6 樋川 絢音


麻衣花の端末とSIMが届いた。

もう 二、三日かかるだろうと思ってたけど、早いよな。


「あーあ。前のスマホ本体の月額、やっと払い終わってたのにー... 」


「まぁ、しょうがないんじゃないの?

もう失くさないように、首から掛けることにしたら?」


ソファーに座って、新しいスマホの設定をしている 麻衣花に言うと

「そんなことしたら、いろんなところに ぶつけそうじゃない?」と、床に転がってる俺に “人には言うよね。自分はしないくせに” って言いたげな顔して返ってきた。


「いや、かけてる人いるよ。普通に。

自転車 乗ってる人もかけてたよ」


「うちに自転車ないもん」


半分 冗談でもあったのになぁ...

普段なら、“じゃあ、紐 買おうかな” って 本当に選んだりすんのに。


麻衣花は最近、機嫌が悪い。

スマホを失くしてから、“なんか落ち着かない” と言う。

落として失くした で済まずに、拾った人がいる ということが分かっていて、返してもらえなかったからだろう。

相手は単純に、知らない人の為に時間を割くのが面倒になっただけなんじゃないか と思うけど、まぁ、こっちも気分は良くない。


その人は、“スマホを拾ってから、周りの人に落としてないか聞いて回ってた” って言ってたんだ。電話では。

だから、親切な人なんだな と思ったし、この人なら返しに来てくれるだろう とも思ってた。


もしかしたら、熱を出した とか何か事情があって来れなくなったのかもしれない。

それでも、連絡はして欲しかったな。

自分の番号を 見知らぬひとに知られたくなくても、拾って持っている麻衣花のスマホから 俺に掛ければいいんだしさ。


何か変だ... と もやもやする。

何が引っ掛かってるのかは判らないけど。


でも今は、とにかくもう、スマホの話から離れた方がいいかな。

新しいのも届いたし、いろいろと設定し直している麻衣花が 何も言ってこない... ってことは、SNSや何かのアカウントが乗っ取られているということもなさそうだ。


まだスマホを触ってる麻衣花に

「昼、どうする?」と 聞いてみた。

今日は土曜。俺も麻衣花も、土日は仕事が休み。

出掛けてなければ、昼は だいたいどっちかが簡単なものを作る。


「うーん... ちょっと待って」


これは、作る気ないな...

なので「何か作ろうか?」と 聞いてみたら、今度は「お野菜とか、材料あったかな?」だと。


床から半身を起こして、テーブルに置いてあるリモコンを取った。見るともなしに朝から点けていたテレビのチャンネルを変えてみる。

別に機嫌取る必要もないし、面倒臭い。


実は、変える前に点けたままにしてたチャンネルが、“旬の野菜で簡単レシピ” みたいなやつだったから、余計に変えたくなった ってところもある。

俺、小せぇな... って自笑もしたけど。

柱とか棚の角に小指 引っ掛けても、未だに自分で怒ったりするしね。“痛っ!” って。

いつか、“注意が足りなかったな” みたいに、穏やかでいられるようになんのかな...


チャンネルを変えたところで、情報番組にしたって、“映えるスイーツの店” みたいなやつだった。

器が小さいやつが何かしたところで、最初と大差がないか 余計に悪くなるかなんだよな。

大人しく昼飯 作った方が良さそうだ。

“野菜がないかも” ってことだったけど、パスタか何かにするか。玉ねぎくらいあった気がする。


『... 速報が入りました』


ん? いきなりニュースに切り替わった。


羽加奈うかな市の山中にある、十六年前に廃院した病院の建物内から、男性の遺体が見つかったということです』


「えっ?」


麻衣花がスマホから顔を上げた。

羽加奈市は、ここ。俺らが住んでいる場所だからだろう。俺も画面を見つめる。


『腹部を強く打って亡くなられたとみられる男性は、両手首を縛られていたことから、殺人の疑いで捜査が進められており、また、現場近くに停められていた車や所持品、鑑定の結果から、被害者の男性は、同市に住まわれている 及川 かいりさん、27歳であることが判明しました』


「うそ... 」


呟くように言った 麻衣花に目を向けると

「高校の時の、同級生かも... 」と、麻衣花も俺を見た。


「えっ、被害者の人?」


そうなんだろうけど、つい確認してしまう。


「うん...

あんまり話したことは、なかったんだけど... 」


「そうか... 」


『... 被害者の男性は、今週の木曜から会社を無断欠勤しており、連絡がつかず、行方が分からなくなっていたそうです』


木曜か... 麻衣花がスマホを落とした 一日あとだ。

でも、同級生が殺人の被害者なんてショックだよな。

知らない人なのに、麻衣花の同級生だって聞くと、俺もショックなくらいだ。

こういうニュースを観た時は、“なんでそんなことを” と理不尽さを悲しく思ったり、被害者が子供だったりすると やり切れなさを覚えるけど、そういう時とは また違う。


麻衣花のスマホが鳴った。

「美希から... 」と、メッセージアプリを開いている。

美希ちゃんも、このニュースを観たのかもな。


スマホから顔を上げた 麻衣花は

「ちょっと、電話するね」と 言ったので

「あ、じゃあ俺、弁当か何か買って来るわ」と、外へ出ることにした。

被害者になってしまった同級生の話をするとしたら、俺が居ると気を使うだろうし。


「うん、ごめん。頼める?」と渡された、家用の財布と、自分のスマホと鍵を持って外に出る。

ドライブスルー 出来るところで買ってもいいか。

車で行こう。


麻衣花は、あんまり食わないかもな。

普段は明るいし、多少の悩みくらいでなら食欲が落ちることもないけど、ショックを受けると 食えなくなるし、しばらくふさぎ込む。

... となると、ガッツリした物は避けた方がいいかな。何にしよう?


考えながら車を走らせていると、助手席に置いたスマホから メッセージ通知の音が鳴った。

麻衣花かな?

近くのコンビニの駐車場に車を停めて、アプリを開くと、美希ちゃんの彼氏... 虎太郎くんからだった。


“こんにちは

あやとくん、今、忙しい?”


何だろう?

虎太郎くんとは、麻衣花や美希ちゃんと 一緒に、何度か飯 食ったことがあるんだけど、昨日の

“俺にも番号とか教えてくれない?” には、少し驚いた。

彼女同士が友達だから っていう間柄... って認識だったし、虎太郎くんも同じ感覚だと思ってたからだ。


でも、麻衣花がスマホを失くしたからとはいえ、俺と美希ちゃんが メッセージアプリで繋がっちゃったしなぁ... と思って、虎太郎くんには、“美希ちゃんに聞いておいて” と答えた。

何もなくても、先々で何かトラブルになるのも困るし。


ただ、虎太郎くんの言い方も気になったんだよな。何か話がありそうな雰囲気だった。

あのビデオ通話の時に話さなかったのは、麻衣花や美希ちゃんが居ると話にくかったからかな?


“こんにちは

今だったら大丈夫ですよ

一人で買い物に出てるんで”... と返信を入れる。

敬語になってしまった。


“じゃ、ちょっと掛けるね”


“はい、了解です”


なんだろ このやり取り... 男同士で気ぃ使い合って。特に俺がね。

少し笑ったけど、着信画面になったので 通話ボタンをタップする。


『もしもし? ごめんね、急に』


虎太郎くんも外にいるみたいだ。

車が通る音がしてる。


「いや、大丈夫だよ。どうしたの?」


俺、さっき敬語で返信してたのになぁ。

まぁいいや。

虎太郎くん、細かいこと気にしなさそうだし。

ついでに彼女の美希ちゃんも。

二人とも カラッとしてるんだよな。


『うん。麻衣花ちゃんがスマホを落とした日のことなんだけどさ... 』


虎太郎くんが言うには、美希ちゃんを迎えに行った時に、ベンチ近くの街路樹の影から女が出てきた ってことだった。

ただし、その女が “街路樹まで向かうところ” は見ていない と言う。


『俺が、美希たちが座ってたベンチまで歩いて行く間は 確実に見てないんだよ... 』


その女は、モデルかってくらいスタイルが良くて、顔も整っていたけど

『なんか、美人には見えなくてさ』ということらしく

『それで印象に残ってたんだけど、“見掛けた女” の話だったからさ。

美希たちの前じゃ言いづらいじゃん』ってことだ。


「あぁ、うん。確かにね」


あのビデオ通話で、“モデル級の女を見た” っていう話が出ていたら、お互い後々 面倒なことになっていただろう。賢明だ。


「でもさ」と、虎太郎くんに聞く。

その女が何なんだ? と。

俺は見てないから、“スタイル良かったね” とかの話は出来ないし。


『その女が、麻衣花ちゃんのバッグから スマホを抜いたんじゃないか って思ったんだ』


「え? なんで?」


どうしたんだ 虎太郎くん...

そういうこと考えるタイプじゃなさそうなのに。


『だって、バッグから落ちるかな?

あの時さ、麻衣花ちゃんは 自分の隣にバッグを置いてたんだけど、結構 大きくバッグの口が開いてたんだよ。

麻衣花ちゃんは気付いてなさそうだったけど』


麻衣花... 財布も入れてたんだろうに。


『で、美希の方に向いて話してて、バッグに注意を払ってなかったみたいだった。

街路樹とベンチの間を通って 駅に向かう人もいるから、二人とも 背後のことは全然 気にしてなかったしさ。

俺が美希の後ろに立っても気づかなかったくらいで。

街灯で影が出来るのも、二人の後ろだったしね』


うーん... どうなんだろう?

その女がスリだとしても、取られたのが財布なら納得 出来るんだけどな...


俺が返事をせずにいても、虎太郎くんは気にせず

『女が麻衣花ちゃんのスマホを取った って仮定した上での話になるんだけど』と、推測を話し続けた。


『そりゃ 悪いことに使おうとしたんだろうけど、まぁ、はっきりした目的は分かんないよね。

けどさ、女が結構 長い間、街路樹の裏に居たのが気になって。

その理由を考えてみたんだよ。

最初は、自分のバッグにスマホをしまう間だったのかな と思ったんだけど、それにしたら時間が長過ぎたんだ。

だから、麻衣花ちゃんの名前を知ろうとしたのかと思って』


「麻衣花の名前って、“スマホの持ち主の名前” だから ってこと?」


確かに、スマホに自分の名前は入れないもんな。

アカウント名を本名にしている人もいるだろうけど、他人... この場合、スマホを抜いた女が それを見ても、“本名じゃないかもしれない” と考えるかも。


『そう。美希が 麻衣花ちゃんの名前を呼ぶのを待ってたんじゃないかと思ったんだよ。

あと、麻衣花ちゃんの話し方を聞いてた... とかさ』


なら、その女がスマホを抜いたとしたら、麻衣花に成りすますつもりだったのか?

何のために?


『麻衣花ちゃんの名前と話し方を知れば、スマホのメッセージでやり取りする分には、相手にバレなさそうじゃない?』


「だったら その女は、麻衣花の知り合いに連絡するために... ってことになるのかな?」


その女が 麻衣花とは無関係の人に連絡するつもりだったんなら、麻衣花の情報は要らないだろう。

いつの間にか俺も、虎太郎くんの “モデル級の女が麻衣花のスマホを抜いた説” に乗って話してるけど。


『そうなっちゃうよね。

でさ、絢音くんが 麻衣花ちゃんのスマホに電話して、“拾った相手が出た” って言ってたじゃん?

それで その時、相手は、“明日 渡す” って約束したって。

そう言っとけば、相手には 一日 猶予が出来ない?

麻衣花ちゃんのスマホを使うための』


「あ、そうか... 」


確かに。

相手が返しに来てくれると思ったから、交番で出した紛失届も 一度 取り下げてもらったし、携帯会社にも連絡しなかった。


『その間に、麻衣花ちゃんのスマホで誰かに連絡してさ、連絡した相手に “麻衣花ちゃんからだ” って油断させて、詐欺か何かして。

で、スマホは捨てたのかな って』


当たってる とまでは言えなくても、いい線いってる気がして、なんか不安になった。

その女が麻衣花を装って、詐欺か何かしたとする... それが発覚したら、麻衣花が疑われるんじゃないか?


交番で紛失届を出して 携帯会社には連絡せず、一度 届を取り下げて、今度は盗難届。

ここでやっと携帯会社にも連絡。

その間に詐欺か何かした記録が残っていたら、麻衣花が あやしまれる気がする。

交番に 一緒に行った俺も だろうけど。


『ごめん。不安にさせたよね?

いや全然 俺の妄想なんだけど、あの女のことは話しといた方がいい気がしてさ。

スマホ拾った人も女の人だった って聞いたから、また余計にね』


黙ってしまっていたことで、虎太郎くんに気にさせてしまった。


「いや、ありがとう。

話 聞いてて、もしかしたら って思ったし、気に留めとくよ」


『うん、もし 麻衣花ちゃんが何か疑われたりしたら、俺も この話をするよ』


疑われたら って、警察に ってことかな?

それか、詐欺られたかもしれない 麻衣花の知り合いに?


また「ありがとう」と 答えたけど、虎太郎くんは

『うん、全然全然』と 言ったあとに

『さっき、ニュース速報が入ったんだけど、観た?』と 聞いてきた。


「あぁ、麻衣花たちの同級生の男子が、事件の被害者になってしまった っていう?」


『そう! 美希に聞いて、ビックリしてさ。

美希が麻衣花ちゃんにメッセージ入れてみたら、“返ってきた、スマホ届いたみたい” って電話 始めたから、今なら 絢音くんと話せるかな って、メッセージ入れたんだけど... 』


「うん、麻衣花も驚いてたよ。俺も何かショックだったし」


『そうだよね、本当にさ... 』


それから虎太郎くんは、一呼吸 置いた後で、妙な質問をした。

『麻衣花ちゃんの 新しいスマホとSIMが届いたのって、今日?』と。


「うん?

うん、ついさっきだよ。二時間くらい前かな」


『そっか...

麻衣花ちゃんって、俺の番号、知らないよね?

アプリのIDじゃなくて、電話番号』


「たぶん、知らないと思うよ。

美希ちゃんに聞いてなければ、だけど... 」


そう返しながら、何故か ぞわりとした。

虎太郎くんに、麻衣花の番号から着信があったんだろうか... ?

でも、そんなはずはない。

麻衣花は スマホの設定をしていただけで、誰にも電話はしていなかった。


「なんで?」と聞き返しながら、動悸もしてきた。どうしてだろう?

携帯会社には パソコンから紛失届を出して、受理されたから、新しいスマホとSIMが届いたんだ。前のSIMで通話は出来ない。

スマホを返さなかった女が、誰かに麻衣花の番号を残すのもムリだ。


『いや、知ってるのかな?って思っただけ』


虎太郎くんは

『いやほら、美希が絢音くんのIDとか番号とか知ってるから、何?

ジェラシーっていうか、あれだよ、フェアじゃない、とかさ... 』と、下手な嘘をついて、何かを隠そうとしている。


でも、“その何か” を聞く気になれない。

脇や背中が 汗で冷たくなってきた。

不安 というか、怖い。何でなんだ?


代わりに

「じゃあ 麻衣花に、虎太郎くんの番号 教えとくよ。結構 ヤキモチ焼きなんだね」と、この得体の知れない怖さを紛らわそうと 冗談めかして言ってみると

『嘘うそ。いやいいよ。絢音くんより 麻衣花ちゃんが嫌がるよ。“あんたと何 話すの?” みたいなさ。やめといて』と 止め

『でもまた、絢音くんには連絡するかも。

っていうか、ごめんね。長々と話しちゃって。

絢音くんも、寂しい時に連絡してくれていいからー。じゃあね』と笑って、通話を終えた。

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