コロリと転がる

 目が覚めたら・・見知らぬ天井だった。

 ・・・そんな事はなかった。


 青い。ただ青い。

 目の前に広がるのは青空だ。

 


 ガバリと起きて周囲を見渡す。

 ・・・森が。・・・ノートンの森か?


 少し遠くにブラックバックベアが倒れている。・・・ああ、そうか。ブラックバックベアと戦っていたんだ。

 ・・どうやら倒す事ができたらしい。


 ブラックバックベアを倒して・・気絶して・・・それから・・。


「起きたか?」


 声のほうに顔を向けると・・・セシリア様だった。ち・・近い。手を伸ばせは届く距離に座っているぞ。

 え?

 どういう・・・。

 慌ててジャネットさんを探すも見当たらない。どこにいったのだろう?

 


「フェリックス殿が気絶してから4針(4時間)くらいだと思う。ジャネットは村に向かわせた。ブラックバックベア・・・だったか。あの魔物を解体する人足を呼びに行かせた」

「・・は・・はい。成程。そういえば魔物は一体だけでしたか?」

「分からない。其方が寝ている間にも警戒はしていた。今の所見ていないな。動物すら出てこない。今の所問題ないという所か」


 ・・う・・ん。

 ボクはこのまま寝かせておかれたか。放置されなかっただけ上々だ。

 症状が分からないから様子見されたか。魔物の解体は分かる。早めに解体して肉や毛皮、骨は早めに確保したいからね。魔物でも問題なく食べれる筈だ。村の人達のご馳走になるのは間違いない。

 セシリア様は念のため他に魔物がいないか、ボクの様子を見つつ監視していた感じか。


 ・・・とりあえず見放されなかった事に安堵する。

 ゆっくりと体を起こす。刀は鞘に収められてボクの側にあった。杖は・・無い。ブラックバックベアに魔法を使った時粉砕された感触があったから、多分無くなったのだろう。・・他も大丈夫そうだ。体も大丈夫かな?

 

「棒のような武器だったか?あれは砕けていた。その剣は随分頑丈なんだな。ブラックバックベアを貫いたのに折れも歪みもないようだぞ。ジャネットの剣は使い物にならないそうだ」

「色々ありがとうございます。・・その・・一人で監視は危険ではありませでしたか?」


 刃は抜かず刀を簡単に確認する。柄がガタついている程度か。刃の血糊は早めにとらないといけないな。あとで断りをいれてから刃の確認をしよう。

 周辺の安全は心配だけど。セシリア様が一人で残られているから大丈夫と思っていいのか。

 

「問題無い。これでも遠目は効く。それにジャネットがもう少しで戻って来るだろう。万が一ブラックバックベアがもう一体現れたら・・期待して良いのか?」

「あはは・・・。次に現れたら逃げましょう。体がまだ回復していません。今日は無理だと思います」

「・・そうだな。確かに体力の限界だろうな。それにしても驚いたぞ。あのような魔物を一人で倒すとは」

「それは・・ボクだけの力ではありませんよ。セシリア様、ジャネットさんがいてくれたからです。そうでなければ今頃ボクはブラックバックベアの胃の中だと思います」

「そう謙遜するな。我ら二人は役に立たなかった。実際足止めもできない状態だった。あれでもジャネットはフレーザー家中では指折りの騎士なんだ。あれが倒せぬ魔物を倒したんだ。あの魔物は騎士団でも相当てこずる強さだと思う。この事実は相当なものだぞ」


 セシリア様は微笑みながら優しく語る。態度が軟化したのかな?

 何にしても見捨てずにいてくれた。その事実だけでボクは嬉しい。そしてセシリア様の笑顔は天使級に眩しい。


 ・・・ヤバい。


 色々言葉にならない。考えを纏めるために断りを入れて刀の確認をする。

 


「随分と珍しい剣だよな。その特殊な剣はどうやって手にいれたんだ?それをどうやって学んだのだ?」


 刃の血糊を拭っていたら興味深そうに質問された。

 う~ん、どう説明しようか。前の家の思い出はあまり語りたくないけど。気持ちが沈んでしまう。


「ご存じの通りボクは大剣を上手く操れません。体力が無いのも理由にありますが、どうにも体に馴染まないのです。これはセシリア様も分かっていただけると思っています」

「あ、ああ。そうだな。何故私が大剣を扱えぬのを知っていたのか?」


 セシリア様は瞬間驚いたようだけど・・あっさりと認めた。弓矢と短剣。これは大剣を扱えぬ者が次に習う武器だからだ。ボクも習わされました。だから分かる。

 普段から男装をしているけどセシリア様は武芸を学べる体格ではないんだと思う。

 フレーザー家は貴族ではあるけど武芸を重んじる。常に隣の敵国と相対する地方を治めているからだ。

 これは・・推測なんだけど当主には武芸が秀でている事が求められるのではないかと思う。不本意ながらボクもその当事者だから分かる。ジェフさんには鬼のようにしごかれています。当主たるもの・・みたいな事言われているし。

 おそらくだけど・・セシリア様を当主に据えるには現当主であるフレーザー侯爵は心配になったんだと思う。

 その素質があるとしてボクを選択したという事になる。なぜボクに武芸優秀と判断したのか全く分からない。

 だけど養子にして間違いがなければ・・未来の当主に据えるつもりなんだろう。そう考える。

 これもシゴキの中で言われたりした事からフレーザー家求めているものだと推測する。・・そんなにずれていないと思うけど。


「ボクも同じ手段で武術を叩き込まれました。ボクはたまたま別の剣術の先生がいました。この剣の扱い方を学びました。武器は前の街の鍛冶師に注文して作りました。素材を厳選したものです」


 刀の手入れと確認を終えて鞘に収める。どこかの国では近い剣はあると聞いている。

 なんだけどボクは前世の記憶を元に注文して、この刀を作ってもらった。これが驚くほど手になじむ。ボクの一番の武器になる事は間違いないと確信している。だからこの国の剣術は馴染まないんだ。

 

「どうも、この国の剣術はボクには向いていないようです。体が成長すれば少しは扱えるようになるかもしれません。ですが今の体では無理みたいです。だから訓練でもボロボロにされています。・・ハハ・・」


 思い切ってぶっちゃけてみた。セシリア様なら分かって貰える気がしたからだ。おそらくセシリア様も大剣の稽古はしていないと思う。チラリと窺うと自嘲気味の笑みを浮かべていた。

 

「確かに私もあの剣は上手く扱えぬ。ジャネットのような力があればとは思うが。何年も努力してもあのような体格にはならぬ。私の体ではあの剣は扱えぬのだ。だから弓矢の技術を磨くしかなかったのだ」

「セシリア様なら別の方法で皆を率いられますよ。大剣の腕が全てではありませんよ」

「其方は変な男だな。何のために我が家に養子に来たのだ?次期当主と指名されて来たのだろう?私を推す発言は普通しないものだぞ」

「あっ・・・。成程・・。そのような事を言われたような気がします。ですがセシリア様がおられるのを知らなかったんです」

「そ、其方。・・何のためにフレーザー家に来たのだ?」


 う・・。養子については聞いていた。跡継ぎがいないからって。だけど、こんな立派な跡継ぎいるじゃん。皆に好かれているじゃん。セシリア様で良くないかい?と、ボクは痛感する。

 そもそもボクは当主の器じゃない。

 ショックな事が続いていたから、どうでも良くなっていた。だから養子の理由をさっぱり忘れていた。我ながら呆れてしまう。


 アハハハと笑い声が聞こえる。見ると可笑しくてたまらない感じでセシリア様が笑っている。・・・笑い顔初めて見た。男装しないでドレスを着ているのが似合う笑顔だ。

 ・・・無理に男装をしているのかもしれない。男装はセシリア様なりの頑張りの表明かも。いつも、冷たい表情、怒りの表情・・負の感情しか見た事がなかったな。素直に驚いた。

 驚いて固まっていたら肩をペシリと叩かれる。セシリア様は尚も笑っている。・・どこにツボがあったんだ?そんなに可笑しいのか??


「其方は本当に欲が無いな。フレーザー家の養子となったなら少しは自己主張をしないと生きていけぬぞ。ジェフにもその剣で実力を示してみよ。態度がコロリと変わるぞ。かくいう私もコロリとなった口だ」


 セシリア様は笑顔のままで言う。やはり美しい。


 この笑顔を見られるならば・・・この場所で、もう少し・・・頑張ってみようかな。


 気になる事も増えた。フレーザー家のおかれている立場がおかしい・・気がする。


 フレーザー侯爵はこれを把握されているのだろうか?


 未だに国境の前線からフレーザー侯爵は戻ってこない。戦線の状況をボクは知らない。知らないといけない。


 ボクが養子としてフレーザー侯爵が欲した理由があるような気がした。


 ボク自身の事なのにボクは知らない。

 知ってはいけない事なんだろうか。

 ・・どうにも気になる。


 フレーザー侯爵は何を知っているのだろうか。

 

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