13 原沢 美希
寝室の開いてるドアに、遠慮がちなノックの音がして
「... どうしたの? 何かあった?」と、居ても立っても居られなくなった って風に、虎太が聞いた。
私は ベッドの隣に座り込んだまま、泣きそうになっちゃってたんだけど、掴んでいた麻衣花の手に もう片方の手を添えてから、離して、麻衣花を絢音くんに任せると、虎太を促して 寝室を出る。
リビングのテーブルとソファーのところで
「麻衣花の お腹に... 」って、今 見たものの話をすると、虎太が ザッと青ざめた。
麻衣花がシャツを捲った時、私はほぼ それを目の前で見てしまったんだけど、最初は 薄くて赤い線だった。
それが ぐずぐずと浮き上がってきて、ミミズ腫れみたいになった。
麻衣花に見せたくない。もうシャツの端から見えてしまっていただろうけど、しっかりとは...
どうしよう... と思った時に、麻衣花の手を掴んだ私とは 逆の側から、絢音くんが麻衣花を抱きしめてくれた。
それで、虎太が来たから、私も 麻衣花に “大丈夫” を込めて、もう片方の手も麻衣花の手に添えて出て来たんだけど、虎太に話していても、手も声も震えてる。
「どうしよう... ?」
虎太だって、どうしたらいいか分からないと思うのに、聞いてしまう。
「... 病院に」
虎太は 自分のスマホを取り出して
「日曜でも やってるところはあるだろうし、急患センターでなら診てもらえる。皮膚科かな」と、今から診てもらえそうな病院を探しはじめた。
「何かのアレルギーかもしれねぇし... ほら、接触性のやつとかさ。
あとは、何だ。あれだ あれ。“聖痕” だっけ?
キリスト教の信者さんなんかに出ることがある ってやつ」
聖痕って、聞いたことがある。
確か 虎太と 一緒に、深夜のドキュメンタリー番組か何かで観た。
イエス・キリストが
「あれもさ、本当に勝手に浮き出てきた人もいるんだろうけど、信仰心が厚いと、“思い込みの力で出ちまうこともある” って言ってたよな? テレビで。
プラセボ薬とかもそうだ。
ただのビタミン剤なのに 何故か効いて、病気が治っちまう人もいる。
人間って、そういうところがあるんだよ」
そうだとしたら、麻衣花は、それがマイナスの方に出ちゃった ってこと... ?
及川くんの事件現場に 自分が失くしたスマホがあって、及川くんは、お腹をどうかされて亡くなってしまった って、ニュースで観たから?
でも、そうかもしれない。
私が麻衣花だったら、及川くんの事件を身近に っていうか、同級生が殺害されたってこと以上の親密さ... っていうのも おかしいけど、とにかく自分と切り離して考えられなくなってしまうかも。
「
「うん、そうだよね」
私も病院を調べようと、虎太がソファーの下に置いてた自分のバッグからスマホを出すと
“
でも、皮膚科さんは なかなか見つからない。
やっぱり総合病院だとか、急患センターになるのかな?
気が動転しちゃってたのか、何故か 外科は? とも思って、ううん違う。だって手術するところだから... と否定した時に、あの込み上げる笑いの喉の音が耳を掠めた。
スマホから顔を上げると、虎太も上げたところで、目が合った。
どっちも 何も言わない。でも、頷く。
虎太は、“ああ... ” って風に瞼を閉じた。
あの音を 思い出したんじゃない。
今、実際に聞こえたんだ...
病院に連れて行っても、ダメなんじゃないかな?
頭のどこかで そう思ってしまって、ううん って思い直す。
お医者さんに診てもらえば、きっと大丈夫。
なのに、あの廃病院が浮かぶ。
指が震えて、上手く画面をスクロール出来ない。
そのうちに指が画面に当たってしまって、どこかのホームページが開いた。
... “羽加奈 南 羽山病院
診療科目 内科、消化器内科、外科
診療時間 月火木金、9時から18時、水・土、9時から13時”...
マップを見て、スマホを落としてしまった。
これ、あの廃病院の...
「どうした?」
何も答えられない。怖くて、涙が出てくる。
私のスマホを拾った 虎太が、画面を見て、一瞬 呆然とした。
それから眉をしかめると
「何かの間違いか タチの悪い誰かのイタズラだ。
または、ホームページが無くなってなかったか。
そのどれか。それだけだよ」と、私のスマホのホームボタンを押した。
でも、どうして... ?
休日診療所を調べていて、どうしてそれが出てくるの?
「美希、落ち着け。大丈夫だって。
急患センターにしよう。
明日以降に通える病院も教えてくれるみたいだ」
ソファーを立った虎太が、麻衣花たちの寝室へ向かってる。
私のスマホは テーブルの上にあるけど、怖くて触れない。
私より ずっと怖い思いをしてるのは、麻衣花なのに...
寝室のドアを小さくノックした虎太が
「絢音くん、麻衣花ちゃん。ちょっといいかな?」って、病院の話を切り出してる。
そうだ... 麻衣花の方が、ずっと怖い思いをしてる。
運動場のトラックを横切って、まっすぐに私のところへ走ってきてくれた、四年生の麻衣花が浮かぶ。
今度は 私が助けたい。助けなくちゃ。
スマホの、何が怖いの? って、思い直した。
いつも虎太に、“またスマホ見てんの? 高校生なのかよ おまえは” って言われちゃうくらい見てるのに。充電コードに繋げてまで。
テーブルの上のスマホを手に取る。
こんなの、機械だもん。人が作った。
あの廃病院のホームページを見ておこう。
だって これは、聖痕やプラセボ薬が効いちゃうように、私が思い込みの力で引き寄せたようなものだと思うから。
誰かが事件後にイタズラで作ったのなら通報しよう。
“病院” って検索しただけで出てくるのかも。
もしそうだったら本当にタチが悪い... って、怒りも湧いてきた。
ブラウザの履歴から、あのホームページを開いた。大丈夫。怖くない。
スクロールすると、少し下に病院の見取り図も載ってた。
テレビで見たように、病院はL字型をしてる。
駐車場からみて正面が いろんな科の診療室や手術室になってて、右側は入院する人の病室みたい。
一階の受付の奥は、“事務室” って書いてあるんだけど、これって記載 要るの?
病院に行く患者さんには知る必要がなくない?
でもそこに、赤く丸い印が付いてる。
目立つし、何なんだろう?
その小さな赤い丸が移動していく。
事務室を出て、受付の前を通って、角を折れて、右側の建物へ。
そこで 一階の見取り図から消えてしまって、今度は地下の見取り図のところにある。
地下は狭いみたい。
診療室がある本館?には、地下はないし。
右側の建物の階段を降りて行って、備品室、霊安室... ? この表示、要る?
これ、絶対に誰かがイタズラで作ってる!
カッカしながら赤い丸印を追う。
霊安室を通り抜けた赤い丸は、その隣の部屋に入って止まった。
何の部屋なのかは分からないけど、ここって、及川くんの事件現場になった場所なんじゃない?
麻衣花が言ってたけど、その後に私も ニュースで、“現場となったのは 地下の”... って聞いた。
誰? こんなの作ったの。
誰でもいい。とにかく警察に通報しよう。
ムカムカしながら、リンクのコピーをしようとしたら、スマホの画面が真っ暗になった。
どういうこと? 電池は まだ全然あったのに。
不具合かな? 再起動しても、あのホームページの履歴は残ってるよね?
電源ボタンを長押ししてみたけど、再起動のマークも電源OFFのボタンも出てこない。故障... ?
強制再起動してみるしかないのかな?
確か、ピンで押す場所があったはず。
「美希、病院に... 」と 虎太が言いに来て、絢音くんに付き添われた 麻衣花が、寝室から出て来るところだった。
泣いちゃったみたいで目が赤い。ギュッと 胸が痛む。
「うん。私も行く。
麻衣花、大丈夫? 何か飲む?」って聞きながら、とりあえず スマホをバッグにしまおうとしたら、メッセージアプリの通知音が鳴った。
スマホ、直ったのかな?
画面の上に出てる通知の名前を見て、バクンと心臓が鳴る。 “及川 浬”...
絢音くんに誘導された麻衣花がソファーに座って、絢音くんは
「保険証、財布ん中だよな?」って 取りに行った。
麻衣花とテーブル越しに、床に座る 虎太が
「うちの車で行こうか?
絢音くんと後ろに座るといいよ」って話してて、私は
「お水、注いでくるね。麻衣花、寝起きだし、喉 渇いてるでしょ?」と、スマホを持ったまま キッチンへ向かう。
... きっと誰かが、及川くんのアカウントを乗っ取ったんだ。それしか考えられない。
スマホを キッチンの低い棚の上に置いて、冷蔵庫の中から お水のペットボトルを出して、グラスに注ぐ。
リビングに居る 麻衣花の前に置くと
「洗い物もしといちゃうね」って言って、キッチンへ戻った。
メッセージアプリを開いて、及川くんのところをタップする。
高校の時に やり取りしたメッセージは 機種変する時に消えちゃってて、まっさらのページには
“今田と あの男を 連れて来い” って入ってた。
何これ?
今田って 麻衣花?... なんで麻衣花を なのよ?
私たち以外に、麻衣花が失くしたスマホが 事件現場で見つかったことを知ってる ってこと?
まさか、犯人... ?
“なんで?” って返そうかと思ったけど、余計なことはしない方がいいかも。
警察に見せて、どうしたらいいかを聞こう。
また棚の上にスマホを置いて、お皿やグラスを洗う。
通知音が鳴った。ニセモノの及川くんから。
“連れて来い” って。
この人、人が亡くなったっていうのに、その人のアカウント乗っ取って成りすまして、何とも思わないの?
信じられない。心底 呆れる。悪いけど、人間とも思えない。
でも、もし犯人なら... ?
ううん。自分から 捕まるようなリスクは冒さないよね。
この人、他人のアカウントを乗っ取れるくらいの知識がある... ってことは、どこかハッキングするとかどうかして、麻衣花のスマホが事件現場にあった って情報を掴んだのかも。
もしかしたら、虎太に 麻衣花の番号からかかってきた、あの笑う喉の音の電話も。
私が知らないだけで、番号を偽装する方法もあるのかも。
さっき聞こえた気がした笑う喉の音も、私と虎太の気のせい。きっと そう。
とにかく許せない。私、何を怖がってたんだろう?
麻衣花を病院に連れて行ったら、警察に行こう。
このメッセージとホームページを見せなくちゃ。
また通知がきて、“連れて来い”...
しつこくない? 本当に何がしたいの?
でも、警察に見せるまで続いてくれた方が 都合がいいかも。
サイレントモードに設定する。
スマホを自分の後ろへ隠すようにして リビングへ戻ると、保険証入りの財布を持った 絢音くんも戻ってきたところだった。
麻衣花は、グラス半分くらいの お水を飲んでて、少し落ち着いたみたい。良かった...
「じゃあ、行こうか」
虎太が床から立ち上がると、絢音くんが 麻衣花の隣に行って
「大丈夫か?」って 支えながら立たせてる。
「うん... 」と小さい声で答えた 麻衣花は、私に顔を向けて
「病院って、羽山病院だよね?」と聞いた。
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