創作怪談
@considus
小道の話
自分の地元には、いわゆる“出る”と有名な場所があった。
それは小さな山の合間を抜けて行く細長い小道で、別の大きな道路が山を迂回するように走っていたために、人通りも街灯も少ない。
小学生の頃は「お化けが出る」とか「実際に町内の誰々が見た」とか有名で(小学生はこういう話が好きだよな)、明るい時間帯でもみんな通るのを避けていた。
俺が大学3年の夏、盆休みに帰省した時に地元の友達と遅くまで酒を飲むことになった。
深夜0時ぐらいまで飲んだだろうか、友達と別れて帰宅する俺は、ふとその小道のことを思い出した。
子供の頃なら避けていたその小道だが、家まではずいぶんと近道になる。
酔って眠くなっていた俺は早く家に帰って寝たかったし、単に遠回りするのが面倒というのもあった。何より酒で気が大きくなっていたこともあって、その小道を通って帰ることにした。
子供の頃の記憶にあった通りに薄気味悪く、足元も見えないほどに真っ暗な道だった。
スマホのライトで足元を照らしながら歩く。人も車も全く通らず、虫の鳴き声だけが聞こえていた。夜はともかく昼間なら散歩コースに良いのかもしれないな、なんて考えていたような気がする。
しばらく歩いた時だった。ぱたぱた、とどこからか音がした。
最初は自分の足音かと思って立ち止まって見たが、それでも音は止まらない。
「スマホのライトに興味を持って出てきたタヌキか何かかな」なんて思ってた(実際に家の近くではたまにタヌキなんかの小動物を見かけていた)
ぱたぱた、とまた音がする。
さっきよりも大きな音だった気がする。音が近づいたのかもしれない。
こうなってくると、どうしても“出る”という話を思い出さずにはいられなかった。
頭の中は怖い想像で一杯だ。お化けか何かが暗闇の中に潜んでいて、こっちに近づいてくる……というような。
そうすると何もかもが怖く思えてくる。何も見えない暗闇なのに、何かが動いたような気さえしてくる。
ぱたぱた。ぱたぱた。
勢いよく走りまわる足音が近づいてくるにつれて、段々と鼓動が早くなる。
きっと何かの動物だろうと自分に言い聞かせた。音の正体を知って安心したかった。
恐る恐るライトを前方に向けて音の方に視線を向けると、道の前方、少し脇それた位置にそれがいた。
おかっぱ頭に白い肌の、小さな女の子だった。
心臓がぎゅっと縮み上がった。
こんな時間に、街灯もない夜道に女の子が1人で歩いている。それも明かりの1つも持たずに。
明らかに普通じゃない。一気に酔いがさめて血の気が引いた。
かろうじて悲鳴はあげなかったが、俺は走り出していた。あんなのこの世の者じゃない。急いでこの場から離れたかった。
頭の中が真っ白になりながら必死で走ったのだが、走り始めてたぶん十秒か二十秒ほどだと思う、突然「すみません」と声を掛けられた。
俺は「ひゃわぁ!」みたいな悲鳴を上げたと思う。本気でビビって大声を上げてしまった。
声を掛けてきた相手は白いサマードレスを着た大人の女性だった。年齢は三十前後だろうか。俺が悲鳴をあげたものだから、相手もびっくりしてしまい、小さく悲鳴を上げていたように思う。
俺は悲鳴を上げてしまったことが恥ずかしかったし、相手も責任を感じていたようで、お互いに「驚かせてしまってすみません」「いえ、こちらこそすみません」というように謝ったりした。
その女性は「この辺りで小さな女の子を見かけませんでしたか?」と尋ねてきた。
聞けば、彼女の娘が1人で先に走って行ってしまい、見失ったのだという。
なんのことはない、さっき俺が見かけた少女は彼女の娘だった。少女は夜道に1人なんかじゃなくて、ついさっきまで母親と一緒だったわけだ。
「その子ならすぐそこで見かけましたよ」と俺が伝えると、女性は安心した様子でお礼を告げて走って行った。
俺としても心底安心できたし、なんなら自分の小心者っぷりに少し笑えて来たほどだ。
そこから少し歩いていると、また足音が聞こえた。
見ると、前方からこちらに向かって歩いてくる人影がある。
少しだけびくりとしたが、先ほどの経験もある。多少は落ち着いた気持ちで歩き進むことができた。
その人影はサマードレスを着た、三十歳前後くらいの女性だった。
ぞくりと鳥肌が立った。
暗くてよく分からないが、どこかさっきの女性に似ているような気がする。
歩き進むと、女は俺に声をかけてきた。
「この辺りで小さな女の子を見かけませんでしたか?」
さっきと同じ言葉を、同じ抑揚で告げた。
どこか機械のような無感情さを感じる。
俺は震えそうな声で「この先にいましたよ」とだけ答えた。
「さっきもお会いしましたよね?」とは聞けなかった。そこに踏み込むと、何か取り返しがつかないことが起こるような気がした。
女とすれ違って前に進む。足取りは自然と速くなった。
俺はさっき女と話した時の違和感の原因に気付いていた。たしかに少女は一人じゃなかったが、少女も母親も明かりを持っていなかった。街灯1つないこの夜道を、どうやって歩いて来たというのか。
心臓がドクドクと鳴っている。一秒でも早く家に帰りたい。
スマホの明かりの先にまた人影がいる。
女だ。サマードレスを着た、三十歳前後の。
もう俺は悲鳴を上げて走り出していた。
女の横を通り抜ける瞬間、スマホのライトが女の姿を一瞬照らした。
女は、首から上だけが、不自然にぐるりと俺の方を向いていた。
「このアたりでェ、ちいさなオンナのコを、みぃかけマせんでしタか?」
狂った機械みたいな声で女が呼びかけ、背後から俺の肩を掴んだ。
もう俺は正気じゃいられない。訳の分からない声を上げながら、腕を振り回して女を振りほどく。そして家に向かって全力で駆け抜けた。
家にたどり着いて扉を思いっきり叩いて叫ぶ俺を見て、扉を開けてくれた母親は酷く慌てていた。
(そりゃそうだろう、大の大人が半泣きどころか完全に泣いて叫んでるんだから)
自分と母親がそんな様子だから父親も起きてきて、とにかく何があったのかを話すことになった。
最初は気が動転していた俺だったが、居間で母親がお茶を出してくれ、俺も家という安全な場所に着いたことと、周りに人がいるという安心感で多少落ち着きを取り戻していた。
それでもおそらく俺の話は要領を得ない説明だったとは思うが、二人は最後までちゃんと聞いてくれた。
父は「酔っていたんだろう」とか「誰かのイタズラかもしれないな」と言って笑い、母は自分の身体に塩を掛けて念仏を唱えてくれた(食卓塩だったが)
そうして話をしている内に思考が整理されてきたことと、アルコールが抜けてきたこともあり、自分でも何かの勘違いだったのかと思い始めた。
酔っぱらっている状態で怖い想像をしていたから、何か幻覚のようなものを見たのかもしれない。
難しいことは明日になったら考えるとして、今日の所はもう寝よう。
そう思った俺は寝る前にシャワーを浴びようと風呂場に行って服を脱いだ。
すると、女に掴まれた方の俺の肩に長い女の髪の毛が絡みついていた。
それも1本や2本ではなく、ひと房の塊がごっそりと。それが服の外側ではなくアウターとTシャツの間に入り込んでいた。
これだけの量の髪の毛が服の中に入り込んで絡みついているなんてことがあるのだろうか?
酔っ払いのたわ言だと思われるかもしれないが、これが実際に俺が体験した、人生で唯一の怖い話だ。
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