14 野村 虎太郎
ハヤマ病院って、さっき美希のスマホで見た “羽山病院” のことか... ?
地図が示していたのは、及川くんって子の事件があった廃病院の場所だった。
誰かのタチの悪いイタズラだろう... と 一蹴して打ち消したが、どうして今、麻衣花ちゃんから その病院の名前が出るんだ?
「はやま... ?」
絢音くんが 不審がっていそうな聞き方をしていて、美希は言葉を失っている。
及川くんの事件のニュースは、気になってテレビで観たり ネットで事件の記事を探してもいる。
でも現場となった病院の名前は、廃院ということもあってか 聞いたことがなかったし、文字で見たのも さっきが初めてだった。
ただ、この辺りでは注目されている事件だ。
俺が知らんだけで、どこかに名前が出ているのかもしれねぇけど...
麻衣花ちゃんのスマホに出てきた黒い文字が
画面に並んだアプリのアイコンを無視して打ち込まれた黒い文字は、誰かが ゆっくりとパソコンで打ち込んでいる様子を思わせた。その指先も。
「その病院 は、もう閉まってるんだよ」
美希が気遣いながら 麻衣花ちゃんに言って
「それに、皮膚科の お医者さんに診てもらった方がいいと思うし。
今日は日曜日だから、急患センターに行こう」と 続けたが、麻衣花ちゃんは
「皮膚科?」と 不思議そうに聞き返している。
「ううん。このまま、お腹が破れていくと思うよ。だから縫ってもらわないと」
時間も空気も止まった気がした。
唖然とした顔で、絢音くんが
「麻衣花、おまえ、何... 」と聞いたが、その先は言葉が続けられていなかった。
“お腹が破れる”? なんで... と、また黒い文字が
「そんなことには、ならないよ」と はっきりと否定する。
あの黒い文字は おかしい。あんなこと出来る訳はない。
でも それを認めたら、俺らじゃ太刀打ち出来ない... と認めることになる。
だから あれは、初期不良だ。麻衣花ちゃんの端末は、もう一度 交換してもらった方がいい。
「麻衣花ちゃん。たぶん、アレルギーか何かだよ。病院で薬をもらおう」
なるべく、普通の調子になるよう気を付けて言った。
病院で診てもらった後、麻衣花ちゃんが落ち着いたとしても、まだショックが残っていて この状態になってしまったら、本当に皮膚に傷がついてしまうことも あるかもしれない。思い込みの力で。
または、考えたくはないが、自分で傷つけてしまうことも。
明日は... というか 本当に落ち着くまでは、ひとりにしない方がいい。
後で 絢音くんに、麻衣花ちゃんの ご実家に相談してもらうように話してみよう。
「うん... 」
納得はいってない という頷き方をした 麻衣花ちゃんは
「でも、ほら... 」と、白いシャツの上から 自分の腹に手を宛てた。
手の下のシャツには、赤いものが滲み出して...
「麻衣花!」
絢音くんが 麻衣花ちゃんを引き寄せ、美希が
「だめっ! 麻衣花、手を 離して!」と、シャツから 手を離させている。
自分のスマホを取り出して 緊急通報ボタンを押し、消防に電話をした。
すぐに出た相手に『羽加奈消防署です。火事ですか、救急ですか?』と聞かれ
「救急車を お願いします」と答えながら、美希が
「傷に、繊維が付いちゃう... 」と声を震わせながら シャツを浮かせるのを見た。
麻衣花ちゃんの腹には、話に聞いたように クロスする線状のミミズ腫れのようなものが見える。
腫れた部分の皮膚が薄くなってシャツに擦れてしまったのか、ミミズ腫れの部分から細く出血している。
あのくらいの傷から、シャツに滲み出てくる程 出血するものなんだろうか... ?
『あなたの お名前と住所を』と聞かれ
「野村 虎太郎です。
あっ、住所なんですけど、友人の家に遊びに来ていて、友人の腹部から出血が... すみません、代わります。
絢音くん、ごめん、住所は?」と、絢音くんに スマホを渡しに行く。
「ガーゼか何か... 」
美希は、麻衣花ちゃんに
「救急箱って ある?」と 聞いている。
「ほら、ね... 」
絢音くんが 消防署の人に、住所や 傷の説明をしている間に、麻衣花ちゃんは
「やぶれちゃう って、言ったのに... 」と、自分のシャツに付いた 十字の血を見て、ほろほろと涙を零しだした。
********
救急車が到着すると、麻衣花ちゃんに付き添って 絢音くんが同乗し、俺と美希は車で 搬送先の病院へ向かうことにした。
病院に到着した絢音くんからのメッセージで、麻衣花ちゃんは 近くの総合病院へ搬送されたことがわかった。
向かっている途中、助手席に座る 美希が
「ねぇ」と迷ったように呼びかけてきて
「思い込みで、出血までしちゃうことって、本当に あるのかな... ?」と 不安げな声で聞いてくる。
「“本当に”... って、実際 見ただろがよ」
つい、怒ったような言い方になった。
まだ動揺しちまってるな...
美希は しばらく黙っていたけど、俺の返し方に苛ついた訳ではなく
「スマホの、SNSのアカウント、乗っ取ったりする人 いるよね?」と聞いてきた。
「おう」と答えながら、イヤな予感がした。
暗く冷たいものが じわじわと纏わりついてくるような。
「誰かが、及川くんのアカウント、乗っ取ってる」
赤信号で停車して、美希に目をやると
「及川くんから、メッセージが入ったの」と、俺を見返した。
麻衣花ちゃんのスマホ画面に打ち込まれた 黒い文字が
「なんて?」
かろうじて 普通の調子を装って聞く。硬い声になっちまったけど。
「“今田と あの男を 連れて来い” って」
あぁ... と、脱力感に似た何かに占拠された。
もう、目を背けてはいられないのかもしれない... という気になってくる。
“今田” は、麻衣花ちゃんのことだろう。
“あの男” ってのは、共犯者か... ?
それは、被害者か犯人しか知り得ない情報なんじゃないのか?
「虎太」という美希の声と 後続車が鳴らした 短いクラクションの音で、信号が変わったことに気付き、車を発進させる。
「その後も、“連れて来い” ってばっかり入ってきて、私、“この人、どうしてこんなこと するんだろう?” って、頭にきちゃって。
警察に見せようと思うの。
あの病院のホームページの、見取り図と 一緒に」
美希は、半ば呆れ、静かに怒りながら話しているが、“見取り図” って何だ?
俺は、あの病院の場所を示す地図しか見ていない。
それを聞くと、病院内の見取り図が別にあって
「赤くて丸い印が、“事務室” から移動して、及川くんの事件現場まで行くようになってるの。
ふざけてると思わない?」と言う。
そんな事 出来るのか?
誰かが 悪ふざけで作ったとしても、赤く丸い印は
最初から事件現場に入れて、点滅か何かさせそうなものだ。
院内を移動させる ってのは、手が込み過ぎている気がする。
それに なんで、病院の入口からスタートせずに、事務室からスタートするんだ?
「メッセージは、まだ入ってきてんのか?」
交差点を左折しながら聞くと、美希は 自分のバッグからスマホを取り出していて、道路の少し先には 麻衣花ちゃんが搬送された総合病院が見えてきた。
「うん。入ってるみたい... 通知、50件 越えてる」
ごじゅう?... と、美希の方に顔を向けそうになったが、運転中だ。
「あ、その内の 6件は、他の友達だけど」
それでも、40件以上 ってことだろ...
変な奴の嫌がらせにしても しつこ過ぎる。
美希は、メッセージアプリの及川くんのところを開いたようで
「途中は、途切れ途切れに 送信したみたい。
“今”、“dと”、“あn”、“男を 連れ”、“t来い” って、ばらばらになってるところもあるし。
これって、パソコンから入力してるのかな?
とにかく、“連れて来い” ばっかり」と、呆れたように ため息をついた。
俺も つきたくなる。あの黒い文字と同じ入力方法だ。
「それで、イヤなことを考えちゃったんだけど... 」
総合病院の駐車場に車を入れるために、窓を開けて駐車券を取りながら
「何だよ」と聞くと、美希は
「犯人が、同級生 ってことはないよね... ?」と言った。
そんなこと あって欲しくない... と思う。
誰が犯人で どんな理由があろうと、許されることではないだろう。けど、見知らぬ他人より ショックが でかい気がしてしまう。
駐車券を美希に渡し、無言で空いている駐車場所を探す間、美希は
「だって、及川くんのアカウントを乗っ取った人、私にメッセージを入れてくるんだもん。
麻衣花と私が仲が良かったのを知ってるからだと思う」と言ったけど
「そんなもん、麻衣花ちゃんのスマホを持ってた奴が、メッセージアプリのトーク画面 見てみりゃわかるだろ」と返した。
「あ、そっか... そうよね」
あの廃病院のホームページにしろ、及川くんからメッセージが入ったことにしろ、“誰かの悪質なイタズラ” だと思っている 美希は、それに対する怒りが大きいようで、恐怖心は薄れていて落ち着いている。
でも、麻衣花ちゃんが あんな状況だ。
絢音くんと見た、あの黒い文字のことを話すべきなのか どうか...
「あ、あの車、もう出るんじゃない?」
美希が指したのは、病院の建物から遠い場所だった。
建物から近い場所も空いているのが見えるけど、病気や怪我で来院する人が大半だろうし、美希が言ったように車が出た 遠い場所の方に停めることにした。
車を停めると、絢音くんに “着いたよ” と メッセージを入れて、二人で降りた。
すぐに、“今、麻衣花が処置してもらってるところ。一階の受付とエレベーターの間の通路を まっすぐに進んだところに居るよ” と返信が来たので、病院の正面口へ向かう。
「でも、麻衣花だけじゃなく... 」
隣を歩く 美希が
「“あの男” って、誰のことだと思う?
もし 絢音くんのことなら、この人、麻衣花のことを いろいろ知ってて、二人に嫌がらせしたいのかな?」と、俺に自分のスマホを渡してきた。
本当だ。トーク画面には、“連れて来い” ばかりが並んでいる。
“今田と あの男を” と、何度も何度も。
あの黒い文字を打ち込む指先を想起したことが掠める。
いや、違う。あんなこと出来る訳がない。
あの黒い文字と こいつは別人だ。そうであってくれ。
「虎太さ、さっき “麻衣花のスマホのトーク画面を見た人なら” って言ってたじゃない?」
美希に聞かれて、あ... と 思った。
それなら このメッセージを入れているのは、同級生ではないとしても、犯人 ってことになる。
「そんな、アシがつくようなこと、しなくない?
こんなことしといて、私が警察に相談する って考えないことないと思うんだけど」
そうなんだよな...
頭のどこかでは、もう 太刀打ち出来ないことなんじゃないか? と 解っていた。
“あり得ない” と押し切って、認めたくなかっただけだ。
被害者本人からだ... とは。
いや。待て待て。こんなんで どうする?
もっと冷静に考えねぇと。
相手が犯人だとしても、“絶対に捕まらない” と自信を持っているか、または、ただ誰かに嫌がらせをすることが全て みたいな狂人で、そいつがIT関係に強い奴だということも考えられる。
それでも、麻衣花ちゃんのスマホの初期不良を除いて の話にはなるけど...
「とにかく、警察に相談しようぜ。
嫌がらせ受けてるし、こんなの 被害者の子にも失礼だしな」
もう、病院の正面口に着く。
美希にスマホを返そうとした時に、新しいメッセージが入った。また同じ文だ。
“今田と あの男を 連れt来い”
でも、そのあとが問題だった。
“腹を 裂くぞ”
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます