日はお前に譲ってあげただけだから」とチェルシーが言う。
そして猫は音楽を止めた。
「はいはい」と俺は言いながらミナミが入った箱を背負った。
少し歩いた場所に泉があった。
その泉は真っ青で、キラキラと神々しく輝いていた。
「なんか飲んでも美味しそうだな」
とチェルシーが言って、四つん這いになりペロッと泉を飲んだ。
「見た目だけだったわ」
「再生の泉って、バハムートの小便らしいぞ」と俺が言う。
これは情報屋の知識である。
バハムートは薬草しか食べない。
だから小便は薬草が
薬草を濃縮させただけでは欠損部分は再生されない。バハムートの何かが薬草を強化しているんだろう。
「ぺっ、ぺっ」
とチェルシーが唾を吐いた。
「お前、それ先に言えよ」
「言ってしまったら神々しさが無くなるだろう」
と俺が言う。
俺は彼女を箱から出すために、抱きかかえた。
ドキンドキンとミナミの胸の音が聞こえた。
彼女には服を着せている。だけど手足が無いから袖が余っている。
ミナミを抱いたまま、俺は泉の中に入った。
泉に触れた彼女の足がニョキニョキと生えた。
俺は彼女を手放した。
ミナミが泉の中で、自分の足で立った。
家に帰るための足である。
ニョキニョキと手も生えてきた。
大切なモノを触れるための手である。
ミナミは不思議そうに、手を見つめた。
彼女は失ったモノを取り戻したのだ。
そしてミナミが俺の頬に触れた。
「お兄ちゃん」とミナミが呟いた。
俺のことをペタペタと彼女が触った。
「お兄ちゃんに触れる」
と彼女は嬉しそうに笑って、涙を流した。
俺が手を差し出すとミナミがそれを握った。
「ありがとう」
と彼女が言う。
いつか彼女が歩いて帰れる場所を作りたい、と俺は思った。
「よくバハムートの小便に入ってられるな」とチェルシーが言った。
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