拒否権はやっぱり無いらしい


「ご助力忝く我が主に代わって感謝申し上げます」

「な~に。気にすんなって。帝都の目の前で皇族を襲撃する輩をなぁ生かしておく理由はねぇからなぁ」


 師匠が軽い調子で受け答えている。

 それにしても、この態度は皇子の護衛の前でもかわらないのか。師匠は元皇族だから問題ないのかな。


 二人の応答を耳に傾けながらも標的とされていた馬車を見る。


 ・・・多分中には四の皇子がいるんだろう。だけど出てこないんだよなぁ。

 貴人は簡単に姿を見せないというポリシーを守っているようだ。他には師匠の兵達しかいない。それでも姿を見せない・・と。

 色々とめんどい。もしかしたら四の皇子だけ面倒なのかも。そんな気がしてきた。


 正体不明の襲撃者。連中の襲撃は結局失敗に終わった。

 それもあっさりとだ。

 拍子抜けするくらい早い決着だった。襲撃者が弱すぎたのかもしれない。

 やっぱり師匠の兵達は強い。

 襲撃者は彼らの前に何もできなかったと思う。遠くから土埃を巻き上げて突進してくる様は大迫力だった。

 ・・あれは戦う事を諦める。喚声が物凄いんだ。

 戦う前から決着は決まっていた感じだった。

 味方だからボクは無事だったと思う。敵にしちゃいけない。心に強く刻んでおいた。帝国一の軍というのが良く分かった。

 ハッテンベルガー将軍の戦いもボクは見た事がある。こっちは静かに素早い移動だった。

 師匠の軍は地面が揺れているんじゃないかという迫力がある。

 軍隊も一律じゃないんだなと思った。


 勿論ボク達も仕事はした。

 真っ先に襲われている馬車へ救援に向かった。発見者だし、一番近かったからだ。

 わりとあっさりと襲撃者から馬車を遠ざける事に成功した。弓を使っている襲撃者も後退させる事に成功。馬車の安全を優先で確保。


 馬車を包囲しつつあった襲撃者達は最初はボク達の接近に馬車を質にしようとした。

 目論みはあえなく失敗。

 数が違う。何より個々の連携が雲泥の差だったし。兵の実力も差があったと思う。


 後からクラウス爺に確認したんだけど。襲撃者はちょっと強い盗賊程度だったらしい。それは弱いという部類に入るんだ。うん、覚えておこう。


 一応襲撃者を捕縛しようとしたのだけど・・失敗に終わる。

 馬車を襲っていた襲撃者は逃げきれないと悟ると、ボク達に戦いを挑んできた。降伏の意思は全くなかったので全員切り倒した。弓の襲撃者も同様だった。

 捕まったら殺されると思ったんだろうか。

 残っていた指揮官と思われる襲撃者は自害した。


 その手段が異様だった。

 

 なんというか・・爆発した。


 爆発の衝撃で体はバラバラで。死体も分からないくらいだった。

 その様子をボクはモロに見てしまった。視えるようにしていたから仕方ないけど。かなりグロかった。

 ・・トラウマになりそう。

 暫くご飯は無理かもと思うくらい衝撃だった。

 爆発の威力は凄かった。囲んでいた騎士達にも負傷者が出た。幸いに軽傷で済んだから良かった。

 

 師匠も驚くほどのか凄い爆発だった。

 てか、こんな現象を見た事が無いそうだ。


 ボクは思った。

 ・・これって魔法なんだろうか?

 

 今のボクの知識ではどのような魔法なのかは分からない。

 帝国に来てからも魔法を使える人を見た事がなかった。

 過去に魔法使いがいたという書物の記録も見つけられなかった。不思議な自然現象の記録はあったんだよなあ。

 でも本当に自然現象かもしれない。

 決定的な確証は全くない。

 

 魔法じゃないと仮定した場合・・。

 

 ・・・爆弾?。

 いいや・・でも似ているんだよなあ。

 そもそも前世の記憶と合致している点が多い。と、思う。


 だけど・・爆弾の存在は否定したい。

 だってこの世界には爆弾は無いんだ。火薬を使って爆発させる。この技術はまだ発見されていないようだ。

 以前、それとなく師匠やクラウス爺に聞いてみて確認済みだから本当だろう。

 

 一応・・素材があればボクは作れると思う。作ろうとは思わないけどさ。

 この世界に投入してしまうと大変な事になってしまう。

 絶対に戦争に使う。

 この世界の戦争は剣と弓での戦い。細かく分類するともっとあるけど。

 一度に大量の人を殺してしまう兵器は無い。

 爆弾を投入する事でこの世界の戦争のシステムを変えてしまうのが怖い。

 パラダイムシフトってやつだったか。

 簡単に作ってはいけないもんなんだ。

 

「レイ様?どうしたの」


 物思いにふけていたからか。クレアから話しかけられる。

 怖い顔していたかもしれないな。注意しないと。

 

「うん。ちょっと考え事だよ。気になる事がちょっと増えたからね。それよりも四の皇子はどうして帝都の外に出たのか話をしていた?」

「いいえ。肝心の事は全く。襲撃者の心当たりを確認しているだけのようよ」

「結局弓矢を使った襲撃者はエーヴァーハルト公国の人間だったの?」

「エーヴァーハルト公国独自の弓の誂えで間違いないようよ。他の者達も残った装備からエーヴァーハルト公国の関係者じゃないかって」


 なんとも・・。

 盗賊とかじゃないとは思っていたけど。

 エーヴァーハルト公国の装備で襲撃?いかにも怪しい。

 意識を師匠達の会話に向ける。

 

「・・それではこの者達の扱いはお任せしても宜しいのですか?」

「仕方ねぇ。元々帝都に行くつもりだったからいいぜ。お前達が襲われた事もいずれ知られるだろうしなぁ」

「帝都近郊での襲撃ですから。隠してもいずれ露見しましょう。扱いは閣下のご随意に」

「ふん。で、お前ぇの主は誰なんだよ。まさか空の馬車じゃねぇんだろうなぁ」


 皇子の護衛の表情に少し変化が出る。余程会わせたくないんだろうか。

 続柄だと師匠は四の皇子の叔父にあたるんだから・・いいんじゃないかと思うのだけど。そんな単純じゃないのかな。

 この人、怖い顔がデフォルトだからなあ。


 少しの間を置いて護衛の人は応じる。


「畏れながら人払いを。閣下のみで宜しいでしょうか?」

「余程面を知られたくねぇってかよ。ま、いっか。よぉ。全員ちょっと遠ざかっとけぇ」


 師匠が手を振ると周囲の兵達が動き始める。統率取れているよなあ。

 

「だがなぁ。俺だけってのは却下だ。おい坊主。お前はこっち来い」


 護衛の人は難色を示したけど結局折れたようだ。

 宣言通り師匠がボクを手招きする。

 なんで?ボクが・・・。

 護衛の人は何か言おうとしたようけど師匠が遮る。


「俺ぁ、弟のガキ共には会った事がねぇんだ。この坊主は会っている筈だ。本人確認は坊主にしてもらう。この期に及んで坊主を知らねぇとは言わせねぇぞ」


 護衛の人の顔が僅かに歪む。すげぇ怖い顔しているんですけど。そんな顔で睨まないでください。

 ボクも護衛の人もお互いを知っている・・筈。

 あの時は非公式会見だと思ったからボクはさっきまでは知らないフリをしていたけど。

 できれば下がりたい。会いたくない。

 嫌な予感しかない。


 その間にも師匠の軍はどんどん距離を取って下がっていく。

 ボクは師匠にしっかりと掴まれている。

 ・・逃げられないかあ。


 仕方ない。


 ボクもクレアにアイコンタクトで下がってもらうようお願いする。

 クレアは辛そうな顔をしていたけどお願いを聞いてくれたようだ。あとで慰めないと。


 護衛の人の後ろをボク達は馬車に向かって歩いていく。


 馬車は既に他の護衛の人達で守られている。十人もいない・・か。

 お忍びだからか装備はバラバラで統一性が無い。

 この数で本当に護衛ができるのだろうか?

 できないだろうな。

 先程の襲撃が回答になるもんな。大人数の盗賊団に襲われたら無理って事だ。

 私的な馬車だから・・お忍びなのは間違いないだろう。

 でもこんなタイミングで何を・・?

 目的がさっぱり分からない。


 護衛の人が馬車の中に話しかけている。

 窓を遮っていた幕が開かれる。窓は半分空いた。やっぱり高級馬車でも窓はちっちゃいんだな。


 顔が少しだけ見えた。


 うん、確認できた。

 ・・・やっぱり四の皇子だ。影武者とかでも無い。

 ボクは師匠に目線を向けて軽く頷く。師匠はそれだけで分かってくれたようだ。意地悪い笑みが不気味だけど。

 腕は掴まれっぱなしだから・・逃げられない。本人確認完了したんだから下がらせて欲しい。


「レイ君。暫くだね。ジーモン。君も少し下がりなさい。叔父上とレイ君と話しをするだけだ。大丈夫なのは分かっているだろう?」


 ほら、声を掛けられてしまった。

 それと・・ジーモンというのか護衛の人の名前。彼は四の皇子に何かを言いたそうだった。でも指示通り距離を取っていく。

 またもやボクを睨んできた。・・なんで?

 これで近くにはボク達三人しかいない。と、思う。・・ボク関係ないと思うんですけど。

 

「叔父上。お初にお目にかかります。馬車の中からの非礼をお許しください」

「ふん。あいつと同じく表向きは礼儀正しいじゃねぇか。で、坊主。これが本物と判断できるか?」


 これって不敬じゃないの。一応皇子ですよ。

 既に伝えているのに聞いてくるし。

 これがやりとりだから仕方ないのか。


 最初に確認した時点で本物である事は間違いなかった。

 皇族といっても所詮は人。

 魔力の質というか。全く同じ人はいない。魔力量はもっと違う。

 総じて皇族や貴族は魔力量が多い。そういう血統で固めているからだろうな。

 一般的にはその魔力を身体能力強化に使って戦う。この世界の魔力運用はそんな感じだ。

 その魔力をなぜ魔法に注ぎ込めなかったのか。

 結果魔法は廃れている。

 ほんと不思議だ。


 ちなみに・・・だ。

 皇族である師匠やエリーゼ様の魔力はとんでもなく多い。それだけでも相当強いんだ。反則だよなぁ。

 反面・・四の皇子は実は多くない。ボクも最初は驚いだ。

 でも魔力が少ないだけで本人とは判断していない。

 なんというか・・指紋みたいなものが魔力にもあるって感じ。それで判断する。

 これを使ってボクは既知の人であれば間違えない。変装していてももだ。結構便利なんだ。ボクの魔法。

 

「はい。あの時面会したマルシュナー殿下で間違いないです」

「マルシュナー・・ね。で、四番目のお前ぇが何の目的で帝都の外に出ているんだぁ。ご時世を知らぬわけじゃねぇだろう?」


 確かに。皇帝が崩御しているんだ。継承権を持っている人物がお忍びで外に出るのは普通じゃない。

 外に出たら襲撃を受けている。

 ・・・穏やかじゃない。


「叔父上にいずれ分かる事なので素直に話します。この度私は隣国サンダーランド王国の王太子となる事になりました。既に手続きは完了しました。この件父が亡くなる前から進んでいました。ああ、理由は宰相にでも聞いてください」


 は?

 サンダーランド王国王太子だって?

 え?

 今の王太子がいるんじゃ・・・。

 確か・・行方が分かってなかったってシェリーに聞いたな。この事師匠は知っているのかな?


 怪しい。

 あの王太子と四の皇子は良い関係じゃないと思う。

 絶対何かあったぞ。策略の臭いがプンプンするんですけど。

 色々考えてしまう。けど、ボクではこれについて追求する手段は無い。冷たいけど優先で調べないといけない事でも無い。

 でもさ。これってボクが知っても良い事なのだろうか?

 なんか最近機密情報がどんどん舞い込んできている気がする。

 ボク帝国では一般人ですよ。あ・・そうでもないか。


「王太子の件は極秘じゃねぇのか?簡単に俺達に話していいのかぁ。知っている人間が少ない方が危険は少ねぇだろうよ。それで襲われたんだじゃなぁ。ヤツラの心当たりはあるんだろうなぁ?」

「勿論極秘ですよ。ですから供も最低限にと。まさか本当に襲撃があるとは驚きました。本当に全く分からないです。どこで聞き耳を立てているか分からないものですね」

「ふん。で、お前ぇはどうすんだ?一旦帝都に戻って護衛を再編するのかぁ?俺達は帝都に用事があるから同行してやってもいいぜぇ」

「有難いお話ですがご遠慮しておきます。私達にも日程がありますので。このまま隣国に向かいます」

「なら勝手にしな。で、本当に襲った連中の正体も分かんねぇのかよぉ」

「それが皆目分からないのです。この事を知っているのは私が知っている範囲では宰相だけです。手続きを宰相が内務大臣に指示していたのは知っています。叔父上は何かご存じなのですか?」

「知らねぇよ。言ったろう?俺は別の目的で帝都に来たんだ。この坊主がお前ぇを見つけなかったらどうなっていたんだろうなぁ?」


 四の皇子はボクに視線を向ける。

 一回しか会っていないけど。この人苦手だ。

 ボクを強引に臣下にしようとしてくるし。

 周りの人達もなんか冷たい感じだ。

 ジーモンさんがその筆頭だ。彼は目で殺す事ができるに違いない。本気で怖い人ばかり。ヤンキー集団だよ。

 実際に悪い事はしているんじゃないかと思ってしまう。


 四の皇子は王太子の行方不明に関係があるだろう。今思えばあの時の面会もその下地作りだったのかもしれない。ボクの推測だ。

 とにかく油断できない人だ。

 この人がボクの故国の王太子になるなんて。マジで~。

 

「成程。私は運が良かったという事ですね。ではレイ君が側に居てくれると私は安全になりますね」


 げげ。やっぱり忘れてないじゃん。師匠~。助けて欲しい。

 

「駄目だなぁ。坊主は俺の弟子であり部下でもある。お前ぇにやるつもりは全くねぇぞ」

「残念です。では暫く借りるという事はできますか?」

「どういう事だぁ?」

 

 安心したのも束の間。


 四の皇子は説明する。あ~聞きたくない。

 先程謎の襲撃者に襲われた。今回の襲撃で終わりとは限らない。

 サンダーランド王国の領内に入れば王国の部隊が警護してくれるそうだ。

 国境までの安全を確保したい。ボクを同行させ危機を回避あるいは襲撃者の撃退をしたいと。

 ボクとその正体の警護が欲しいらしい。


 確かに。現状の護衛達では不安になると思う。

 ボクの小隊が同行しているだけでも抑止力になるんだろ。

 言いたい事は分からないでもない。

 四の皇子・・・いや、今はサンダーランド王国の王太子か。

 その道中の安全を守るのは個人的には断りたい。

 どうやって王太子の座を得たのか分からない。きっと碌な手段じゃない。

 あの王太子はお世辞にも良い人物ではなかったけど。それでも良い方法での交代じゃないだろう。

 目の前の人が将来的に国の王になる。

 ボクとしてはいい気分じゃない。

 

 この人を放置していたら今頃どうなっていたんだろう。と、不謹慎な事まで考えてしまう。

 もうぐちゃぐちゃだ。

 師匠にも頭をぐりぐりされてぐちゃぐちゃだ。

 ん?何か呟いている気がするけど・・・聞こえない。何言っているんだ?


「いいだろう。但し条件があるなぁ。こっちも忙しいんだぁ。同行させるのは今日を含めて四日だ。それで国境に届かなかったら自前の護衛でなんとかしな」

「叔父上ありがとうざいます。四日もあれば急げばなんとかなりますでしょう。ではレイ君達をお借りします。・・レイ君頼んだよ」


 師匠が承知してしまった・・。

 断るという選択肢はボクには無い。


「・・承知しました」


 あ~。マジかぁ。

 しかも師匠のあの目。

 あれは何か企みがある時の目だ。その目的がボクが同行する事であれば逆らっても仕方ない。

 遠巻きに囲んで同行していればば話しかけられる事もないか。

 

 四日だ。

 四日の我慢だ。

 

 ボクも襲撃がこの一回だけで終わらないと思う。

 盗賊の襲撃じゃないのは確かで、何者かの企みで襲われている事は間違いないと思う。

 

 この場で自由に動ける状態なのはボクだけなんだろう。

 諦めるしかないか。

 心の中ででっかい溜息をつく。

 

 クラウディア様の両親の無事を確認するという優先事項があるのに。

 そちらは師匠がやってくれるのだろう。

 

 は~。

 とっても、とっても面倒な事になってしまった。

 

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