2 今田 麻衣花


おかしいなぁ...


駅のホームのベンチで、バッグの中を漁ってみてる。ないの。スマホが。


今日は、美希みき... 小学校の時からの同級生と会ってたんだけど、今は その帰り。

お互い 仕事が終わってからだったから、百貨店に入ってる お店の何件かを見るだけになっちゃったんだけど。


百貨店を出てからは、ビストロに入って...

この時に、テーブルに置かれたテリーヌが かわいくて写真を撮ったから、スマホはあった。


ビストロを出て、“もうちょっと話したいね” ってなって。

チェーン店のカフェでコーヒーをテイクアウトしたんだけど、それを持ってる美希を撮ったり、美希も私を撮ったり。この時もスマホはあって...


駅の方向に歩いてたんだけど、スマホはもう、バッグにしまってたと思う。


駅前の広場のベンチに座って話してたら、美希のカレから美希に電話があって。

“迎えに来てくれるみたい” って言うから、それまで広場で 一緒に居ることにした。


駅に向かう人、駅から出て来る人は もちろんだけど、遅い時間だったのに、広場には 結構 人が居て。

私たちは 背もたれのないベンチに座って話してたんだけど、後ろから現れた美希のカレから、美希が驚かされちゃって、まだ入ってたコーヒーのカップを落として カレに怒ってて...


うーん...  この時、スマホは出してなかったんだよね。


美希のカレが、“送ろうか?” って言ってくれたんだけど、私は私で、絢音あやと... カレに “電車に乗る前に連絡して” って言われてたから、そう話して遠慮して。


ベンチを立って、美希と “また ゆっくり会お” って挨拶してたら、美希のカレに “二人とも相変わらず小さいな” って、水平にした手のひらで 155センチの私たちのサイズを示されちゃったりしたから、また美希が “もう!” って笑って怒ってた。


私と美希の背は、同じくらいなんだよね。

高校で成長が止まっちゃった。

だからたまに すらっとした女の人ひとを見ると、二人で “いいなぁ... ” って羨んだりもする。


美希とカレにバイバイして ホームへ向かってる時も、そういう すらっとした女の人ひとを見かけて、一人で いいなぁ... って思った。


あと 10センチ、ううん、5センチでも高かったら良かったのに。

うん... 別に心底 羨んでるわけじゃないんだけど、高校の時から思い続けてたから、なかなかクセが抜けないみたい。


自動改札機にICカードをかざして、ホームへの階段を昇って。

絢音に連絡しよ ってスマホを出そうとしたら、なかったの。


え? って焦って、化粧ポーチも携帯ミラーとブラシも、部屋の鍵も膝に出して探したんだけど、本当にない。どうしよう...


スマホはいつも、バッグの内ポケットに入れてる。

でも今日は、最後に出した時... コーヒーを持つ美希を撮った後、私の片手も紙カップで塞がってたから、とりあえずバッグに差し入れたんだと思う。


膝の上に出した物をバッグにしまいながら、コーヒーを買ってから今までのことを よく思い出してみるけど、どうしてないのか全然わかんない。


バッグのジッパーは ずっと開けっぱなしだったから、どこかで落としちゃったのかな?

バッグの中から落ちることは考えづらいけど、もしそうだとしたって、歩いてる時に落としたら いくらなんでも気付きそう。

スマホに付けてるケースはプラスチックのなんだよね。だから、落ちたら音もするし、私だけじゃなく、美希も 一緒に居たんだし。


それなら、さっきの広場でベンチに座ってる時に落としたのかな?

コーヒーを飲みながら美希と話してた時、バッグは隣に置いてた。

駅前は、騒がしいってほどじゃなくても ざわざわしてたから、スマホを落としてても気づかなかったのかも。


もう 一度、さっきのベンチまで見に行ってみよう。


ホームから階段を下りる時もスマホが落ちてないか注意して見ながら、改札口に居る駅員さんにも 落とし物でスマホはなかったかを聞いてみた... けど、ないみたい。

事情を話して 改札を通してもらうと、広場のベンチへ向かった。


私と美希が座ってたベンチには、今は誰も座ってなかった。

探してみたけど、ベンチの上にも下にも落ちてない。

私が座ってた左側の斜め後ろには 街路樹が植わってるから、その周りも探してみた。

やっぱりない。


どうしよう...


コーヒーを買ったカフェまで歩いてみようかな?

でも そうすると、終電を逃しそう。

絢音に相談してみようにも、スマホがないし...


そうだ! ニイに話して、絢音に連絡してもらおう。

絢音と 一緒に暮らすことになった時に、うちに絢音が挨拶に来てくれたんだけど、その時に番号の交換してたし。

パパやママともしてたけど、二人共もう寝てるかもしれないし、あんまり遅い時間に外から連絡したら お小言もらいそうだから。

二人の娘は もう 27なのに、扱い方が あんまり変わらないの。十年くらい前と。


駅前にある公衆電話ボックスに入ってみた。

初めて入ったから、少し感動する。

でも、公衆電話自体は使ったことあるんだよね。

高校に置いてあって。

スマホを家に忘れちゃった時に 部活で帰りが遅くなっちゃったから、ママに “駅まで迎えに来て” って電話した。

駅までは友達と 一緒だからいいんだけど、電車を降りてからは暗いから 怖くって。

今でも、夜の寂しい通りは 一人で歩けない。

だって何か出てきちゃいそうな気がするし。


実家に電話すると『はい... 』っていぶかしむような声で兄が出た。うん、公衆電話からの着信だもんね。


ニイ」って言ったら

『えっ、 麻衣花マイカ? どうした?』って、驚いて心配してる。


「スマホ、なくしちゃって。絢音に」連絡してくれない?... って言う前に

『はぁあ? なくしたぁ?』って大きい声で返されちゃった。


『バカなの? おまえ』


ニイの こういうとこ、キライ。

私は自分で分かってるし、困ってるのに、頭ごなしに言うの。私が中学くらいの時から。


『今どこ?』って聞かれて、むっとしながら

「会社の近くの駅」って答えた。

何か言い返すと 倍になって返ってくるから、こういう時はガマンする。


『絢音に言っとくから、さっさと電車に乗れ』


それで電話は切れちゃった。


むっとしたまま駅まで歩いてたけど、ついてないなぁ って少し落ち込んだ。




********




「電源、切れてんな」


電車を降りて 改札から出たら、絢音が車を降りて待っててくれてて、顔を見ると ほっとした。


『スマホ、なくした って? どうすんだよー?』って言ってても、怒ってないし

『うん、探したんだけど... 』って話しながら、駐車場に停めてあった車に 二人で乗り込んで。


ひと通り話を聞いてくれた 絢音が、私のスマホに電話してみてたんだけど、“おかけになった電話番号は... ” っていうアナウンスが流れたみたい。

そういえば、電池の残量が少なかったと思う。


「とりあえず、スマホ 止めてもらっとくか?」


絢音が 携帯会社の “紛失時の相談窓口” を調べてくれたんだけど

「SIMカードのIDもいるなぁ。

警察にも紛失届を出せ って書いてある」んだって。

なんか大げさな気がするけど、個人情報も 連絡する相手の名前も番号も入ってるんだし、当然なのかな...


そうだ、友達や会社、家族の連絡先... そう考えたら、とんでもないことしちゃった って焦ってきた。

ロックはかけてあるけど、もし解除されちゃったら...

そうじゃなくても、電源が入ってない ってことは、携帯会社にも探しようがない ってことだよね?


「一応、美希ちゃんにも聞いてみる?

番号 わかる?」


絢音が聞いてくれたけど、首を横に振った。

最初の三桁と、最後の四桁しか覚えてない。

家に帰ってアドレス帳を見れば、美希の実家の電話番号ならわかると思うけど...


「じゃあ、交番に寄って紛失届 出して、家で スマホの停止手続きするか。

新しいSIM 送ってもらうまで」


絢音に頷くと「よし」って 駐車場から車を出して走らせながら

「大丈夫だよ。電源も落ちてるんだし。

もし、落ちてるスマホを拾ったとするだろ?

俺なら 電源が入ってたとしても、画面ロックの解除までしようと思わないけどな。

どこかの店で拾えば、“落とし物です” って その店に預けるし。

さっき、“もし拾ったら” って話したけど、道端にスマホが落ちてても 実際は素通りするかも。

ま、今は 麻衣香が落として困ってるとこ見てるから、今後もし落ちてるのを見つけたら、交番に届けようと思うけどさ」って ゆっくり話してくれて、少し落ち着いてきた。




********




交番に寄ってきたし、家に着いた時間は遅くて、美希の実家に電話して、美希のスマホの番号を聞くのは 明日にしよう ってことになった。


「あとは、携帯会社の紛失手続きだな」


絢音は、ソファーじゃなく 床に座ってる。

その方が落ち着くみたいで、ソファーには 座るんじゃなくて、ひとり占めして寝そべることが多い。


SIMを切り取ったカードに ID番号が載ってたはずだから、リビングの棚の引き出しを開けて探してたら、絢音が「あ。かかった」って言った。


「“かかった” って?」って聞いちゃったけど、私がなくしたスマホに... ってことだよね?

誰かが拾って電源を入れた ってこと?

充電して... ?


「あ、もしもし」


絢音が話し出して、ドキっとした。

スマホを持ってる相手が出たんだ...


「そのスマホの持ち主の家族なんですけど」


相手が出た時に 少し姿勢を正した絢音は、そんな風に話しはじめて、今は相手の話を聞いてる。


「... はい。あ、そうなんですね」とか

「いえ、ありがとうございます。助かります。... はい」って話した後に

「じゃあ 明日の夕方、駅まで行きますんで、それまで預かっていただいていて いいですか?」って言ってて、目の前が明るくなった気がした。

返ってくるのかな?って期待してしまう。


通話を終えた絢音は

「おまえ、やっぱり駅前の広場で落としてたみたいだよ」って言いながら、自分のスマホをテーブルに置いた。


電話に出た相手は 私のスマホを拾った人で、しばらく周りの人に、“これ、落としてませんか?” って聞いてたみたい。

落とした人が近くに居ないみたいだから、駅に届けるか交番に届けるかを迷ってたんだって。

駅の構内じゃなくて、広場で拾ったから。


それで、その人が自分の友達と相談してる間に、何気なく電源を入れてみてしまったみたいで、絢音から電話が入った。

“このスマホの持ち主の知り合いに違いない” と思って、電話に出てくれたそう。


今、私のスマホを持っていてくれているのは

「女の人だったぜ」らしくて

「その人も職場が あの駅の近くだから、“夕方 18時頃には駅に着くと思う” ってさ。

俺も少し早く上がらせてもらって、あの駅まで行くから。良かったな」って!


ふう って力が抜けた。よかったぁ...

拾ってくれたのが いい人で、本当に。


「交番にも連絡しとかないとな」って、絢音が電話を掛けてくれてる。

今 座ったら、しばらく動けなくなるような気がして、二人分のコーヒーを淹れるために キッチンへ

向かった。




********




「もう、18時半か... 」


昨日は美希と座ってた駅前広場のベンチに、絢音と座ってる。

スマホを拾ってくれた人を待ってるところ。


今日は会社でも、スマホを落とした話をしてたら

“えっ、でも戻ってくるんだ”

“良かったね。普通、諦めるところだと思うよ” って、驚く人ばかりだった。


「拾ってくれた人、残業になったのかもな」


そう言ってる絢音も、今日は早く上がらせてもらう代わりに、明日は残業確定みたい。


私は 17時すぎに会社を出て、まっすぐに駅に向かって、絢音や スマホを拾ってくれた人との待ち合わせの場所の このベンチに座って待ってた。


スマホがなくて、連絡が取れない状態で待つのって、不安もあるんだけど 解放感みたいなものもあって。

絢音か その人は、もうすぐ着くかな?って、純粋に待ってる って気になった。

小学生の時に、一緒に登校してた友達を待ってた時の気持ちに似てる。


広場の中央に建ってる っていうか、まっすぐの白く長い円柱しかないせいで、立ってる って感じの時計も見てたんだけど、私が着いてから 15分くらいで、絢音が歩いてきた。

ベンチから見ると右側の、駅の駐車場の方から。

“あっ、来た” って嬉しくなっちゃって、隣に座った絢音に

『なんか嬉しそうだな。久々に見た気がする、そういう顔。昔は かわいかったよな... 』って言われたりもしちゃったんだけど。


道路標識みたいに立ってる時計は、もう 19時に近い。

絢音が「拾ってくれた人の連絡先も聞いときゃ良かったかな... 」って言ってるんだけど、もし私が拾った人の立場だったら、顔も知らない男の人に 自分の番号は教えたくないかも。

だから、聞かなくて よかったんだと思う。


「あ、雨」


絢音が言った時に、私の瞼にも 小さい雨粒が落ちてきた。アイシャドウ、落ちちゃってないかな?

「駅で雨宿りしながら待つか」って、二人で駅の入口の端っこに移動して、あのベンチに向かって来る人を待つことにする。


さあ っと降った雨は、すぐに上がった。

通り雨だったみたい。


でも。

20時になっても、21時になっても、“その人” は来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る