ラッキーカラー

猫又大統領

第1話

 暑い日が続く。俺は、マンションで一人暮らしをしている大学生の妹の家に向かった。電車とバスを乗り継ぎここまで来たが、途中でバスが渋滞に巻き込まれ、遅れてしまった。

「すまん。遅れた」

「信じらんない。はあ。女の子待たせるのは最悪」

「すまん」

「私は許すけど、他の女の子だったら大変だよ。はあ」

 十分くらいの遅れでここまでの態度を取られなければ、いけないのだろうか。

「さてと、昼ご飯はお兄ちゃん奢って待たせたんだから」

「ああ。もちろん」

 俺は初めから奢るつもりだった。月に一度の妹との博物館めぐり。

「あっ待って。あっと、ああなるほど」

「どうした」

「ほら、テレビの占いで今日のラッキーカラーは黄色だって」

 テレビを差しながらそういうと、妹はベットのある部屋に消えていった。

「どうした? なんだ?」

 ハンガーを引っ掛ける音や引き出しを開ける音が忙しなく響く。

「今いったでしょ? 黄色のコーデにするから十分くらい待ってて。」

「ああ分かった」

「ラッキーカラーがあると幸せになる確率上がるんだから!」

「どのくらい上がるんだ?」

 これは妹が怒った時に出る言葉だった。それから十五分後に妹は出てきた。

 上は薄水色のノースリーブに下は白のパンツスタイル。そして首に黄色の短いスカーフを少し緩めに巻いている。

「よし! 行こう」

「おう」

 納得は出来なかった。でもここで騒ぎ立てれば器の小ささを露呈してしまうことを恐れて何も言わなかった。しかし、どうして妹のラッキーのために俺が待たされるのか。それは兄だからだろうか。

 ドアを開けると、来た時よりも熱くなっていた。

「うあ。あっつぃ。太陽がんばりすぎ」

「歩いていくんだよな」

「そうだよ」

「自転車とローラースケートがレンタルできるけどいいよね?」

「ローラースケート。そうだな。ローラースケートには興味が少しあるけど」

「歩きでいいよね。歩きで」

 妹は白い帽子を被ると笑顔を振りまいて玄関を飛び出した。俺は鍵を閉め、後を追いかけた。



 マンションを出ると、博物館までは長い一本道を歩く。道の両脇には均等に葉が隙間なくついている木が植えられている。

 自然と足は木の下に出来た日陰の道を歩く。暑さが和らぐが博物館のクーラーの涼しさを忘れさせるほどではなかった。

 後ろから地面を擦る音がいくつも聞こえた。振り返るとローラーブレード集団が通り過ぎて行った。結構な騒音だった。

「ローラーブレード人気なんだ」

 俺も同じことを思った。

 その時先頭を走っていたローラースケートの男が転倒した。幸いプロテクターをしていたので大丈夫そうだった。

 しかし、続くあとの集団も右に行ったり左に行ったりなんだか様子がおかしかった。すると、その集団を抜けて小さい黒い塊がこちらに飛んでくるのが分かった。これをよけておかしな、挙動をしていたのかと納得した。

「どうしたんだろう」

 妹はまだ黒い塊を捉えられていないようだった。

「いや。こっちに飛んできてる」

「え?」

 その時、黒い塊は妹のラッキーカラーに止まった。

「あっ。えっすごい」

「ああっとってえええああああ」

 スカーフに止まったのは黒々とした思わず見ほれるほど立派なクワガタだった。

「あああ早くとってええ」

「おう。いまとる」

 俺は妹の首からスカーフを優しく外すと、スカーフとクワガタの両方が傷つかないように、優しく丁寧に足を一本ずつ引き離した。

「おお。すごいデカいクワガタ!」

「早くどっかにやって!」

「ああ分かった」

 温度差に驚きながら、何故か満足感に満たされた俺はクワガタに別れの挨拶をして木に移した。

 一度、スカーフを叩いてから軽く畳んで、妹に渡そうとする。

「いらないわよ! どういうつもり!」

「えっいや。これは……だって」

「なに?何なの!」

「ラッキーカラーだろ」

 妹は目を怒らせた。

「さいっ」

 怒りすぎると妹はいつも、うるさいとは言わずに、のない。、という。

 何故、怒らせてしまったのだろうか。十五分もラッキーカラーのために懸けたのはなんだったのだろう。

 俺は今日のラッキーカラーをズボンのポケットに閉まった。

「はあ。いろいろあったけどようやくついた」

 妹は笑みを浮かべながら、美術館の入口に書かれている今月のテーマを読むと。少しの沈黙のあと、こちらを一度睨みつけると静かに入館した。


 入口のポスターには。

 と書かれていた。

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