ほんとうに、これでいいですか?
御手洗孝
それはただの……
「ごきげんよう。これはゲームです」
そう言われて目が覚めた。
そこは非常識な暗闇で、唯一わかるのは自分が寝ていて、寝ているということは床が有るのだろうなということぐらい。
「ごきげんよう、これはゲームです」
再び聞こえた言葉に、だからなんだよと不機嫌に思っていれば、
「ごきげんよう、これはゲームです」
と、もう一度念押ししてきた。
「いや、もうわかったから。っていうかこんな真っ暗で何がゲームだよ」
まるで煩い目覚ましだと起き上がり、暗闇に自分が存在してるという驚きから、繰り返される音声の面倒臭さへと移行した気分で言い放てば、遠くでピッと音がする。
「あぁ、良かった。生きてらっしゃって。反応がないから屍かと思いました『へんじがない、ただのしかばねのようだ』ってね」
「『ゲームなので(笑)』とか言うんじゃないだろうな」
「それはさておき、これはゲームです」
いい加減に腹が立ってきた。
わかったって言っただろうがと思いつつ「それで? 」と聞き返せば目の前に選択肢が現れる。
「今からいくつかの質問がなされます。数に制限はございません。お好きなだけお選びください。さて、今の気分は?」
一体何なのか、それを質問しても声は同じことを繰り返すのみ。つまり、選ばないと先には薦めない仕様のようだ。
仕方なく「苛立ち」「ムカつき」「面倒」「鬱陶しい」等々、楽しい印象とは真逆の単語を選ぶ。
「では、好きなジャンルをどうぞ」
事細かに分けられたジャンル。普通は見ないような選択肢もあったが、あまりの数にあまりじっくり見ることはせず、目についた好みのジャンルを数個選んだ。
「おや、適当は感心しませんよ。ちゃんと選びました? 制限時間はありませんからじっくり選んでいただいて良いのですよ?」
「いいよ、別に。ってうかファンタジーだの異世界だのはジャンルって言われてそうだって思うけど、システムって何のジャンルだよ、それに水とか意味分かんねぇよ」
「おやおや、これは大事な要素なのですよ。この選択次第で貴方が決まるのですから」
「なに? キャラ設定かなんかなの、これ?」
「そうですね、似て非なるものでしょうか。普通のゲームであればキャラ設定なんてことで、プレイヤーの選択肢でキャラクターが決まるのですが、こちらはプレイヤーの選択肢でプレイヤーが決まるのです」
「は? だからプレイキャラが決まるんだろ? はぁ、なんか面倒だな」
「それでは、今選んでいるのでよろしいですか?」
「いいよ、何か選択肢がありすぎて見きれないし、面倒だし」
「良いなら良いですよ。貴方自身が選んでいることですので。では次です」
そこから、自身の長所だの短所だの、幼少期から今までの出来事まで応えさせられて、ゲームという名の面接か? って思うほどだった。
そうして、これでもかと選択させまくられ疲れ切って、もうどうでもいいと思い始めたころ「それでは終了いたします」とようやく終わりが告げられる。
何がゲームだ。
複数の選択肢を回答していたから、ゲームブック的要素があるのかと思いきやそんなものはまったくなく、選択したからと言って何かが変わったわけでもない。
相変わらずの暗闇で、苛立ちだけが募っていく。
時計があるわけでもないから、どのくらい時間が過ぎたのかは分からないが、相当時間を使ったような気がする。何より体を動かしていたわけでもないのに疲労度が凄く、一体自分は何時間こんな作業をさせられていたのかと思い大きなため息を付いた。
「……そうですね、約30分程度でしょうか」
声に出してないはずなのに応えられて、少しぎょっと驚いたが、オレが質問するより先に声が言う。
「これで貴方のデータは蓄積されました。最後に、本当にこれでいいですか?」
「データ? さっきの質問が?」
「ほんとうに、これでいいですか?」
こちらの質問には一切答えず、念押ししてくる。
二度聞かれるとほんとうに良いのか迷ってしまうが、ここで「いいえ」と言おうものなら、またあの選択を初めからやらなければならないかもしれない。たった30分と言われても、そんな時間には思えないほどの感覚と疲労度だった。
「あぁ、いいよ」
「了解しました」
その声と同時に、目の前に大きく「NOW LOADING」の文字が現れ、改めて「ゲームだったのか」と思う。
「ようこそ、体験型ゲーム、RLinkユグラへ」
「キャラクター設定が終了しました」
「ログイン完了です」
「心ゆくまでユグラの世界をお楽しみください」
音声が終わり、目の前にあった「NOW LOADING」の文字は消えた。
「……ゲーム、始まってるのか?」
始まっているはずのゲームなのだが、相変わらず目の前は真っ暗で何も見えない。
もしかしてゲームは始まってないのかと思ったが、目の端に「ユグラプレイ中」の文字があり、自分はやっぱりゲームをプレイしているようだった。
体験型ゲームと言っていたが、コントローラーを握った覚えもないし、一体どうやってゲームを進めて行くんだと、体を動かそうとした。
「ん?」
どうしたことか、全く体が動かない。何かにもたれかかるように座り込んでいることはわかるが、足も腕も、指先までも動かなかった。
考えてみればおかしいことが多い。
いつゲーム機を作動させたんだ?
その前にユグラなんて言うゲームを買った覚えもない。
何より、体を動かそうとしたものの、ゲームと言うんだからコントローラーがないのはおかしいんじゃないか?
いや、まず、どうしてさっきはこんな初歩的な疑問が思い浮かばなかったんだ?
湧き出てくる疑問の数々に、じわじわとした、そしてじりじりとした不安と困惑が胸の中で入り乱れる。
「とにかく、周りの確認を。どうして目が開かないんだ……。光も感じない」
目を開こうとしているのは間違いなのか?
実は瞼は開いていて、あり得ない暗闇に閉じていると錯覚している?
どんなにもがいても何一つ動かすことは出来ず、ただ時間だけが過ぎていっているような気がした。
これがゲームなのだとしたら、完全なバグだ。
ゲーム機が目の前にあれば電源を落とすところだな……、と考えて思い立った。
「そうだ、ログアウトすればいい」
確かにログイン完了と聞いた。ということはログアウトも出来るだろう。
コントローラーは無いが、ログイン自体もそういうシステムだと言わんばかりだったから、おそらく念じるか唱えるかすればいいはずだ。
「ログアウト!」
強く念じてみた。
変化がない。
言葉にしなければいけないのかと、叫ぼうと思ったが、口が全く動かなかった。
「……詰んだ」
そう思った瞬間、目の前に白い文字が現れる。
「へんじがない、ただのしかばねのようだ」
「?!」
その文字列が呪文だったかのように、一気に意識が覚醒し、あたりの様子を感じることが出来るようになった。
相変わらず目は開かないが、耳が聞こえるようになったことで周りの状況がわかってくる。
「それ、やばくない?!」
「さっきから大丈夫かって聞いてるのに、全然動かねぇな」
「死んでるんじゃないの?」
「確認してよ」
「いやだよ、気味悪いだろ」
「警察に電話したら?」
「おい、何撮影しようとしてんだよ、やめろよ」
「めったにないだろ、死体に出会うなんて」
「まだわかんねーだろ」
「いや、あれはもう死んでんだろ」
「どきなさい、警察です」
「はい、下がって!」
「救急隊です!」
「君、聞こえるか?」
先程までの静かな空間から一変して、辺りは非常に騒がしくなった。
そして、自分への問いかけに対して、目の前に白い文字が再び現れる。
「へんじがない、ただのしかばねのようだ」
「あぁ、どうやら、選択肢を間違えたようだ」
サイレンの音や人混みの勝手な言葉の騒がしさの中、何故か自分はこう思っていた。
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