ベルフォール帝国編

無意味な仕合


「やあぁぁ!」


 大ぶりな上段斬り。

 がら空きなボディに向けて打ち込みたい誘惑に駆られる。うう・・・。我慢。

 仕方なく躱す。

 右内旋、左外旋。体を開き剣先からずらす。

 同時に鼻先をかすめる模擬剣。


 ブオン!

 

 凄い音。

 

 ガキン!「痛っ!」

 

 あ、自爆した。

 ・・あれは痛い。思いっきり振り下ろたもんな。体の芯まで痺れているんじゃないかい?

 それにしてもボクを本気で殺す気の一撃でしょ。受けを間違えると殺されるぞ。これは仕合なのに。殺しに来ているなんて。

 仕合という形式にしたボクの殺害を計画していたのか?

 ・・まさか。

 そんな事はないだろうと思いたい。

 だって・・なんか緊張感がないんだよなぁ。

 

 殺す気配はガンガンに伝わってくる。

 殺意は確実にある。

 でも武術はへっぽこ。隙だらけだ。


 今も自爆攻撃のダメージが自分に返って硬直中だもの。

 全くの隙だらけ。どこからでも攻撃してくださいという感じ。誘いでもない。本気で隙がある。緊張感も無い。

 このまま脳天を打てば即気絶させる事はできるだろう。

 あっさり決着をつけてもいいのだけど・・・。

 それはボクが狙っている決着じゃない。

 これで勝っても「不意をついた卑怯者!」とか罵られるだけ。マジなんですよ。これって仕合ですよ。

 戦いで隙を狙うのは当たり前じゃないか。でもそれじゃ相手が納得しないんだ。

 

 そんな理不尽な相手。

 

 しゃーない。


 仕合は継続するしかない。

 相手をどうにかして満足させないと終われない。

 ・・・無理じゃない?ホント。

 

 少し距離を取って次の打ち合いに備える。・・・実際には打ち合いはしないけど。

 

 ようやく相手は石の床に剣を打ちつけたダメージから回復したようだ。未だに隙だらけ。やっぱり脳天に当てたい。

 ゆっくりと立ち上がった相手の目線はボクに固定。ガンガン睨んでる。愛駆らわずの殺すぞ目線。

 

 無茶苦茶だ。


 ダメージから回復した相手の表情は酷い。

 普段の澄ました表情じゃないもの。ものすっごく吊り上がって血走っているんですけど。

 力み過ぎじでしょ。

 

 これじゃ何回打ち込んできてもボクには当たらないと思うのだけど。それを伝えても聞く耳は持たないんだろうな。

 こんな状態でボクに仕合を挑んでくるなんて。ご自分の実力を把握されているの?

 

 ・・最初は少し華を持たせてやろうと思ったのだけど。

 あまりにも酷い剣で呆れてしまった。最初は油断を誘っているのかと思ったのだけど。

 どうやら本気で下手だという事が分かり困ってしまった。

 いい仕合をしようにも相手の技量が低すぎて。困ったぞ・・と。

 

 とにかくこの坊ちゃんをなんとか納得させないといけないのだ。

 ・・無理難題。

 誰か回答を教えて欲しい。

 

 一体何を考えているんだろう。と、この仕合の審判役をちらりと見る。切れ長の碧目は平静を保ったまま。何の感情も読み取れない。

 流石ベルフォール帝国三将軍の一人。ハッテンベルガー伯爵。その表情は通常通りで変わらない。ホント怒ったり、笑ったりする時を見た事がない。

 自分の息子の仕合なのにね。何の感情も読み取れない。

 仮に・・・ボクの相手をしている息子が殺されても・・その表情は変わらないのだろうか?

 勿論そんな事は実行しないけど。次はボクが死ぬ番になるもの。

 例えムカつく相手だとしてもそんな事は実行しない。思ってもボクの心の奥底にしまっておく。洒落にならないよ。

 

 改めて相手に向かい合う。

 さてどうするか。


 整理しよう・・・。

 相手はリーンハルト・ハッテンベルガー。

 ハッテンベルガー伯爵家の後継者。ボクより四歳年上。体格はボクのほうがちょっと小さい位。

 父親に似ず武術の才能は・・無い。

 何故か初対面からボクを毛嫌いしている。完全に敵視。一方的にだ。挨拶する前から睨まれたし。

 ボクってなんか同年代の貴族の子供に嫌われる確率高くないか?


 今回の仕合をする事になった理由は聞かされてい無し。ボクは全く悪くないと思う。

 一方的に申し込まれ、一方的に成立してしまったんだ。なんだかなぁ。

 なぜこのような事になったかといえば・・。

 クレア情報だとハッテンベルガー伯爵がボクの武術を食事中に褒めていたらしい。

 それが若様・・リーンハルト坊ちゃんの気に入らなかったそうな。

 武術でも自分が勝っていると認めさせたい。おそらくだけど、それがこの仕合の動機みたいだ。


 でも、その結果がこれじゃねぇ・・。


 どうしたらいいのか分からない程泥沼化。


 この仕合の理想的な終わらせ方。

 それはハッテンベルガー伯爵と若様が満足する結果にする事しかない。おそらくボクがギリギリで負けるという結果だ。


 これは既に仕合じゃない。

 なんという難易度の高いミッション。


 且つ、ボクが怪我をしない事。・・できれば少しの傷も負いたくないし。


 既に理想の終わらせ方は超困難。

 だって最悪ボクが死ぬ結果になるもの。

 

 問題はハッテンベルガー伯爵はこの仕合に何を求めているのか・・だ。

 少なくても若様の武術の実力は知っているはず。

 だけど当の本人はそれを知らない。御付の者達が優しいのかもしれない。

 年の近いボクとの仕合をする事で増々武術の鍛錬をしないといけないと伝えたいのかもしれない。

 だとすると、そういうのは身内でなんとかして欲しい。それはボクの役目じゃない。

 

 でもね、ボクも個人的にはこの若様相手に一撃入れたい気持ちはある。

 でも今はそれをやっちゃいけない。多分だけど明日からこの屋敷には居づらくなると思うんだよね。

 表向きは聡明で勉学もでき、武術も父親譲りの才能があると言われている若様。

 対して、隣の小国のしょぼい貴族の子供。しかも年下の子供相手に剣の仕合で負けたとなるとどうなるか?

 ボク達はこの屋敷に客人として暫く滞在している。何も持たないボク達をハッテンベルガー家は保護してくれているんだ。

 そんなボク達が若様をノックアウトしてしまったら・・・。翌日の対応がどうなるかは明白だもの。特に使用人達が。


 ・・ボクが勝利してはいけない。どんなに力量の差があっても駄目でしょ。

 今はね。


 本当に審判役のハッテンベルガー伯爵はこの力量差を知らないのだろうか。事前に何かアドバイスしてくれたらこんなに悩まないのに。

 表情はいつも通り。相変わらず感情が読めない。

 本気でボクに勝てると思ってはいない・・と、思うけど。

 

 ・・困った・・な。


 ブン!

 

 おお!危ない!

 いつの間にか攻撃されていた。

 考え込み過ぎた。

 危ない、危ない。

 攻撃はガムシャラな突進からの突きのようだ。こんな突きに当たったらボクの実力が疑われてしまう。油断し過ぎた。

 間一髪軸をずらして避ける。

 あっぶなぁ~。

 相手は勢いのまま通り過ぎていく。

 あ・・・。

 足がもつれて転んだ。

 ・・転がっているぞ。

 あ、止まった。


 ここでギブアップしてくれないかなぁ。若様は汗まみれて息も荒いかな。そろそろ限界だと思うのだけど。

 振り向いた目が怒りで吊り上がっているし。これはまだ続きそうだ。

 ゆっくりと起き上がって向かってくる。

 もう滅茶苦茶。

 攻撃はもう剣術じゃない。ただ剣を振り回しているだけ。お子様のチャンバラだ。

 失敗して何回か石の床に打ちつけている。

 だけど相変わらず戦意はある。

 ボクに向けてくる殺意は欠片も衰えていない。

 ・・どうしてここまで目の敵にされているのか本当に分からない。

 心の内に込めていたであろう声が今や表面に出ているもの。

 「死ね!」「逃げるな貴様!」・・とかだ。

 ・・憎悪一色だ。

 

 うんざりしながら攻撃を避ける。

 ひたすら避ける。

 


 ブン!

 袈裟斬りを横にスライドして躱す。


 ブオン!

 無茶な横薙ぎは軽くしゃがんで避ける。


 ブオ~

 勢いはなくなってきた。鼻先すれすれで避ける。

 

 そろそろスタミナ切れかな。


 ぬぉ~ん

 ただ剣を出しているだけだ。体幹の軸を使って回転しつつ相手の背後に回り込む。

 剣を脳天に合わせて一本!ちょっとだけ距離を取る。

 そこへ勢いのない薙ぎ払いがくる。攻撃は届かないから避ける必要はない。

 

 もう倒れるまで続けようと決心。

 ・・そうしたら。

 

「そこまで!双方止め!」


 と、声が掛かる。

 ようやく終了だ。

 若様を見やると立っていられないみたい。疲労で立っているのも辛いのだろう。大の字になっている。

 終了の挨拶はどうすんだろう?

 ・・あれじゃできないか。


「リーンハルト。終了の挨拶はどうした?ハッテンベルガー家は剣術での儀礼を守らない家風と思われたいのか?」


 どうしようかと思ったらハッテンベルガー伯爵から容赦ない声が飛ぶ。ま、開始と終了の挨拶は決まりだしね。

 

 剣を納めて開始線にボクは戻る。・・意識していなかったけど開始線からあまり離れて居なかったんだな。

 体捌きで攻撃を躱し続けた証拠でもあるか。・・ふむ。これは悪くない結果かも。

 

 一方の若様はボクを睨みながらノロノロと立ち上がろうとしている。

 

 ・・待つ事相当な時間。

 嫌がらせじゃないかと思う位待たされた後に心の籠らない挨拶を終えて別れる。

 殺し合いじゃないんだから友好的な表情に戻って欲しいのだけど。睨まれたままだ。何かブツブツも言っているし。最悪だ。

 

 これからはこの屋敷を出るまではもう若様には会わないように注意しよう。

 ボク達はハッテンベルガー伯爵のお世話になってベルフォール帝国にやってきた。既に二十日程経過した。

 ある程度帝国の事を学ぶ事もできた。やろうとしている事の基盤もできつつある。

 ハッテンベルガー伯爵は長期滞在を勧めてくれた。でも、いつまでも居候でいる訳にもいかないんだ。


 帝国に来た目的がボク達にはあるのだから。

 

 

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