第11話 婚姻があります

 自室の机には書類が山のように置かれている。

 この書類は全て俺に許可を求めるものである。

 内容は様々である。

 建築の許可から、法律の許可、犯罪者の処刑の執行の許可まである。

 日本にいた時に漫画やアニメの世界で偉い人がポンポンと書類にハンコを押しているシーンを見たことがある。アレをやらなければいけないのだ。

 もちろん全ての書類には目を通す。

 スキルや魔法を駆使して。

 ちなみにスキルと魔法は別物である。

 スキルというのは訓練や学習によって習得した能力のこと。

 魔法とは魔力で生み出す能力のこと。


 この街にはどうなってほしいのか? という街の完成形が俺の頭の中にはあって、そこから逸脱いつだつするものは許可できない。


 そんな大切な書類を置いて、俺はセドリッグと話し込んでいた。


 俺は自分の机に座り、セドリッグには部屋の中心にあるテーブル席に座ってもらっていた。


 話の内容はアニーの教育についてである。

 まずアニーにどうなってほしいのか?

 目的が無ければ教育はない。

 教育というのはプロセスであって、適当に勉強を教えればいいという訳ではないのだ。 

 アニーには、どんな大人になってほしいのか?


 彼女は長寿である。

 本来なら森に住むエルフ。そしてエルフの村から出ることはない。

 だけど彼女はエルフの村から出て俺のところにやって来た。

 俺達と彼女では寿命が違いすぎる。そんな彼女が将来どうなるのか? という事を考えた。

 アニーは俺達の死を見ることになるだろう。

 アニーは1人になるだろう。

 それでも友を作り、お金を稼ぎ、自分の身は自分で守らないといけない。

 俺達がいなくなっても生きていける女性に育てなくちゃいけないのだ。

 だからアニーに対しては経済的にも肉体的にも依存しない大人の女性になってほしい、と俺は思った。


 セドリッグにはリベラルアーツ、つまり教養の先生になってもらうつもりだった。教養が無ければ不自由なのである。


 店頭でお金を支払って商品を買う知識が無ければ、永遠に店頭で商品を買うことができない。それじゃあ盗めばいいじゃないか、という発想になる。そしたら捕まって牢屋に入れられるだろう。リベラルアーツが無ければ不自由になる。生きていくには必要なのだ。

 教養とは自由になるための知識技能なのである。


 彼女には沢山のことを教えなくてはいけなかった。

 魔力を持たない彼女の身の守り方。つまり戦い方も教えなくてはいけない。


 数学はできるんだろうか? 文字は読めるんだろうか? そもそも彼女の今の教育レベルを知る必要があるだろう。

 現状の教育レベルをセドリッグが測ってくれるらしい。


 とりあえずアニーの教育の話について、一段落した。


「それと」と俺は言う。

「アニーの奴隷契約を解除して、別の契約を結びたい」


 奴隷を禁止している領主が奴隷を所有しているのを他の貴族にバレると問題になってしまうからである。


「その方がよろしいかと思います」

 とセドリッグも賛成してくれた。


「養子にしようかと思う」


「この領地では奴隷を養子にするのは禁止されています」


 そうだったけ? 俺は記憶の棚を開ける。

 たしかに禁止していた。

 奴隷禁止の法律を作った時に、奴隷を養子にする奴がいっぱい現れたのだ。それが抜け道になってしまったのだ。


「それじゃあ従業員契約にしようか?」


 セドリッグが首を横に振る。


「従業員契約ではご主人様の所有物として見なされません」


「それでもかまわない」


「エルフの若い女性は珍しい。それにアニー様は大変お美しい。連れ去られてもかまわないとおっしゃるのですか?」

 

 所有物。この言い方は好きじゃないけど、所有物である場合と誰のモノでも無い場合では罪が違う。


「俺は従業員が連れ去られても守る。それに犯人は確実に殺す」

 と俺は言った。

 だから連れ去ろうとするような犯罪者はいないんじゃないのか?


「他の貴族でも、それは言えますか?」


 他の貴族に盗まれた場合。簡単に犯人を殺せばいい、というだけじゃなくなってしまう。色んな問題が生じてしまうのだ。

 もし王族だった場合を考える。

 こういった事件は、結構あるのだ。

 確実にややこしい問題に発展する。

 アニーが俺の所有物であったら、そんな問題は発生しないのだ。


「他の契約は無いのか?」


「婚姻があります」


「婚姻」と俺は呟き、考える。

 婚姻とは結婚のことである。

 アニーを妻にするのだ。


 この世界では婚姻の契約は重たい。

 しかも男にとっての不利益が多いのだ。

 妻の衣食住を守り、肉体を守らなければいけない。

 もし、その契約に違反したら財産の半分は妻の物になり、離婚になる。

 その代わりに妻は永遠の愛を夫に誓う。


 愛という名の鎖で夫を奴隷化するのだ。


 そう言えば日本でも変わんねぇーか。


 でも、この異世界は一夫多妻制を許可している。

 

「奴隷より、マシか」と俺は呟く。

「俺はアニーより早く死ぬ。それから本当に愛する人を彼女が探してもアニーには時間がある」


 その時、扉が少しだけ開いてチェルシーが入って来た。


「おいおい、お前結婚するのか」とチェルシーが言う。


「聞いていたのか?」


「ミナミが怒るぞ。ミナミが可哀想だぞ」


「そうか。一番の功労者だもんな」


「お前なにか勘違いしてねぇーか」


「えっ? 勘違いしてねぇーよ。魔王を倒す時も、街作りもミナミが一番良く働く功労者だと思っている。それが新参者の契約の方が良かったらムカつくよな」


 婚姻の契約は旦那に衣食住を確保されている。そして肉体も守ってもらえるのだ。それに違反したら半分の財産を貰えるのだ。


 俺は結婚している。子どももいる。

 だから婚姻は契約だけのモノになる。

 契約だけと考えると、婚姻はすげぇー破格な契約なのだ。


「はぁ」とチェルシーが溜息をついた。

「コイツわかってねぇーよ。コイツわかってねぇーよ」


「わかってるよ」


「わかってねぇーよ。バランよりわかってねぇーよ」


「あんなバカと一緒にするな」


「ミナミはお前のこと好きなんだぞ」


「わかってるよ」


「はぁ? わかってんのかよ」


「今は契約の話をしてるんだ」


 チェルシーがセドリッグを見る。


「俺がわかってねぇーのか?」

 とチェルシーが執事に尋ねた。


「私にはわかりません」

 とセドリッグが答えた。


「お前は知っていると思うけど、俺には妻も子どももいる。これは契約だけの話になる」


「でも、この世界には妻も子どももいてねぇーじゃん」


「いつか俺は日本に帰るんだよ?」


「いつ?」


「知らん」


「俺がわかってなかったのか?」

 とチェルシーがセドリッグに詰め寄る。


「セドリッグ、答えてくれよ」


「私には答えられません」


「それでチェルシー」と俺は話を変える。

「アニーの記憶は読み込んでくれたのかよ」


「あぁ、読み込んだよ。腐れ外道が」


「それじゃあ上映してくれ」

 と俺が言う。


「それでは私は」とセドリッグが頭を下げて部屋から出ようとした。


「セドリッグも見てほしい。彼女の教育に役に立つかもしれない」


「過激な性描写や、暴力描写が含まれているため15歳以下の方は視聴を禁止しています。15歳以下の方は目玉を潰してください」とチェルシーが言う。


「お前たしか14歳だったよな」とチェルシーが俺に言う。


「40歳越してるわ」


「うわぁー意外とおじさんなんだね」


「いいから早く上映しろよ」


「劇場内での映画の撮影・録音は犯罪です。不審な行為を見かけたら俺が目玉をくり抜きます。NO MORE 映画泥棒」


 コイツはコレを言わないと上映できないんだろうか?


 チェルシーの目玉が光り、プロジェクターのように壁に映像が流れ始めた。

 過去のアニーの映像が流れ始める。

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