ハッテンベルガー将軍は帝国の将軍

 

「レイ様!フォレット伯爵がお呼びです」


 身体のサイズに合わない鎧をガシャガシャと鳴らしながらコーディがボクを呼ぶ。・・そうか。これから作戦会議が始まるのか。

 ボクは目の前に展開している敵軍を眺めながら返事をする。

 でも、どうやら声に出していなかったようだ。再びコーディに声を掛けられてしまう。


「・・・レイ様?聞いておられますか?」


 レイ?

 ハッと我に返る。ああ、そうだった。

 ボクはレイだった。


「え、ああ。うん、聞いているよ。会議が始まるんだよね?でも、ボクが参加する意味あるのかな?」

「それは直接フォレット伯爵におっしゃってください。私はレイ様の従者です。伝言をお伝えするのが仕事ですから」

「・・コーディ。随分と堅苦しくなったね?ウエストブリッジに居た頃はもっと気楽に接してくれたじゃない?」


 コーディの言い分がちょっと悔しくて言い返してみる。トラジェット家の領地にある街ウエストブリッジでコーディと会った。

 あの時はちょっと悪ガキっぽかったのに。変わってしまったのが寂しい。

 

「あの時は、あの時です。あの時は・・またフェリックス様と遊び仲間という感覚でした。今は名も変えられて別の家人になられています。それに今は明確に従者として私は仕えています。変わるのは当たり前です」


 ・・澄ました顔で言う。ふんだ。後でボビーに言いつけてやる。沢山いじられろ!

 でも・・あのコーディが変わるもんだ。ちょっと会っていないけだったのに。寂しいけど・・ちょっと嬉しい。


「・・分かったよ。今から行くよ。叔父を待たせる訳にはいかないもんね」

「そうです。早くしてください。レイ隊は統制が取れていないと決めつけられるのは心外です。隊長がきちんと範を示して頂かないといけません」


 ・・ほんと一言多くなったよね。でもコーディがいるから隊の規律も取れているのは本当だ。小言くらいは仕方ないか。

 ボクはゆっくりと立ち上がって天幕に向かう。


 今回である程度押し返せるといいのだけど。

 

 

 天幕に入る。人払いしているのか・・二人しかいなかった。

 ・・いい予感がしない。知らないフリをしたかったけど・・もう遅い。

 

 二人はどっちもエライ人。


 一人はボクを呼びだした叔父でもあるフォレット伯爵。最後の砦となるサンダーランド王国軍を率いる指揮官だ。

 もう一人はハッテンベルガー将軍。ベルフォール帝国から派遣されてきた援軍を率いる指揮官だ。この人かなりきつい性格らしい。ボクは今回初めて会う。


 カゾーリア王国軍の侵攻を受け、サンダーランド王国は同盟国であるベルフォール帝国に援軍を求めたらしい。早いのか、遅いのか最早分からないけど。

 本音は遅いと思っている。もっと早ければフレーザー家の状況も違っていた筈だ。ああ・・これを考えると苛々する。


 ベルフォール帝国は要請を受けて先発隊を派遣する。数日前にアリスバリー地方に到着したんだ。意外と早い到着だったらしい。叔父さんが驚いていた。

 だけど、王家は先発隊の少なさに不満があったようだ。先発隊で五千人は多いと思うけど。

 本隊は遅れて到着するという叔父さんの言葉に機嫌を直したようなんだけど。・・どうも王家は状況分かってないんじゃないか。

 そもそも叔父さんが言うには・・帝国は本隊は準備はする。でも出発はしないだろと思っているそうだ。

 理由を聞いたらシンプルな答えが返ってきた。帝国が派遣した先発隊が強いからだと。

 ベルフォール帝国についてはボクは本とかで学んでいる程度。実際に見るのは初めてなんで、へ~としか言えなかった。強いんだ。


 その将軍と叔父さんが無言で睨み合っている。

 ・・・なんでこんな雰囲気にボクを呼ぶの?恐る恐る近づくと叔父さんがボクを見る。

 

「レイ。遅かったな。また敵軍を見ていたのか。早く座れ」


 遅れた事を詫びボクは叔父さんの隣に座る。横に座ると叔父さんのボリュームに圧倒される。叔父さんは赤鬼の異名で呼ばれている程、大きく、太い。二メートルは絶対超えている。顔もいかつく、声もでかい。見た目・・かなり怖い。

 でも、ボクに対してはとっても優しい。勿論一族に対しても同様だ。余程酷い事をしない限りフォレット家当主である叔父さんは起こらないらしい。

 性格はともかく見た目はボクと全く似ていない。どうやらボクは母さんに似ているらしい。

 ・・そうなのかな?

 ボクはフォレット家に来てから髪や瞳の色を誤魔化すのを止めた。あれ結構しんどいんだよね。

 髪の色は母さんは叔父さんと同じ金髪。ボクはプラチナブロンド。

 瞳の色は母さんはヘーゼル。ボクはアイスブルー。

 全く違う。だから似ていないと主張した。

 でも・・そこじゃないそうだ。顔立ちや雰囲気が似ているんだってさ。


 そんなに似ているのかな?嬉しい反面・・母さんは怖かったからな~。それってボクも怖いって事?・・怖くてそれ以上聞けなかった。

 フォレット家の男連中はボクと全く似ていない。これが母さんに似ているって事?

 男連中の中に放り込まれたら鬼の中に人間の子供みたいに見えるんじゃないだろうか。

 それくらいフォレット家はでかくて大きい人ばかりだ。ついでに顔も怖い人が多い。

 確かに、母さんも背は高かった。

 伝統ある武家の血だからなのかな?いずれボクもそうなるのだろうか?・・これも怖くて聞けなかった。

 

 ボクと同じ印象を受けたんだろう。ハッテンベルガー将軍はボクをじっと見ている。フレーザー領から逃げて来た養子だと説明は受けているはずだ。ひ弱と思ったのかも。

 ・・よわっちい子供でゴメンナサイ。

 あまり見ないでください・・・。

 恥ずかしいです。

 その視線も叔父さんの咳払いで消えていく。・・少し安心する。整った顔だけど睨まれるとかなり怖い。

 

「フォレット伯。卿は子供を私に引き合わせたかったのか?これが待たせた理由か?」

「そうではない。この者はフレーザー領の状況をかなりの範囲把握している者だから呼んだんだ。我らはこの者から状況を聞き取っている。将軍も情報は必要であろうと思って呼んだのだ」


 ・・そんな用事で呼んだの?そんなの叔父さんが説明すればよいだけじゃん。・・分かるけどさ。叔父さん説明は面倒なんだよね。他の叔父達も似たり寄ったり。だからと言ってねぇ・・。


「不要だ。我が国独自の情報でカゾーリア軍と貴国の状況は把握できている。盟約の責務に則り我が隊だけで対応する。卿等の助力は不要だ」


 あ、叔父さんのこめかみ・・・。

 ・・一応我慢しているみたい。

 

「同盟関係である以上協力して事に当たるべきだと思うが」

「貴国との盟約は我が国の指揮のもと行動する事だ。今回の作戦の指揮は私に全権がある。我が指揮に従わぬ兵は不要」

「しかし、ここは我が国の領内だ。領内のしきたりに従ってもらわねば・・」「くどい!」


 ハッテンベルガー将軍の視線は激しくないけど圧力を感じる。拒否は許さないという圧だ。

 言葉もそうだ。国の同盟は対等な関係でない。こちらが従属する立場だと言っているようだ。同盟関係がいまいち分からないボクは緊張するしかない。・・ホントなんで呼んだのさ。

 多分・・叔父さんは帝国は加勢してもらえればと思っていたと思う。数で不利になっているから補えればと思ったんだろう。その思いを伝える前に拒絶された感じ。

 これ以上話をするつもりはハッテンベルガー将軍にはないようだ。

 怒りを隠さず叔父さんは立ち上がる。じわじわとハッテンベルガー将軍に詰め寄る。

 ハッテンベルガー将軍の表情は変わらない。小さいけどはっきりとした声で言う。

 

「力で主張を通すのは未開地の蛮族と変わらぬ。サンダーランド王国の砦と呼ばれた将がこれでは攻め込まれるのも仕方なかろうな。盟約は守るから口も出さず黙って見ておれ」


 叔父さんが反応する前にハッテンベルガー将軍はいつの間にか立ち上がっている。流れるような動きで天幕を出て行った。

 ボクは唖然としているだけだった。

 

 何かが破壊される音が響く。


 びっくり!


 ちらりと叔父さんを見ると血管が破裂する位真っ赤になっている。

 

 それにしても帝国側はボク達をどう思っているんだ?

 敵軍と戦う前に味方同士で戦う事にならないといいけど。

 

 ・・不安しかない。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る