ヒーローになる男 ~エリベルト


 雲霞のように押し寄せる軍勢が城塞の包囲を始めている。

 サンダーランド王国の願えり者が城門を開けてくれたから一部の兵は場内に飛び込んでいるのが見えるなぁ。


 これ程上手くいくとは思わなかったぜ。

 

 打った策が面白いようにハマっている。

 ここまで来るのは大変だったからな。上手くいっても当たり前という事にしておこう。

 五万近い我が軍の兵達がレッドリバー河を一斉に渡る事に成功している。この大軍を一気に渡った事例はないだろう。

 これを達成したのはこの俺だ!

 笑いが止まらねぇ。


 城塞攻略の指揮はカゾーリア王国将軍のカルデナスに任せている。だがあいつは結構脳筋だからな。大丈夫だと言っていたがどこまで信じていいのやら。ヤツの実力を知らないからな。

 まぁカゾーリア王国の将軍という肩書があるんだ。そんくらいやって貰わないと困るがな。

 ここまで上手く事が運んでいるんだ。詰めを誤れば全て無駄になる。頼むぞ!おっさん。

 今回の戦略を練ったのは俺だからな。ここで失敗はあり得ないぞ。俺は戦争のプロじゃない。現場での戦闘はどうしても任せるしかないのがもどかしい。

 

 その他の戦場はどうなっているのか。残った問題は他の砦の様子だな。

 レッドリバー河の北岸の砦は四つある。目の前の城塞とその後方近くにある砦で二つ。後方の砦からは火が出ているんだよな。撤退を決めたんかな。結構派手に燃えているよなぁ。

 あれはダミーじゃないだろう。砦を放棄する事を決めたんだろう。まぁ逃がさないがな。残念だったな。

 残り二つもいずれ撤退するかもしれないな。

 その一つはここから結構離れた下流にある砦だ。カルデナス将軍に下流砦からの救援には注意しろと言っているから大丈夫だとは思いたい。数ではこっちが完全に上回っているから万が一もないと思うがな。

 気になるのは上流の砦だ。それなりに離れているが下流の砦よりは近い。だが上流の仕掛けに気づかれると厄介だ。この砦は俺の使役する死霊軍を向かわせているから大丈夫だろう。人間は全て殺せと命令はしている。普通の人間じゃアイツらを倒せないだろう。

 目の前の戦場は俺達が押している。暫くは使い魔の視界を共有しておいても問題ないか。使い魔は上空から死霊軍を監視する位置でついている。

 視界を切り替える呪文を唱え使い魔の視界を共有する。これ使うと目の前が全く見えなくなるんだが今は問題ないからな。


 それにしても長かったぜ。


 カゾーリア王国は貧しい国だ。昔の事は考えたくねぇが俺も相当ヤバかった。よく生きていたもんだな。

 それから俺は必死に頑張った。この国の王族であるテオバルド・マスキアランと知り合ってからは割と思うように進められた。

 テオバルドは第三王子だった。本来であれば王になれる地位じゃなかったんだが奴の野望を利用して俺が手伝ってやった。

 この時も面白いように策がはまりテオバルドは王になった。

 それで奴も調子に乗ったようだ。このエリベルト様が有能で使えるという事を。俺の目的達成のためにも都合が良いからその野望を利用してやった。

 案の定奴はサンダーランド王国の領土を欲した。まぁこんなに貧しい国だ。碌な産業がないなら奪うしかないわな。

 俺にサンダーランド王国攻略を指示してきた。自分自身は全く何も考えずに・・だ。

 出会った時からこんな奴だと分かっているからいいんだが。少しは国力の差は理解して野望を宣言してもらいたいもんだ。


 カゾーリア王国が動員できる兵力は実質二万だぞ。

 対してサンダーランド王国の南の国境を治めるフレーザー家でさえ二万以上の動員ができると聞く。

 兵の数でさえ優位じゃないんだ。他にも兵糧等多くの問題がある。そのほどんどでフレーザー家を上回れていない。

 これで勝てると思っているんだぜ。

 溜息しか出てこない。


 軍備もそうだが地形の問題もある。

 カゾーリア王国からサンダーランド王国に侵入するとしてもレッドリバー河という大河がある。この河は流れが速いく広い。

 簡単に渡れないんだよ。

 大軍勢じゃ一気に河は渡れない。それに渡河地点も限られているんだ。一度に渡れる人数は数千人らしい。これでは渡っても集中攻撃で撃退されるんだよな。

 前からこのパターンで撃退されているんだとさ。当たり前だとわからないのかよ。

 過去に一度だけらしいが、レッドリバー河の北河岸を攻略できたらしい。参考にしようと思ったが記録は全く残っていないんだとさ。これじゃどうやって攻略したかの参考にできないじゃないか。

 本当かどうかも怪しいものだ。

 だがこの国には一度攻略した過去があれば十分らしい。過去ができたなら今の自分達も攻略可能だと考えているらしい。どういう理屈だ?

 聞いても突撃あるのみという。あり得ない。少しは頭使えってんだ。


 あまりにも阿保すぎる。これじゃ攻略なんざ出来る訳がない。幸いにも俺は表舞台で目立った事は一切していなかった。今ならサンダーランド王国に亡命してもいいだろうと思った。

 が、そう事には知恵が回るらしい。そんな俺の行動はあっさり阻止されてしまった。あまりにも胸糞悪すぎて思い出したくもねぇ。

 俺はカゾーリア王国で行動を起こさないといけなくなった。くそったれめ!

 こうなった以上は仕方ない。


 当然だが何も策なく突撃する訳にはいかない。


 まずは敵を知る事だ。

 俺は徹底的に相手の国を調べた。こいうのは俺が得意とする所だ。

 意外だったのはサンダーランド王国の王と貴族の関係だ。思った程強固な信頼で結びついていないようだ。特に王家側の猜疑心が強くなっているようだ。カゾーリア王国の方が結束が強いぞ。ホントかよ。

 もっと調べるとサンダーランド王国の南側を治めるフレーザー家を王家が疎ましく思っているようなフシがある。これはいくつかの貴族も同様らしい。やっかみかよ。

 まぁ、これは使えるなぁ。いいねぇ。連中は内部から攪乱してもらおうか。


 他にも色々調べた。

 特にレッドリバー河の北河岸の地理も調べた。色々面白い事が分かった。

 レッドリバー河には過去に支流があった形跡があった。

 サンダーランド王国側の砦がある河岸だが過去は中州になっていたと思う。詳しく調べたら確信に変わった。

 これはかなり・・かなり使えるんじゃないかよ。


 上流を堰き止め過去の支流に水を流せば退路を絶てるじゃないか。

 ダムを作る事は更にメリットがある。

 上流の流れをダムで止める。そこから下流のレッドリバー河の流れも少なくなる。少なくても船で渡る必要が無いくらい水量を少なくすることも可能だな。

 そしてダムで貯水した水は昔の支流に流せばいい。ダム予定地の近くの森も調べさせた。ここにも良いポイントで堰が作れそうだという事も分かった。

 さっそく俺の使役する奴らを使って工事をさせる。上流部にはサンダーランド王国側は注意していないようだ。工事はとても楽だった。地理が重要だと誰も知らぬようだな。


 工事は順調に進んだ。ダムはあっさりと完成する。

 工事の間に工作員もサンダーランド王国側に送り込んだ。脳筋の国のくせに策略を好む奴はいるんだな。意外だったが、サンダーランド王国側で家を潰された連中だそうだ。

 カゾーリア王国に忠誠を誓っているなら問題はない。まぁ里心がついて戻っても構わんがな。内部攪乱はあくまでも補助の計画だ。せいぜい頑張ってくれよ。

 工作員が優秀だったのか、サンダーランド王国側にヒビが入り込んでいたのか分からんが。寝返り工作は短期間にも関わらず着々と進む。

 特にフレーザー家の寄騎のトラジェット家を取り込めたのは大きかった。トラジェット家は何かあったようでフレーザー家を越える力と名声が欲しいようだ。

 しかも今回の作戦行動には随伴するらしい。これは結構、いやかなり頑張って貰わないとな。十分な褒賞を約束したら張り切っていたそうだ。ちょろい奴らだ。


 水の流れを変える工事も終わった。

 サンダーランド王国側の調略もある程度達成できた。こっちは本命じゃないから実際動かなくてもかまわん程度の作戦だ。


 問題はカゾーリア王国の兵数だ。

 どう頑張っても二万が限界らしい。それ以上は兵役を経験していない者を編制する事になるから役に立たないそうだ。

 見せかけにしても数は欲しい。俺が無理をして死霊軍を召喚して編成した。実はこれが一番疲れた。何しろ三万の数を編成したんだ。

 俺ほどの実力が無いと無理なんだがカゾーリア王国にはこれが分からないらしい。やはり最後にはこの国を捨てるべきだろうな。


 まぁ今は仕方ない。

 サンダーランド王国攻略を進める。


 準備は整った。あとは攻め込むだけだ。

 不思議と失敗する気持ちは全く無かった。

 どう考えても俺の策が失敗する目は無い。

 遠足に行くようなワクワク感しかなかった。

 

 俺の・・エリベルト様の名を歴史書に刻む最初の一ページとなる戦いを始めるのさ。


 俺の覇道はここから始まるんだ!


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