人体模型の七不思議
第11話 本気
人体模型が走るだなんて、七不思議の中で1番気味が悪いのでは…と震えの止まらない自分の手を握りしめながら梨乃(りの)は思った。
理科室は教室のある4階南棟から階段を下り渡り廊下を通って行った先にある、北棟の2階だ。強がりなのか、本当に怖くないのか、頭の良い怜央(れお)は先頭をずんずん進んでいく。
この渡り廊下を行けば理科室だ…というところで怜央は立ち止まった。
「どした?」
怜央とほとんど横並びで歩いていた大地(だいち)も足を止めた。
「なんか…人影っぽくないか、あれ。」
怜央がおそるおそる渡り廊下の先を指差す。目を向けた梨乃は確かに人影らしきものが見えて、「ぎゃっ」と声を上げてすぐそばのこずえにしがみついた。電気がついていないので、薄暗く奥にいる人の顔は見えない。人体模型なのだろうか。
と、突然その人影が走り出した。どんどん梨乃達に近付いてくる。
「ぎゃーっ!!!」
怜央と大地がまず悲鳴を上げて回れ右をした。間髪入れずすぐ後ろの梨乃とこずえもくるりと振り向き、たった今降りてきた階段を登ろうとした。しかし、殿を務めていた健(たける)の反応は遅かった。
「え?」
血相を変えて迫ってくる梨乃とこずえを、健は避けきれなかった。階段の一番下の段に立っている健のぽよんとした丸い腹に、梨乃とこずえは弾かれた。
「うわっ!」
「うおっ!」
弾かれた梨乃とこずえは、尻もちをつく前に怜央と大地にぶつかった。四人は無様に廊下に倒れ込んだ。
「ごめんごめん、大丈夫?」
「いいから、逃げろ!」
状況がよくわかっておらずのんびり4人を助け起こそうとする健に怜央が叫ぶ。
「何で?」
「だって、人体模型が…。」
大地はつばを飛ばして健に言いつつ振り返った。梨乃も慌てて一緒に振り返った。
「人体模型?何の話?」
明るく弾むような声。そこには女の子がいた。背恰好から、おそらく梨乃達と同じ6年生だと思われる。赤白帽子を被り体操服を着ている。
「人体模型じゃないけど、君走るのめちゃくちゃ速いね。」
まだ転んだままだったこずえを引っ張り起こしながら、健が正体不明の女の子に言った。この状況で落ち着いて話している健を、梨乃は心から尊敬した。
「だって私、リレーの選手だったし、陸上大会の100m走だって…あ…。」
女の子は得意げな顔からすぐに、泣きそうな顔になってしまった。人体模型ではないが、きっとこの子が何か淀んだ思いを持っている七不思議の子で間違いなさそうだと、梨乃は思った。
「ちょっと話聞かせてよ。私、梨乃。あなたは?」
「私、早奈美(さなみ)。」
「早奈美、なにかあったの?」
梨乃にそう言われた女の子はポツリポツリと話し出した。
「私、走るのが得意なのね。それで、陸上大会の100m走の選手に選ばれて入賞するのが目標だったの。でも…友達の佳那(かな)に、その選手の枠を譲って欲しいって言われたの。佳那は私立の中学を受験する予定で、内申書に少しでも活躍を書いてもらいたいからだって。人生かかってるから、お願い!って言われて…私は選考タイムを取る日に手を抜いて走った。無事に佳那は選手になれたけど、大会では目立った成績は残してない。後から私がしたことって何だったんだろ…って思っちゃって。」
俯く早奈美。
「賢明な判断だ。小学校の陸上大会で良い結果が残ったところで、今後なにかに使えるわけじゃないし。少しでも友達の希望進路の助けになったかもしるないなら、良いじゃないか。」
怜央が冷笑を浮かべる。「そうかもね…。」と寂しそうに笑う早奈美。
「でもさ、そんな嘘の結果で受験が有利だなんて、私だったらスッキリしないけどなぁ。」
怜央の言葉にモヤッとして、梨乃は言った。
「陸上大会出場が、どれだけ受検に有利に働くかもよくわかんないもんな。だったら、自分が出て結果残して今後の自信に繋げたほうが良いかもしれない。」
大地の言葉に怜央は軽く舌打ちしたが、健はうんうんと頷いた。
「だとして、どうすんだよ。選考は終わってるし、陸上大会をここでやるってのか。」
嫌味たっぷりに怜央は言う。嫌な言い方だと思ったが、確かにどうすればよいのか梨乃にはわからなかった。その時だ。
「私と競走しない?」
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