前線は危険ですよね


 色々分かっていくフレーザー家の事。

 知らない事ばかりだ。子供はセシリア様だけだと言っていたけど。・・他にいないのよね。ほんと知らない事ばかりだもの。

 

 ボクの疑問には触れる気はないフレーザー侯爵の話は続く。今後はこのペースに慣れないといけないのか。まぁ、敵意剝き出しの罵倒よりはずっとマシだけど。それとも自分で調べろという事か。

 そもそもフレーザー家に連れてこられてから説明が無いまま放置されたんだよ。なにかを間違えていたら死んでいた可能性は大いにあった。・・谷底に落とす教育が信条なのだろうか?

 これが続くと理解していたほうがいいかな。

 

「フレーザー家の親族は妻とセシリアだけだ。我の兄や兄弟もいたが先代王を守るために殆どが戦死してしまった。我とセシリアが死ねばフレーザー家の血は絶える。それ程伝統がある訳でもないから構わぬのだが。続けられるなら続けていきたい。親族も早めに増やしたい。二人とも頼んだぞ」


 何を言いだすの・・。セシリア様は奇妙な声を出し始めているよ。ボクはまだ色々整理ができていない。


「お、お、お父様。ですから私達はまた婚約すらしていないのですよ。いきなり子供の話をされても・・」

「ああ、そうだな。我も早く死ぬつもりはない。だが親族が多い方が良いのは本当だ。二人の手続き早く進めるぞ。そのつもりでいるように。良いな?」


「・・はい」「承知しました。ですが色々先走りはしないでください。手順はきちんと守って頂けますようにお願いします」


 ・・ボクの意思は最早関係ない。言っても無駄だ。養子を受けた段階で想定できなかったボクが悪いのだ。でも、こんな事想定できるわけないじゃん。

 会うなり殺意を持った少女と将来結婚する事が決まるなんて・・・。分かる訳がない。


「分かっておる。手続きは進めるが正式な婚約は暫くかかるだろう。そもそも前線を落ち着かせないと儀式もできぬ。収束させるために我は明日の朝にはまた戻る。セシリア。領都の守りは引き続き頼むぞ」

「え、ええ。承知しました。ですがそのお役目はフェリックス殿になるのではないですか?」

「まだ正式に次期後継者の宣言はできぬのだ。現状は条件付きでセシリアのままとしている。その変更がまだ進んでおらんのだ」


 フレーザー家の養子にはなったけど後継者ではないか。

 う~ん。別に変更の必要なくないか?ボクが婿にはいるようなイメージでセシリア様と婚姻すればいいんじゃ。武技の関係でセシリア様は次期当主になれないのならば。その条件はもう少しすれば満たす事はできるような気がするし。


「フェリックス?何か言いたそうだな。次期当主はセシリアのままで良いと考えているのか?」


 ドキリ。必死に内心の思いを隠す。どうにもボクは表情にでてしまうのだろうか。


「当主の条件は剣での力を示す事ですよね?それは近接戦で戦えるという意味であればセシリア様なら一年・・いえ半年もあれば示せると思います。ボクは第一軍団長や副団長に大剣とは別の武器で認めて貰いました」

「言いたい事は分かる。仮にセシリアが近接戦で戦えるようになったとしてだ。フェリックスを余裕で倒せる力は示せるのか?」

「それは・・・やってみないと分からないです。何事も絶対優位という事はないですから」

「我もセシリアの努力が無駄になると言っているのではない。確かに進歩し近接戦で戦えるようになるのだろう。だがフェリックスとて進歩無しでは無いだろう?其方は自身の素質を軽く見ているぞ。まだ幼い故分からないかもしれぬ。いずれ分かるようになる」


 何か言い返そうとしたのだけど。ボクの手に柔らかい手が触れる。セシリア様の手だ。首を軽く横に振る。・・黙れという事か。


「いいのです。自分の事は私が良く分かってます。ですが鍛錬は続けますよ。引き続き一緒に稽古しますからね」

「え、はい勿論。セシリア様が強くなれるよう協力します」


 そうだよ。フレーザー侯爵を説得できる実力が身につけばいいんだ。手続きが済む前に認めさせればセシリア様が当主になれると思う。ボクはそれを支える立場でも構わない。そもそも当主の地位はボクには重い。・・逃げる訳じゃないけど。


「ふむ。心意気は買うが無理だな。フェリックスには明朝我と共に前線に向かう事になる。フェリックスも出立の準備をするように」

「お父様!それだけはあまりにも急すぎます。私にも納得できる説明が欲しいです。子供を戦場に送るのはあり得ません」


 戦場に行く?なんでボクが?

 ボクが問うよりセシリア様がキレた。刀の稽古ができないのが嫌だけではなさそうだ。前の家にいた時は戦場に出ていた事は・・実はある。戦場に出る事についてはボク自身はあまり気にしていない。敵国との戦争は始めてだけど。

 

「説明は難しい。フェリックス個人に関係する事だ。領都は安全だと思っている。だが万が一の可能性がある。その時に我らが守れない事態は避けたい。我が近くにいたほうが安全なのだ」

「フェリックス殿の前の家に関係する事ですか?」

「色々な可能性がある。今はまだ気づかれていないがフェリックスの素質は可能な限り秘匿しておきたい。前線の兵を増員するため予備役の再招集、新兵の従軍、寄騎の兵も集まる。これらを一旦領都に集結させて前線に移動させる。相当騒がしくなる。危険は避けておきたい」

「フェリックス殿を狙う何かがいるのですか?」


 セシリア様がボクを見てくる。当然ボクを殺す相手の想像がつかない。前の家ですら結局ボクを殺さなかったのだ。他家に養子に出して殺しにくるならば・・・家にいるときに殺せばよかったのだ。

 だから全くの心当たりがない。慌てて首を横に振る。本当にボクを殺しに来る何かがいるの?本当なら教えて欲しいくらいだ。


「せめて何者であるか程度は少なくてもフェリックス殿に伝えるべきでは?分からない所で命を狙われる恐怖は辛いと思います。何故伝えないのです?」

「それも理由がある。説明するには確実な証拠が手元に無いのだ。事前に最大限の警戒はしておきたい。不安にさせているのは分かっている。今は確実な情報を集めているところだ」

「危険な前線が安全というのですか?」

「我の近くにいるのが最も安全という意味だ。我は前線から簡単に離れられぬ。よって前線に同行してもらうしかない。戦には参加させぬ。工法の砦にいてもらう事になるだろう」

「承知できませんが、承知するしかないのですね。お父様。フェリックス殿の安全は絶対に確約してください」

「任せよ。セシリアも領都の防御は任せたぞ」

「第一軍団と後退でくる軍団と相談します。私ができるのは殆どありません。防衛の事は彼らに相談するしかありません」

「それでよい。お前がいるだけで皆安心するのだ。いつも通りでいる事が一番肝心である。よいな」

「承知しました」


 セシリア様は何か言いたそうだ。ぐっと堪えて頷いている。何か言いたいのだけど何も言えない。

 危険の意味も分からず、なぜボクが狙われるのかも分からない。ちょっと前ならフレーザー家中の誰かに命を狙われていたと思う。でも今は無いと思いたい。領地外の誰かに狙われるのが分からない。

 ・・不安すぎる。ボクの周囲の環境が少しは良くなってきたと思ってきたんだけど。


「その方向で動いてくれ。セシリアはもう少し話がある。フェリックスは明日出発する準備を整える事だ。よいな?」

「はい。では失礼します」


 決定は覆らない・・という事か。国同士の戦闘は初めてだけど。盗賊討伐や魔物討伐には同行した事がある。準備で困る事は無いかな。この事で不安にならないのは僕が相当この世界に毒されているのだろう。

 酷い事が色々あったのに、よく心が死んでいないものだ。自分で感心してしまう。

 そんな事を考えながら部屋から退出する。疲れているけど明日の準備ができてから休もう。

 




 翌日はやっぱり早かった。

 日の出る前に出発らしい。フレーザー侯爵がいなくても、ここの家は朝が早い。

 さらりと説明されたけどボクがフレーザー家に向かった時のペースで移動するらしい。ひぇぇ。腰や背中がガクガクになったんですけど。少しは成長したかな・・。ちと不安。



 出発する面々はフレーザー侯爵と少数の護衛。それとボク。ボクにも護衛をつけるという話になったのだけど・・ジェフさんがやると言ってくれた。

 第一軍団はいくつかの部隊と寄騎が集まってから出発するそうだ。約十日後になるらしい。それでは遅いので副団長であるジェフさんが第一軍団の一部の隊と一緒に出発する事になったらしい。

 オールドフィールド第一軍団団長はその十日後に出発する軍団を率いてくるらしい。

 見送りは手の空いている使用人と・・・セシリア様とジャネットさんだ。

 既にフレーザー侯爵は先行している。ボクは最後方から行軍するのでちょっと待機だ。ジェフさんも近くにいる。


「フェリックス殿。父上は安全と言っていたが戦場に確実に安全な場所は無い。十分に注意してくれよ」

「はい。本格的な戦場は初めてです。ですが多少の戦場は経験しています。ですので、ある程度は心得ています。死傷しないよう注意します。留守を預かるセシリア様こそ注意くださいよ。相応の軍兵が集まるのですよね」

「そのようだ。何纏めるのは第一軍団の団長だ。私は旗頭にすぎない。ジャネットもいるし。私には危険は及ばないさ」


 あの後何かあっただろう・・セシリア様の目は赤い。表情も幾分優れないように見える。ボクは昨日の夜考えていた事を実行する。気が少しでも晴れるとよいけど。


「お互いに注意しましょう。それで・・今後も刀の稽古はされますよね?」

「そうだな。折角習ったのだ。型の稽古はずっと続けるつもりだ。一緒に稽古できないのが残念だ」

「確かに。それで素振りとかで・・こちらを使ってみてください。やはり本物を使ったほうが素振りでも効果はあると思うんです」


 言って手に持っていた刀を差しだす。この刀は小さい頃に訓練用で使っていた刀だ。ボクが今持っている刀より刀身は長く、少し軽い。おそらくセシリア様の力であれば扱えるだろう。稽古に活用して欲しいのだ。

 セシリア様は驚いた顔をしている。なんとなくだけど戦場滞在期間が長くなりそうな気がする。稽古を続けるなら使って欲しい。


「・・いいのか?大事な刀なんだろう?」

「それなりに大事ですけど。戦闘をする事にはならないようですし。一振りは持っていますから大丈夫です。セシリア様なら有効に使ってくれると思いましたので。進呈します」


 セシリア様はゆっくりと手を伸ばして受け取ってくれた。幾分喜んでいるように見える・・かな。であれば嬉しい。使える人に正しく使って貰えるのが一番だし。

 

「分かった。だが・・預かるだけだ。帰ってきたら必ず返すからな」

「・・はい。では帰るまでセシリア様に預けます。その刀の切れ味は保証します。本当に万が一があれば身を護るためにも使ってください」


 セシリア様は刀を掻き抱く。頬がじんわりと染まっている。・・・預けて良かった。沈んでいた表情が少しでも晴れたら嬉しい。

 そのセシリア様はボクに近づいて耳元で囁く。


「ありがとう。フェリックスも気をつけて。何かあったら自分の命を優先してよ。あなたは危地になると自分の命を軽んじすぎるから。・・約束よ」


 う・・・。セシリア様は素早く離れる。そして軽く睨まれる。

 やられた・・・。

 ・・約束って事ね。承知。


「お言葉通りにします。自分の命を優先して生き延びる方法を考えます。セシリア様も危険には充分注意してください」


「勿論」


 挨拶をして馬に乗る。ジェフさんが目で促してくる。そろそろ出発するぞと。確かに最後尾からちょっと離れてしまっている。


 馬を促して最後尾を追いかける。


 何があるか分からないけど。生き延びよう。


 セシリア様の見送りを受けてボクは戦場に向かう。


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