やっぱりそうなりますか


 屋敷に入ったら玄関で使用人が待っていた。執事さんと一言二言話をしていた。漏れ聞こえた感じだとフレーザー侯爵は既に到着しているらしい。

 普通先触れからの連絡があった場合には2針(2時間)は時間を空けるものだけど・・・。フレーザー家は関係ないらしい。

 とにかくフレーザー侯爵は忙しい。屋敷に戻るのもボクを養子に迎い入れて以降だから。ゆっくりしている暇は無いみたいだ。

 執事さんから急ぐようにとやや早足で歩きながら簡単に説明をボク達は受ける。

 フレーザー侯爵は明日の朝には前線に戻る。それまでに第一軍団の出陣と戻って来る第二軍団の引継ぎ指示をする。寄騎の招集も行い。第一軍と同行させるらしい。第二軍団は明日にも先発部隊が戻って来るそうだ。

 その他諸々の業務の前にボク達に話をするとの事。本当に忙しいんだな。ボクのちょっとした事なんか話をする時間はないかもしれない。もし機会があればと思っていたけど・・止めておこう。それよりはセシリア様の件が優先だ。

 執事さんに時間が無い事を強調されマナーの範囲内で早く歩くよう急かされる。セシリア様は慣れっこみたいで素早く歩いている。ジャネットさんも慣れているぞ。ボクは結構必死だ。

 必死こいて歩いて執務室に入れられる。入るのはボクとセシリア様だけ。ジャネットさんは扉の外で待機だ。執事さんはどこかに行ってしまった。執事さんも相当大変そうで顔色が良くなかった。ここも結構ブラックなんだろうか。

 

 部屋にはフレーザー侯爵だけがいた。

 帰って間もないのに仕事しているなんて。そんな忙しい人がボクの前の家によく来れたものだと思う。入室してきたボク達をチラリと見て書類作業に集中している。・・呼ばれたんだけどなぁ。

 セシリア様は行儀よく立って待っている。ボクはだらけていないだろうか。


「待たせたな。何しろ仕事が溜まってしまってな。元気そうで良かった」


 フレーザー侯爵はセシリア様を見てからボクを見る。セシリア様は笑みを浮かべていたけど、ボクはどうしたらいいんだろうか。この場合笑えばいいの?

 座りなさいと目の前のソファーを勧められる。座る事になったから軽く会釈だけして座る。やっぱり緊張する・・な。

 フレーザー侯爵はボク達の目の前のソファーに座る。


「二人には殆ど説明をしていなくてすまなかった。少し話をしたくて来てもらった。いいだろうか?」


「お父様が忙しいのは今に始まった事ではありません。確かにフェリックス殿が我が家に来る事になった経緯の説明が無いのは悲しかったです。最初は相当困ってました」


 おお?口調が普段と違う。ああ、そうか。親子の間だと口調が違うのか。ボクが今まで見ていたセシリア様は外面を変えていたんだっけ。そういえば最近は・・周囲にボクしかいない時も口調を戻していたな。

 ・・成程。

 そういう事だったのか。そのセシリア様の対応がなんとなく嬉しい。

 確かにセシリア様の主張はその通りだ。何の説明もなくボクを迎えると言われただけらしい。そりゃ怒るよね。


「領主の務めを優先してセシリアを放置してしまってすまなかった。セシリアも聞いてると思うがカゾーリアの攻勢が激しくなってな。相当の兵を前線に送って防いでいる。あの時もフェリックスを連れてくるだけで精一杯だった」


 フレーザー侯爵はボクをちらりと見る。ボクは「そうでしたね」と相槌を打つしかない。本当は言いたい事はあるけど。セシリア様のフォローを先にとフレーザー侯爵は判断したのだろう。

 確かにセシリア様は不満顔だ。いつもは見せない表情である事は最近のボクは分かってきた。セシリア様は甘えん坊な所がある。ボクに言われたくないだろうから言わないけど。でも気づいているようだから「何よ!文句ある?」と突かれる。・・楽しいかも。


「我が家では武術、特に剣で力を示せない者は例え長男であっても次期当主になれない。セシリア自身も分かっていると思うがお前にはその力が不足している。我に万が一があった時に後継がいない事は問題になる。暫定ではお前になっている。しかし正式に後継を決めねばならなかった。この考えは理解できるか?」


 セシリア様はコクリと頷く。悔しそうな表情を少ししていたのは自分が足りないという悔しさでもあるのだろう。ボク・・この話聞いていないぞ。説明は後継者になるという程度だった。言いたい事でもあるけど・・黙っていよう。

 

「我が領内にも候補となる者は勿論いた。だが諸条件を考えるとどうにも決断ができなかった。国内に相応しい者がいないか探していた。そこで見つけたのがフェリックスだ」


 セシリア様は再び頷く。ああ、うん。この話は聞いたかな。


「どのようにしてフェリックスを見つけたか、フェリックスがどのような出自で、どのような生活をしていたか。それはここでは話せぬ。話せぬ事が多いのだ。いずれフェリックス本人から聞いてくれ。だがな。貴族の家に生れながら本人だけ貴族子弟としての生活は与えられなかったとだけは話しておく」


 セシリア様はちらりとボクを見る。「そういえば聞いて無かったわね」と呟いていた。・・そういえば聞かれなかったな。聞かれても言わなかったと思うよ。あの家の事はあまり思い出したくもない。


「少々驚いたが二人は仲良くなっていたようだな。それならばある程度は話はしているかもしれぬが、フェリックスの人物や素行については問題ない。出自も問題なしだ。フレーザー家に迎えるのに寸毫の問題も無い。今更ではあるだろうがな」


 仲良くという言葉にお互い反応する。思わず目が合ってしまう。・・やば。なにか恥ずかしいぞ。セシリア様も珍しくアワアワしている。・・なんか可愛いな。

 

「知ってると思うのだが。養子で迎えた場合でも血縁関係が全く無い養子であれば婚姻は可能だ。我は次期当主はフェリックス。次期当主夫人にセシリアと考えている。これはまだ誰にも話をしておらぬ。今後はこれを決定事項として動こうと思う」


「はい?」「え・・」


 ・・驚いてしまった。何それ。聞いてない。あ・・言ってないと言ってたか。

 え?ええ?う・・うん。ボクがフレーザー家の次期当主となる。・・それはいわれていた事だ。そのための養子だとも言われた。

 で・・次期当主の夫人にセシリア様がなる?

 次期当主は・・・ボクだ。

 セシリア様がボクの奥さんになるという事?


 ええ!

 ビックリしてセシリア様を見ると顔を赤く染めて驚いた表情のままだ。慌ててフレーザー侯爵を見る。ボクたちを驚かせた事に満足したのかフレーザー侯爵の口角が上がっている。・・いや、それはいらないっす。


「驚いたか?セシリアは領内では各所に顔が効く。民にも慕われている。他領から来たフェリックスが当主になった場合にはセシリアの支えは絶対必要だ。年齢はフェリックスが下だが見たところ仲良くやっていけそうで安堵したぞ」


 は・・・はぁ。これは最近になってからです。最初は殺される所だったんですよ。今も仲がいいのか微妙っす。毎日しごかれていますし、労わりも無いし。ボクは問答無用で振り回されているのですけど。勝気なお姉さんに振り回される弟みたいな・・・。

 セシリア様はようやく稼働したみたい。口をパクパクしながら反論する。


「お、お父様、突然過ぎませんか?いえ、別にフェリックス殿が嫌だとかではありません。このような婚姻は貴族であれば仕方ありません。ですが私達はまだ子供ですよ」

「ふむ。セシリアがこれ程狼狽えるのを見るのは初めてだな。何もすぐに婚姻しろと言っている訳ではない。将来的な婚姻を視野にいれた婚約となる。勿論婚前交渉はダメだぞ」

「こ・・婚前・・。お、お父様。話を飛ばし過ぎです。フェリックス殿が同席しているのですよ。それに、ご本人の意思は確認されているのですか?聞けば最低限の我が家の説明だけで何も聞かされていないと聞きました。それでいきなり婚姻の話は飛び過ぎではありませんか?」

「そうだな。フェリックスはどう思うか?異論は無いな?」


 ぐ・・。それは問答無用じゃないか。断る事を拒絶する質問だよ。フレーザー侯爵は相変わらず強引だ。・・仕方ない。


「はい。フレーザー家が存続するなら異論はありません。ですが、あの家が何か言ってきませんでしょうか?」

「ふん。話はきちんとついておる。心配無用だ。仮にあった場合は我が家の権限を行使すればよい。お前もその権限を継承するのだ。セシリアと一緒に覚えてもらうぞ」

「・・分かりました」「承知しました、お父様」


 セシリア様は最初こそ慌てていたものの納得したみたい。流石は高位の貴族令嬢という所か。一方のボクはなかなか割り切れない。前世の考えに引っ張られているからかもしれない。・・まだ子供だし。

 

「お父様。婚約のお話は初めて話すのですよね?お母様にも話されていないのでしょうか?」

「まだ誰にも話してはおらぬ。養子の件は伝えたあるから薄々感づいているやもしれぬ。連絡はなかなか取れぬからな」


 そういえばフレーザー家の奥方にはまだ会っていない。東の避暑地にいるとしか説明を受けていないから人となりすらも分かっていないぞ。怖い人でなければいいのだけど。

 

「フェリックスにきちんと説明をしていなかったと思うのだが。我の妻・・セシリアの母でもあるが現在は王都で暮らしている。それも王宮内でだ。東の避暑地と言ったが領内の民への表向きの言い訳だ」

「え?それは・・・」

「人質なのよ。私は詳しい経緯を教えて貰っていないのだけど。お父様に離反の疑いを掛けられたの。行動で示すためお母様を王宮にいかせたの。・・わかるでしょ?人質なのよ」


 言葉の意味は分かる。なぜフレーザー侯爵に疑いがかかるのかが分からない。他に疑わなければいけない家などあるだろうに。フレーザー家を妬ましく思ってい者の策謀だろうけど。いい気分ではない。

 

「それで国内が安定するならば致し方ない。国内まで乱れてしまっては国力を損ねる」


 セシリア様は納得がいっていない様だ。多分何度も食い下がっているのだろう。フレーザー侯爵の判断が変わらない事に諦め半分という所かも。

 それにしても人質とは穏やかじゃない。敵国の攻撃を何度も退け、一時奪われた領地も回復したと聞く。忠臣だと思う。それが許せない一部の貴族が策謀したのだろう。くだらない。

 王家の力が衰えていると聞いていたけど。王都に何かあったら・・もしかしたら長くないのかもしれない。


 サンダーランド王国の王都は北東に位置する。ここからベルフォール帝国の国境は近い。早くからベルフォール帝国とは同盟関係にあり侵攻を心配する必要が無い。

 一方の南側は諸侯が治めている。フレーザー侯爵は南の国境を全て領地として所有している。そしてカゾーリア王国の侵入を防いでいる。サンダーランド王国の安全を守る壁でもある。

 その壁と呼ばれるフレーザー侯爵を信用しないなんてありえない。非友好的な手段で縛るなんておかしい。ボクが当主になった場合には関係を見直した方がいいのだろうか。


 考えを飛躍させてしまった。

 それにしても結婚か・・。考えてない訳ではないよ。いずれ当主になるのだから後継者を残さないといけないんだ。その事を考えたらフレーザー家の血を残すためにはセシリア様との婚姻は想定するべきだったかもしれない。


 ・・そっか。そうだよね。


 それにしてもフレーザー侯爵はいつも突然ぶっこんでくる。もう少し前振りが欲しいんですけど。


 養子に引き続き、結婚も決まってしまった。前の家よりは待遇は良いと思う。良い話?で喜べばいいのだろうか?


 前世の意識だと納得できない僕がいる。これでいいんだろうか?


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