行動が早いと思う

「坊主。お前ぇ今から俺の下だ。エリーゼやエーレには話つけとくからよぉ。心配すんな」


 話はいつも突然やってくる。

 ま、こんな予感がしていたから驚かない。これが師匠のいつもだ。

 気になるのは・・・


「坊主には俺の小隊を預ける。嬢ちゃんは補佐官でいいぞぉ」


 へ?


「しょ、小隊とは。いいんですか?師匠の軍の統率に問題は出ないのですか?」

「はっ。問題ねぇよ。安心して使え。で、お嬢ちゃんは俺が保護しとく。エリーゼの元にはきちんと届けてやっからよぉ。安心しときな」


 お嬢・・・クラウディア様の事か。呼称が紛らわしい。師匠のなかでは識別できているんだろうけど。紛らわしい。

 クラウディア様を預かってもらう事については異論は出せない。ボクよりも師匠の元にいるほうが絶対安全だから。

 ああみえても帝国の大将軍。勝てる人を見つけるのが難しい。それに相当な人事権も握っている。

 ボクの扱いも自由自在。

 多分、これからのボクの立ち位置を考慮して麾下に組み込んでくれたんだ。

 無償の配下扱いだと・・思う。

 ボクの事は弟子って事を強調すんだろうな。それが一番の隠れ蓑になる。師匠の配下を探る事は敵対行為になると威張っていた。

 見た目はぶっきらぼうだけど師匠は優しい。


「分かりました。今後はどうするんですか?」

「正々堂々と動く。裏で手を回しているから大丈夫だ。そっちは任しておけ」

「分かりました。ライラはそのままクラウディア様の護衛で良いですか?」

「う~ん。素性は問題ねぇんだよなぁ?」


 大丈夫だと思うけど。クレア任せだけど。

 

「問題ありません。閣下は男性だらけの中に貴族の御嬢様を一人にするのですか?ライラはクラウディア様の身の回りもお世話もできます。クラウディア様の事を思うなら外してはいけません」


 クレアの隣でクラウディア様もコクコクと首を振っているし。ライラは通常運転。

 ボクも賛成。ライラは外せないと思うよ。と、いうか殆ど主従関係になってるし。いずれ侍女にするんじゃないかな。

 それにライラは貴族家にいたんじゃないかと思う。

 教養や振る舞いは絶対平民じゃ取得できない。・・怖いから詮索はしないけど。ほんと怖いんだよ。

 

「あ~、分かった、分かった。ライラつったか。お嬢ちゃん付きの侍女という扱いで同行しな。護衛するからには傷一つつけんじゃねぇぞ」


 ライラは無言で頷く。

 ・・・誰でも変わらないのね。


「叔父様。ライラがいればわたくしは安心ですわ。レイ様達とも同行して頂きたいのです。そこは我慢しますわ」

「分かった。それじゃお前達の今後はそれでいいかぁ。早速だか直ぐ動くぞ。実はちっとばかし余裕が無ぇんだ」


 師匠は現状入手できた情報を話してくれる。宮廷関連はボクも知る事は難しいからありがたい。

 

 師匠が掴んだ情報だとベルトラム公国の公王が摂政という役職に就いたそうだ。皇帝の代理らしい。

 崩御した皇帝や師匠、エリーゼ様の父親である先代皇帝の弟だとか。・・叔父さんって事か。

 この叔父さんは先代皇帝の統治時に補佐をしていたそうだ。まさしく適任者というのが決め手らしい。

 皇帝の崩御の際に宮廷にいたのも丁度良かったそうだ。・・そりゃそうだ。裏でコソコソやってるもんね。宰相と結託しているなら尚更だ。

 公式発表は未だにないらしい。噂は頻繁に飛び交っているそうだ。

 成程。ならば状況を分かっている人にとっては馬鹿馬鹿しい出来レースだ。

 貴族達も噂や独自情報を入手し色んな勢力に別れつつあるそうだ。

 なんか揉めそう・・。

 師匠の読みでは少なくても小規模な争いは確実に発生するんだって。戦争になるのは嫌だなぁと思う。企んでいる人達はこれも狙っているのだろうか。

 どの程度の規模の戦争になるかは分からないそうだ。

 

 で、結局問題になるのがボクの扱い。


 ボクは他国の貴族のお子様。帝国の争いに巻き込む訳にはいかないそうだ。・・国際問題って事?

 なんだけど・・クラウディア様の婚約者という立場もボクにはある。

 ボクはエリーゼ様サイドという立場になってしまうそうだ。

 ハッテンベルガー家というかエリーゼ様一派という事か・・。ま、そうなるよね。


 ボクの立ち位置をもっとはっきりさせるためには師匠の指揮の元行動するのがいいそうだ。

 そのために小隊を預けて活躍してもらう必要があるんだって。

 よく分からないけどそうらしい。マジですか・・。

 本当に・・本当に聞いていない。

 こんな事になるなら婚約者を拒否したかった。でも、ボクじゃ無理だったろうな。

 まさか・・これを見越して婚約者にしたのかと疑ってしまう。


 拒否権は当然のように発動できず。

 ボクに小隊がいきなり預けられる事になってしまった。

 本当は大隊を預けたかったと師匠は残念がっている。いや・・ほんと結構です。小隊でも大変なのに。

 は~・・・。気が重い。

 戦争は嫌なんだ。

 やるしかないのか。


「よっしゃぁ。決まったな。それじゃぁ早速出掛けるぞ」

「へ?・・師匠。何処へ?」

「帝都に決まってんじゃねぇかよ。のんびり相手の様子を伺っている場合じゃぁねぇんだ。万が一戦になっても帝都近辺で大軍を持っているのは俺だけだ。とにかく派手に動くぜぇ」


 ええ~。マジか。

 やっぱり師匠はこんな人だった。

 ちらりと見ると・・。

 クレアはちょっと複雑な感じ・・か。

 クラウディア様は両親の近況が気になるから嬉しそうだ。

 ライラは・・うん、いつも通り。


 師匠の大軍と同行するのだから安心だろう。・・・多分。





 ・・・と、思っていたのだけど。

 出発したのは三千程度の兵。

 それも騎馬のみ。移動速度を重視したのかな。

 行軍する数くらい言って欲しかった。

 殆どの兵を要塞と化した砦に残している。敵の南下もあるから相応の数を配置しておかないといけないのは分かる。

 

 でも少なくないかな?

 

 ボクに預けられた小隊百名も全員騎馬だった。どうにも精鋭のような気がする。

 だって副将にクラウス爺をつけられるんだもの。

 当面ボクと一緒に行動するんだって。ありがたい事なのか。

 師匠なりの配慮だと思うけどプレッシャー感が半端ない。

 全員僕より年上で熟練の戦士達だ。・・なんか辛い。


 もともと砦は帝都から徒歩数時間の位置にある。馬の移動だともっと早い。あっと言う間に帝都を囲む城壁が見えてきた。

 ついでに城壁周辺に馬車と数騎の騎馬が見える。

 

 ・・なんか、襲われているように見えるんですけど。

 ボクは魔力視の魔法を使っているので他の人より周囲がよく見える。

 クレアとクラウス爺に見えるか聞いてみる。

  

「見えないわ。砂埃が見えるかもという程度ね」

「拙はもっと分かりませんな。年はとりたくないですぞ。何者かは分かりますか?」


「・・・馬車の装飾が凄いよ。馬車には・・紋章が見える。揺れているからはっきりとは分からないけど・・・大剣を咥えている・・獅子かな。・・背後には大きな盾と・・鳥?・・グリフォンかな」

「それは皇家の私的な紋章ですぞ。いずれかの皇子様がおられる可能性がありますな」


 え?皇子?なんだって帝都の外に・・。

 クラウス爺は素早く小隊の一名に状況を師匠に報告するように指示をする。

 その間もボク達は馬車を目指して進む。

 どんな理由があったとしても皇子を襲うのは重罪だ。陣形の端にいるボク達が馬車に一番近い。

 

「御曹司。襲っている輩は分かりますか?」

「全員黒ローブを着ているから分からない。でも弓矢を使って襲っているようだよ。あれ?帝国で馬上で弓を使うのはどこの国だっけ?」

「エーヴァーハルト公国ですな」

「え?今回行動を起こしているのはベルトラム公国だったよね。そこでは弓は使わないの?」

「彼の公国は主戦力は歩兵ですな。騎馬もありますが少ないですな。更に馬上で弓を使うのは技術が必要ですからな。一般に公開されていない技術なのです」

「成程ね。ともかく状況は良くなさそうだよ。護衛・・なのかな。馬車に同行している騎馬が散らされているんだよ。弓の腕は相当じゃないかな」

「見えてきたわ。襲撃している賊は二十名程。弓を使っているのはそのうち八名。十名程度で馬車を包囲しようとしているわ。やや後ろで待機しているのが指揮官かしら」


 クレアも視認できたようだ。状況把握が早い。ボクも見えているけど馬車の内部を視認中だ。

 カーテンのようなもので遮蔽されているからまだ分からない。誰が乗っているんだろう?でもボクが分かる人物であるとは限らないか。

 クラウス爺は・・・まだダメっぽいな。


 後ろで待機していた賊がボク達に気づいたようだ。砂埃をあげて走っているから気づかない筈が無い。ボク達だけでも百騎だ。十人では相手にならない。

 ボク達の後方でも師匠の本隊が遠巻きに囲み始めている筈だ。どうあっても逃げられないだろう。


 ボク達は馬車を賊に確保されないよう速度でプレッシャーを与えるのみだ。


 さて、賊の指揮官はどう判断する?

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る