第19話 野糞で大変なことに

 ミナミにフルボッコにされて気絶していたバランが、ゆっくりと起き上がった。

「寝てたわ」

 ハゲたドワーフが言った。


 落ち着きを取り戻したミナミが、メイドさんに淹れてもらったコーヒーを啜りながらバランの様子を伺っている。

 とりあえず俺もコーヒーを啜っていた。


 ミナミは俺と結婚の契約を交わす約束をしたことで落ち着いた。

 でもミナミさん本当にいいんっすか? そんなことしたらアンタ恋人を作ることもできなくなってしまいますぜ、と俺は言いたかったけど、せっかく彼女が落ち着きを取り戻したのだ。言えるわけがない。

 流れに身をまかせるしかない。

 俺は、そういう大人である。

 困ったら、もう流れに身をまかせてしまう。


「疲れているのかな? 最近、よく眠るんだよな」

 とバランが言い出す。

 どうやら殴られすぎて、殴られた記憶が飛んでいるらしい。


「もっと体を休めたら?」

 とミナミが言い出す。


 コイツ、バランに謝る気ないな。


「なんだ、この地図?」

 机に乗ってた地図を見て、バランが言う。


 話は途中だったけど、俺達は巨大魔物について会議していた。

 地図に赤丸の印が書かれたところは巨大魔物が発生した場所である。

 巨大魔物は我々の街を取り囲むように発生していた。

 領民が被害にあう前に、原因を取り除かないといけない。領主は領民の安全を守らなくてはいけないのだ。


「その赤丸、なんだと思う?」とチェルシーが尋ねた。

 バランがジッと地図を睨んでいる。


「お前が野糞した場所を印したもんだ」

 ハハハハハ、と猫が笑う。


 バランは渋い顔で地図を睨んでいる。


「本当だ」

 とバランが言い出す。


「最近、俺が巨大魔物を退治した場所ばかりじゃねぇーか。その時、野糞したわ。俺、こんなに野糞してるんだな」


 コイツ野糞してたのかよ。


「この街はバランのクソに囲まれているぜ」

 とチェルシーが言って、ケラケラと笑った。


 ミナミはコーヒーを啜っていた。

 彼女は女性用のスーツを着ている。髪が邪魔だからポニーテールに結んでいた。


「このコーヒー美味しいわね」

 とミナミが俺に喋りかけてくる。


「あぁ」と俺は頷く。


「この街をよく思ってない貴族はいっぱいいるわ」と彼女が言った。


 俺達の街は法人税を引き下げ、他の街や他の国から商会を誘致している。

 よく思ってない貴族もいるだろう。

 他の街では納税額が減ったことで、法人税を引き上げたところもあるらしい。そして、こんな高い法人税を払っていられるか、と怒った商会がウチの街に来るというスパイラルに入っている。

 簡単に言うと収入が減って怒って巨大魔物を作り出している奴がいるんじゃないか? って話である。

 ウチの街を潰せば、また納税額が戻ると思っているんだろう。


「他の貴族が巨大魔物を作り出している可能性があるのか? でも、どうやってソイツを特定する?」と俺。


 バランが驚いている。

「俺の野糞のせいで、他の貴族が巨大魔物を作り出しているのか」


「パーティーに行けばいいんじゃないの? 小次郎も貴族なんだからパーティーのお誘いぐらいあるだろう? そこで探せばいいだけのことだろう。そして巨大魔物を作り出している奴を見つけてバランの野糞を食わせる」

 とチェルシーが言う。


「そんなことしたら腹壊すぞ」

 とバランが言う。


「そんなことしねぇーよ」

 と俺が言う。


「でもパーティーに行くのは、いい案だな。直接、他の貴族に怪しい奴がいないか会って確かめてみよう」


「俺、すげぇーな。参謀だな。『パーティーに行くって言ったのはチェルシー』って背中に刺青彫って、忘れないようにしてくれよ」


「どうやって怪しい奴を特定するの?」


「アニーを連れて行く」

 と俺は言った。


 アニーという名前を出しただけでミナミが顔をしかめた。


「おいおい小次郎さん、急にデート宣言か? どこかミナミにも連れて行ってやってくれよ」とチェルシーが言う。


「アニーは心臓の音が聴ける。怪しい奴は特定できるだろう」と俺は言った。「怪しい奴だけ、チェルシーに頭を触ってもらって記憶を見てもらう」


「ちょっと待って、俺もそのデートに行くのかよ。コブつきデートはしんどいぜ」


「猫は連れていけない」と俺が言う。


「それじゃあ、どうやって」

 とチェルシーが言ったところで、戦ってきた過去のことを思い出したらしい。

 

 本来、チェルシーの能力は相手の弱点を知るためのモノである。

 だけどチェルシーは弱い。野良猫5匹分ぐらいの戦闘力しかない。

 相手の頭に触らなくちゃ記憶は読み取れない。

 だから相手の頭の近くに小さなワープホールを作り、チェルシーは手だけ出して頭を触る。

 そして念話で教えてもらうのだ。念話というのは心の電話みたいなものである。

 これならチェルシーが遠くにいても役に立つのだ。


「私もデートに連れて行ってくれるなら、その作戦でもいい」

 とミナミが言った。


 断ることはできない。ミナミの涙を見た後なのだ。

「わかった。デートに行こう」と俺が言う。


 ミナミが嬉しそうにニコッと笑った。


 アニーを外に連れ出す。何があるかはわからない。俺がそばにいるから、もしものことはないはずだけどパーティーまでに彼女を少しでも強くさせようと俺は考えていた。


「みんなすまん」

 とバランが急に頭を下げた。


「俺の野糞のせいで、大変なことになってしまったみたいで。みんなには迷惑をかける」


 俺は飲んでいたコーヒーを吐き出しそうになった。

 コイツは本気で言っているのか? 

 バランのクソは大地の栄養になっただけで、誰も怒ってはいない。


「仲間だろう。いいってことよ」

 とチェルシーがケラケラ笑いながら言う。


「そうね。私達は仲間だもん。これぐらい大したことはないわ」

 とミナミが真剣な顔で言う。

 よく、その顔で言えるな。


「そうだな。仲間だから当然のことだ」

 みんなの発言に俺も乗っかった。


  

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