第10話 緩急
なにはともあれ、話の内容から、きっと長縄をうまく跳べれば翔太の気持ちは晴れるはず…と優太達は予想した。しかし、翔太を入れても全部で6人だ。
「長縄大会って8の字跳び?」
「そう、3分間で何回跳べたかを競うんだ。」
尋ねる優太に翔太は頷く。優太たちが知っているものとルールは同じだった。
「ちょっとこれじゃぁ、人数が足りないよね…。」
理子が腕を組む。回し手に2人がなったら跳ぶのは4人。4人で8の字跳びを3分間続けるのは、地獄の特訓である。というか間違いなく途中で誰も跳べなくなる。
「あったよー!」
体育館の倉庫を見ていた千夏が泰雅と共に長縄を片手に戻ってきた。
人数はたりないものの試しに跳んでみることにした。回し手は千夏と理子が担当した。跳ぶのが苦手な仁は回したがったが、実は回し手にこそリズム感と運動神経が必要とされることを理子が力説し、却下された。優太は運動神経に自信があったが、身長が理由で採用されなかった。
「じゃ、練習。少しゆっくりめで!」
千夏がそう言って、アンパンマンマーチぐらいのテンポで縄が体育館の床を打つよう回し始めた。6年生が跳ぶスピードにしては穏やかな方だ。逆に引っかかりはしないかとひやひやしながら優太は先陣を切った。
続く仁は少し間をあけつつも、かろうじてひっかからず跳んだ。そして翔太。
…そして、翔太。
……
「うぉい!まず入んねぇと!!」
いつまでも縄を見て顔を上下させている翔太に思わず優太は突っ込んでしまった。泰雅が後ろから入るタイミングを軽く背中を押すことで伝えているのに、いつまでも一歩を踏み出さずにいた。千夏と理子は手を止めた。
「ご、ごめん…怖くて…。」
翔太は今までにないくらいしょんぼりしている。優太の口調をたしなめつつも、理子が言った。
「引っかかっても大丈夫だよ。カウントは続きからできるんでしょ?止まるのが一番記録に響くよ。」
「まあ、練習だから。次はもっとゆっくりにするから、自信もって!」
千夏がポンっと翔太の肩を叩く。今度は「からす〜なぜなくの〜」ぐらいのテンポになった。ここまでゆっくり縄を回せるのは、逆にすごいと優太は感心してしまった。
間をあけつつもなんとか翔太は入り跳ぶことができたが、縄に当たってしまって縄の回転が乱れた結果、次の泰雅がひっかかってしまった。
「まあ、でも、跳べたな。」
謝る翔太に泰雅は何でもないことのように言った。仁がうんうん、と頷く。翔太はまさかこれで跳べたと言ってもらえるとは思っていなかったようで、ポカンとしている。
「いつまでも練習しててもきっと埒が明かないから、助っ人呼んでくる?」
「教室にいる誰かに来てもらうってこと?」
千夏の言葉に理子は頷く。確かに、誰かしらもう戻っているかもしれないと優太も思い、自分が行こうと体育館の出口へ向かった。その時だ。
「えええ、誰だよ!?」
体育館の入口から大勢の児童が駆け足で入ってきた。1番最後に先生らしき大人の男の人が入ってきた。
「よし、じゃあみんな!大会優勝記録の372回を超えられるよう頑張ろう!!」
おおー!と先生らしき人の掛け声に盛り上がる児童。出現した人々は、優太達のことをまるで気にしていない。見えないわけではなさそうだが、道端の石ころ程度の存在感のようだった。
「みんな…常田(ときた)先生…。」
翔太がポツリと呟く。クラスメートと担任が突然現れたのか…?優太は翔太と突然現れた子供たちとを交互に見つめた。どんな仕組みだよ。
「翔太、今回は一緒に跳ぼうぜ。良い作戦考えたんだよ!」
友達の掛け声にためらう翔太を千夏が押し込む。優太達は邪魔にならないよう体育館の隅っこに座って見守った。
「よーい、スタート!!」
常田先生の合図で、すごいスピードで縄が回りだす。流れる水のごとく翔太のクラスメートは縄を跳んでいく。これはみんな本気で最高記録を狙っている。その様子を見た優太は頭を抱えた。
「跳べんのかよ…。」
さっき見た翔太の実力ではとても無理だ。後方に並んでいる翔太の顔は青ざめている。あっという間に翔太の番は近付いてくる。あと5人…4…3…。
「あれ…?」
こぶしを握り締めて見守っていた千夏が声を上げた。優太も「ん?」と思わず言ってしまった。
「なるほどね。そういう作戦か。」
理子が感心したようにつぶやく。先ほどまで目に見えぬほど速く回されていた縄のスピードが一気に落ちたのだ。おそらく翔太の前の数人も跳ぶのは得意ではないのだろう。ゆっくりと回り出してから跳び出した。
「いけっ!」
翔太の番には全員が少し前のめりになり、そう叫んだ。2回分空いたが跳ぶことができた。翔太を含めた5人程が跳び終わると、再び縄は高速で回り出した。回し手の息はぴったりだ。きっと相当練習したのだろうと優太は思った。
「そこまでー!!」
ピーっとホイッスルを吹き、常田先生が縄を止めさせる。わらわらと先生の周りに集まる児童たち。翔太が一番緊張した顔をしていると、優太は思った。
「記録…356回!」
ああー…と大会優勝記録の372回に届かなかったことを残念がるため息のすぐあと、自分たちの最高記録は更新できたと次々に喜ぶ声が出た。翔太も嬉しそうな顔をしている。
と、突然翔太たちが直視できない程かがやいた。優太が目を開けた時には、常田先生も、クラスの子たちも、翔太も消えていた。
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