ウェルシュドムワンズ

エリー.ファー

ウェルシュドムワンズ

 僕は、父のようになりたいと思っていた。

 逆に父は、僕を羨ましがっていた。

 不思議な気分だった。

 僕にとって、父は尊敬の対象であり、当然僕よりも上にいる。

 でも、父にとって僕は神々しい何かであったらしかった。

 数年前に父は亡くなってしまったので、何故にそのような考え方をしていたのか確認する機会は永遠に失われてしまった。ただ、特に気になっていたわけでもないので、記憶のどこかに棘として残るだけで済んだ。

 ある日、僕は結婚した。

 隣町に住む、令嬢だった。

 僕の家は貧しかったけれど、何故か令嬢は僕のことを気に入ってくれた。

 周りからはどんな手を使ったのか、と問われたが、何もしていないと正直に答えるしかなかった。いわゆる、種も仕掛けもない恋愛結婚。

 僕が一番驚いていたくらいだ。

「なぁ、これでお前も金持ちの仲間入りだな」

「たぶん、そんな感じにはならないと思うよ」

「なんでだよ」

「僕が結婚したとして、僕に急に敬語を使い始めるかい」

「あぁ。それは、ねぇな」

「だろ、たぶんそういうことなんだよ。それに、そっちの方がいいよ」

「また、釣りに行こうぜ」

「分かったよ。妻も連れていくから、君の彼女も連れて来てよ」

「実は、来月、結婚する予定なんだ」

「おめでとう。じゃあ、その時に君の彼女の顔を見ておかなくちゃ」

「結構、美人だぜ」

「そんな気がしてたよ」




 歪の中でしか生きていけない君と僕の間で魅せる誘惑。

 五千年という時間が欲しい。

 同じだけの歩幅で金銀財宝を落として欲しい。

 混沌とした春の間に真冬を想わせてくれなければ、絶望が始まるだけである。

 一生に一度の常識を奇数にして頂けませんでしょうか。

 スペイン語を聞きたい。

 訳の分からない言葉で罵倒されたい。

 吐き出してほしい。

 恨みに近い何かを投げつけて欲しい。

 蛙を下さい。

 真夜中の千年。

 あふれ出る千年。

 君と僕で作り出した一年。

 死を。

 甘き死を。

 アダルトでありたい。




「妻が亡くなったんだ」

「いつ頃かな」

「確か、去年」

「確かって、覚えていないのかい」

「忘れそうなんだ」

「亡くなったことをかい」

「いや、妻ごと」

「それは、どうなんだろう。よくないことなんじゃないかな」

「そう、思う。でも、駄目なんだ。僕が消えてしまいそうな気分になるんだよ」

「やめておいた方がいい」

「うん。分かってる。分かってはいるんだ。でも、やめられないんだ。大人しく生きていくことができないんだよ」

「言葉にしてしまえばいいんだ」

「今、してる」

「じゃあ、文字にすればいい」

「今、してる」

「じゃあ、その。なんだ。えぇと」

「妻を愛してるんだ」

「あぁ、分かってるよ」

「怖いんだ。怖いんだよ。いつか、僕が死んだら、死んでしまったら。妻を忘れてしまいそうなんだ」




 何か見せておくれ。

 僕に似た何かを。

 何か見せて送れ。

 僕に似た何かを。

 何か店で贈れ。

 僕に似た何かを。




 このあたりで死体が見つかった。

 皮膚の内側には、肉も骨もなかった。 

 けれど、愛が詰まっていたそうだ。

 おそらく、餓死だそうだ。

 幸せにはなれたのだろう。

 それも、一つの愛の形なのか。




 哲学に埋もれて、良い悪いの判断すらしなくなった人間の末路なんて、あんなもんだろ。

「いいわけねぇだろ。あんな人生。俺は御免だよ」

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