第41話 マラソン大会
上空から見ていてもわかるぐらいにアニーの人気が凄かった。
想定を超えた領民達がマラソン大会に参加してくれた。警備をする警察達もあわあわしている。
俺は魔法を使って空を飛んでいた。はい、タケ◯プター。あんあんあんとっても大好き小次郎さん状態である。
10万人を超える数の領民達がスタート地点に集まっている。
アニーちゃん、と領民達の声が色んなところから聞こえた。
彼女の応援隊みたいなものも出来上がっていて、日本にいた時のアイドル文化を思い出す。しかも男女関係なくアニーは人気だった。
アニーの隣には耳と尻尾を魔法で消したナナナが楽しそうにピョンピョンと飛び跳ねていた。
彼女には認識阻害の魔法を少しだけかけているから、すごい影の薄い奴になっている。
領民達はナナナの顔を覚えて帰ることはできない。そんな奴いたっけ? 程度にしか認識できないようになっている。
獣人を追放した領民達。その群衆の中にナナナを入れて平気なのか? と初めは心配していたけど、ナナナ的には追放されたのは仕方がない事、と受け入れているらしい。それもそれで悲しい。
アニーの隣にいた猫が、俺を見上げてコッチに来るように手招きしている。招き猫である。
俺は地上に降りた。
そして先頭集団にいる猫の前に立った。
「領主様」とか「勇者様」と俺を呼ぶ声が聞こえた。
俺は笑顔で手を振った。
「人気者は大変ですな」
とチェルシーが貧乏揺すりをしながら言った。
「チェルシーが来てくれてよかった。こんなに人が集まるとは思ってなかった」
「俺は人気がねぇーんだよ。見ててわかんねぇーのか? チェルシー様の声援がお前には聞こえるのか?」
「すごい声援だな」と俺は言った。
「全てアニーの声援だけどな」
と猫がイライラしながら言った。
「こんなにチェルシーが人気者だとは知らなかった」
と俺は言う。
「お前の耳は腐っているのか? 俺にはアニーとお前の声援しか聞こえねぇーんだよ」
とチェルシーが言った。
「チェルシー様頑張れ。チェルシー様大好き」
俺が喋ったと悟られないように、口を隠して言った。
「俺の声援が、どこからか聞こえるぞ」
とチェルシーが辺りをキョロキョロしはじめる。
「ほら応援してくれる人もいるんだから、頑張れよ」
と俺が言う。
小さな女の子がチェルシーを見て、「うわぁー。ネコたん」と言って、犬と文字が書かれたTシャツを着た猫を抱っこした。
「抱っこしてくれてありがとうな。お嬢ちゃん」
とチェルシーが言って、女の子に振り返りウインクした。
「このネコたん、気持ち悪い」
と小さな女の子がチェルシーを投げる。
猫の俊敏さで器用に地面に着地した。
「これが俺の現状だよ」とチェルシーは言って溜息を付いた。
「人気者は辛いな」
と俺は言った。
「いいかげんに俺のことをバカにしていると、殺すぞ」
とチェルシー。
「それじゃあ、そろそろスタートの時間だから」
と俺は言って、上空に戻った。
そしてスタートの合図のファイアーを放った。
スタートテープが切られ、先頭集団が走り始める。
ナナナが異常なスピードで走って行く。
コースは街を横断して隣の街に向かって行くコースである。途中で折り返し地点が作られていて、また戻って着て街を横断してゴールになる。
マラソンの目的は避難訓練だった。
だから街を横断させる必要があった。
避難する時は、このルートを通って行くんですよ、と領民達に予習させているのだ。
元勇者パーティーメンバーの全員も参加してもらっている。
チェルシーには走ってもらっているけど、バランとミナミには警備に当たってもらっていた。
もし勇者が襲って来て、領民が他の街に流れた場合、戻って来てくれるのか?
この街に戻って来る理由が必要のような気がした。
やっぱり思いつくのは保険だった。
家が壊れた場合、家の立て直しを保証する保険を作ろう。
災害保険である。
少し前に作った保険は好評だった。
それはなぜか? 女性を狙ったからである。
旦那が死ねば家族ともども路頭に迷う。旦那の帰りを待つ妻はその不安を常に抱えていた。
その不安を解消する商品ができたのだ。保険を買うために行列を作ったのは女性だった。
金貸し屋も手数料だけでボロ儲けと喜んでいた。
すぐに災害保険を作ろう。
災害が起きても家の立て直しの保証があるなら領民達はこの街に再び帰って来るだろう。
人の流れを見ながら色んなことを考えた。お金についても考えたけど、それは割愛させてもらう。
先回りするために俺は空を移動した。
途中、バランが腕立て伏せをしているのを見つけたけど、わざわざ降りずにスルーした。
折り返し地点に立っているミナミのところで俺は降りた。
ミナミが俺を見て、嬉しそうにニッコリと笑った。
「みんなどんな感じ?」とミナミが尋ねた。
「ちゃんと走って来ているよ」
と俺が言う。
ミナミの悪戯な手が俺のお尻を触った。
俺は黙ってお尻を触られていた。
痴漢ジィジィみたいなイヤらしい手つきでミナミが俺のお尻を触り続ける。
「お兄ちゃんは走らないの?」
スーツを着て、俺のことをお兄ちゃんと呼んで、お尻を触っているミナミ。
「走らない。ミナミと一緒にココで領民達を待つよ」
「結界は予定通りに張ったの?」
「隣接する街に行く全ての道に張ったよ」
「お兄ちゃんじゃなかったら200年ぐらいかかるわね」
「そうだね」と俺は頷く。
少しの沈黙。
ゴクン、とミナミの唾を飲む音が聞こえた。
「まだ誰も来ないわよ」とミナミ。
「スタートしたばっかりだからね」と俺。
「誰にも見られてないわよ」とミナミ。
この子は何が言いたいんだろう?
「お兄ちゃんコッチ向いて」
「外じゃあダメだよ」と俺は言った。
「いいじゃない。少しだけ」
お尻をギュッと抓られた。普通に痛いからやめてください。
「ダメ」と俺は言う。
「それじゃあキスだけ」
「ダメ」と俺が言う。
「カンチョウするよ?」とミナミ。
えっ? なんでカンチョウされなくちゃいけないの?
「イヤ」と俺が言う。
「イヤって言うのがイヤ」
とミナミがわがままを言い始める。
「なんだよ、それ」と俺は苦笑い。
「お願い。キスして」
「わかったよ」
と俺は言って、ミナミのホッペにチュッとキスをした。
「バカなの? キスって唇同士でするのよ」
とミナミが言った。
「外だから」
と俺は言う。
「だから、いいんじゃない」
ミナミは夜の営みのせいで、大胆になってきてしまっている。
彼女が目を瞑り、俺の口づけを待っていた。
仕方がないので俺は彼女の唇に唇を重ねた。
「あっ、領主様、キスしてる」
と声が聞こえた。
声がした方を見るとナナナが猛スピードで近づいて来ていた。
ナナナが走りながら俺達のことを見つめ、折り返して遠ざかっても俺達のことを見ていた。
「外ではやめような」
と俺は言った。
「ごめんなさい」
とミナミが謝った。
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